第百九号哨戒艇

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第百九号哨戒艇(だいひゃくきゅうごうしょうかいてい)は、日本海軍鹵獲艦艇の一つ。元はバタビアにあったオランダ領東インド政府の哨戒艇ファザント (Fazant)。

概要[編集]

1931年スラバヤ工廠で竣工。排水量592トン、速力12ノット

1944年(昭和19年)10月15日、第百九号哨戒艇と命名[1]、哨戒艇に類別[2]、本籍を舞鶴鎮守府に定められる[3]第二南遣艦隊附属に編入[4]

1945年(昭和20年)4月に完成した。主にスラバヤ方面で船団護衛に従事し終戦時ジャカルタで残存、オランダ側に引き渡された。1947年(昭和22年)5月3日除籍。

1949年よりインドネシア軍で使用され、1951年カルティカ (Kartika) と改名。1954年にスクラップとなったという。

第百九号哨戒艇長
  1. 尼子竹一 大尉/少佐:1945年3月25日[5] - 退任年月日不明[注釈 1]

参考文献[編集]

  • 坂本正器/福川秀樹 『日本海軍編制事典』、芙蓉書房出版、2003年。ISBN 4-8295-0330-0
  • 雑誌『』編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0463-6
  • 海人社『世界の艦船 増刊 日本海軍護衛艦艇史』1996年2月号増刊 No.507

脚注[編集]

  1. ^ 昭和19年10月15日付 達第348号。
  2. ^ 昭和19年10月15日付 内令第1186号。
  3. ^ 昭和19年10月15日付 内令第1192号。
  4. ^ 『日本海軍編制事典』、p. 456。
  5. ^ 昭和20年4月2日付 秘海軍辞令公報 甲 第1762号。
注釈
  1. ^ 2015年現在公開中の海軍辞令公報、第二復員省辞令公報、復員庁第二復員局辞令公報では、昭和20年9月5日付で海軍少佐へ進級した以外に、戦後の尼子少佐の発令は確認できない。

関連項目[編集]