第九三八海軍航空隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
大日本帝国海軍
大日本帝国海軍旗
官衙
海軍省
軍令部
海軍艦政本部
海軍航空本部
外局等一覧
地方組織
鎮守府
警備府
要港部
艦隊
連合艦隊
北東方面艦隊
中部太平洋方面艦隊
南東方面艦隊
南西方面艦隊
第十方面艦隊
支那方面艦隊
海上護衛総司令部
海軍総隊
他作戦部隊
海軍航空隊
海軍陸戦隊
主要機関
学校一覧
歴史・伝統
日本海軍の歴史
日本海軍の軍服
その他
階級一覧
艦艇一覧
兵装一覧
 表示ノート編集履歴 

第九三八海軍航空隊(だい938かいぐんこうくうたい)は、日本海軍の部隊の一つ。太平洋戦争中盤にソロモン諸島防衛・哨戒に従事した。

沿革[編集]

米豪分断の最前線基地としてソロモン諸島の占領をもくろんだ日本海軍は、米軍からガダルカナル島を奪還すべく、多数の航空隊を派遣した。ラバウルより前方に飛行場を持たない海軍は、ブーゲンビル島沖のショートランドを停泊地とし、多数の水上機母艦を進出させた上で近距離哨戒・掃討作戦に就かせた。当初は艦載機を一括運用し「R方面部隊」と称したが、水上機母艦の多くが喪失運送船の穴埋めに転用されたため、現地で母艦から外れた独立航空隊に改められて任務を続行することになった。九三八空は第九五八海軍航空隊に続き、母艦から降ろして編成された水上機部隊である。九三八空は運送船に転籍した国川丸の艦載機隊を主幹とし、定数16機の不足分を水上機母艦籍にとどまった神川丸から補充して開かれた。

昭和18年(1943年)[編集]

4月15日 特設水上機母艦国川丸、運送船に転籍。艦載機(零式水上観測機16機) はショートランドに残留し、九三八空を新編。

         第八艦隊附属に転籍。任務上は「R方面部隊」に残留。

6月30日 レンドバ島にアメリカ軍上陸。第六空襲部隊を九五八空などと結成。
7月1日 レンドバ島を偵察。以後、9月まで偵察・銃爆撃に従事。
9月20日 コロンバンガラ島守備隊の撤退に協力。防空哨戒・魚雷艇掃討に従事。
11月1日 ブカ島に撤退。ソロモン諸島の哨戒は継続。

         ベララベラ島への物資投下を5回実施。

10月27日 モノ岬への連合軍上陸部隊を発見、翌日の「ろ号作戦」発動に貢献。
11月12日 第四次ブーゲンビル島沖航空戦に索敵隊として参加(これをもってろ号作戦終了)。

昭和19年(1944年)[編集]

1月18日 チョイスル島守備隊の撤退に協力。21日まで防空哨戒・魚雷艇掃討に従事。
2月20日 第二五三海軍航空隊の撤退をもって「ラバウル航空隊」消滅。
3月10日 第十七軍タロキナ攻撃を上空支援。
3月15日 ブインに進出、以後月2回程度のペースでブーゲンビル島周辺の哨戒・ラバウルへの物品輸送に従事。
8月4日 連絡のためトラック環礁へ1機出発。無事往復(九五八空と九三八空のどちらの水偵かは不明)
12月10日 解隊。

装備が払底し、機体を九五八空に譲って解散した。要員は内地帰還ができず、ラバウルにとどまり、12月1日に新編した陸戦隊の「第八五警備隊」に編入されて終戦を迎えた。この八五警はニューギニアフィンシュハーフェンの戦いに参加した初代とはまったく別物の二代目である。

主力機種[編集]

歴代司令[編集]

  • 寺井邦三(昭和18年4月15日‐)
  • 山田龍八(昭和19年2月25日‐昭和19年12月10日解隊)

参考文献[編集]

  • 『日本海軍編制事典』(芙蓉書房出版 2003年)
  • 『航空隊戦史』(新人物往来社 2001年)
  • 『日本海軍航空史2』(時事通信社 1969年)
  • 戦史叢書 南東方面海軍作戦3』(朝雲新聞社 1976年)
  • 『連合艦隊海空戦戦闘詳報別巻1』(アテネ書房 1996年)

関連項目[編集]