第百一号型輸送艦

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第百三号型輸送艦
第百五十一号輸送艦
第百五十一号輸送艦
艦級概観
艦種 輸送艦
艦名 番号名
前級
次級
要目
排水量 基準:870トン
全長 垂線間長:72.00m
全幅 9.10m
吃水 2.94m
機関 ホ号艦本式缶[注 1] 2基
艦本式甲二五型 オール・ギヤードタービン1基1軸
2,500馬力
速力 16ノット
航続距離 16ノットで1,000海里(往路)
14ノットで1,700海里(復路)
燃料 重油:208トン[注 1]
乗員 100名(計画)
兵装 3年式8cm単装高角砲1門
96式25mm3連装機銃2基(計画)[1][注 2]
爆雷12個(1944年4月以降)[2]
その他 搭載能力:220トン

第百一号型輸送艦(だいひゃくいちごうがたゆそうかん、旧字体:第百一號型輸送艦)は、大日本帝国海軍輸送艦の艦級[3]。砂浜に接岸して船首の渡し板から部隊を上陸させる、戦車揚陸艦の一種にあたるものである。

ただし、本来予定していたタービン機関の製造が間に合わなかったことから、初期生産艦の6隻ではディーゼル機関を装備し、要目や艦容がディーゼル装備艦とタービン装備艦とでは異なる。そのため、太平洋戦争後に刊行された書籍ではディーゼル装備艦を第百一号型、本来のタービン装備艦を第百三号型(だいひゃくさんごうがた)として区別することが多い。

1943年昭和18年)度に計画され、当初は特設輸送艦(とくせつゆそうかん)であり[4][5]、後に艦艇類別等級別表に移されてからは二等輸送艦(にとうゆそうかん)に類別された[3]。どちらも本級のために作られ、本級しか存在しない艦種であったため、単にその艦種名で呼ばれることもあった。

一部が陸軍にも機動艇(陸軍輸送艇)として供給され、陸軍においてはSB艇(エスビーてい)と呼称された。第百一号型はSB(D)、第百三号型はSB(T)として区別された。

概要[編集]

下記の建造経緯により海軍が建造した、現代で言う戦車揚陸艦である。昭和十八年度戦時建造計画(マル戦計画)において当初63隻の建造が計画。1944年(昭和19年)2月1日には特設軍艦に特設輸送艦の類別が追加され[4]2月5日に第百一号から第百六十三号特設輸送艦として命名[6]、所管鎮守府が仮定された[7]特設輸送艦(雑用)として類別されており[5]。その後順次竣工し、所管する鎮守府が定められ、戦線に送られた[5]。輸送艦長にはほとんどが予備士官を当てられた[5]。なお特設輸送艦は特務艦(運送艦)、特設運送艦、特設運送船と同じく補給部隊編成表に掲載されていたが、実際の配属は連合艦隊もしくは北東方面艦隊であった[5]6月1日には24隻が仮定の所管を解かれ[8]、陸軍に配分された。特設輸送艦としては最終的に呉鎮守府に12隻(うち3隻戦没)、佐世保鎮守府に12隻(うち2隻戦没)が所管された[5]

同年9月5日、艦艇類別等級別表の輸送艦の項にある輸送艦一等第一号型の次に二等第百一号型が加えられ、第百一号から第百六十一号輸送艦と改名、戦没により解所管された3隻[9]を除く39隻が艦艇のうち輸送艦として類別された[3]。内訳としては、各鎮守府に所管された20隻が解所管[10]、未成の9隻も仮定所管を解かれ[11]、特設輸送艦29隻は全て輸送艦となった。また陸軍からは竣工済みで実戦配備されていた陸軍輸送艇第千五百六号から第千五百八号および第千五百四十四号の4隻が海軍へ返還され、第百六号から第百八号および第百五十四号輸送艦と改名[12]、同日に竣工した1隻および未成の5隻も含め計10隻が海軍へ返還された。

一方で未成の特設輸送艦のうち第百四十五号から第百四十八号、第百六十二号、第百六十三号特設輸送艦の6隻は命名を取りやめ[13]、陸軍輸送艇へ供給された[14]。しかしこの内、1945年(昭和20年)1月25日には第百四十五号から第百四十七号輸送艦の3隻が海軍に返還されている[15]

9月5日以後、特設輸送艦(雑用)として類別される艦は無くなり、海軍に配分されたものは全て第百一号型輸送艦として類別された。その後海軍には7隻、陸軍には5隻が追加で建造されたが、全75隻のうち最終的に6隻が未成のまま終わった。

建造経緯[編集]

太平洋戦争勃発後、ガダルカナル島の戦いなどで前線への輸送任務の困難を感じた日本海軍は、敵の制空権下を高速で突破できる専用輸送艦の開発に着手した。その中で、戦車などの車両を急速に揚陸させられる輸送艦として開発されたのが、本型こと二等輸送艦である。機能的には戦車揚陸艦の一種であるが、上陸作戦用の揚陸艦というよりは、味方地上部隊への補給物資や増援部隊の高速輸送が本来の任務であった。

基本設計のみ艦政本部が行い、詳細設計は呉海軍工廠に一任する異例の方式がとられた。設計にあたっては、ドイツから1943年に提供された、イギリス軍の戦車揚陸艇LCT-Mk.5en)の図面も参考にされた[16]。1943年9月に建造が正式決定された。

なお、戦車揚陸艦の開発も大発動艇上陸用舟艇)や神州丸あきつ丸強襲揚陸艦特種船)に代表される様に、上陸作戦用の支援艦艇の開発に早くから理解のあった陸軍が先行しており、これは機動艇(SS艇)として既に開発・実用化されていたものであった(陸軍では1942年(昭和17年)4月には試作第一号艇「蛟竜」を竣工している)。

1943年(昭和18年)秋から終戦までの間で、69隻を完成した(他に未成6隻)。計画の途中から陸海軍間での折衝の結果、機動艇(SS艇)との共用化が図られ、陸軍が資材提供を行う代わりに陸軍向けにも供給されることが決定した。これにより、後述のように35隻が陸軍へと移管されているが、うち13隻が海軍へと返還されており、最終的には合計22隻が陸軍で使用された。

設計[編集]

連合国軍側の揚陸艦艇では中型揚陸艦(LSM)に近い規模であり、LST-1級戦車揚陸艦の半分程度の排水量である。全般的な設計としては、強行輸送という用途に応じる高速性能と強兵装の一方で、戦時下における量産性への配慮がされている。工作を容易にするため、形状に直線と平面が多用された。戦時標準船などに導入されつつあったブロック工法も採用され、艦体は3個のブロックに分けて建造されている[16]。このような工夫により、短期間での多数の竣工実現につながった。

第149号の上甲板へと揚収実験のために後進する九五式軽戦車[17]

外見は、広い前部甲板と艦後部の艦橋や艦尾の錨など、アメリカ海軍の戦車揚陸艦(LST)に類似した姿であるが、艦首の構造はLST-1級のような2枚扉の観音開き式ではなく、LCTや大発などの上陸用舟艇と同じような平面一枚扉であった。揚陸の際には艦首の平面が前方に倒れて渡し板となり、その上を車両が走行できる構造になっている。航行中の前方視界を確保するため、艦首板の上端には開口部が設けられている。本艦は、上陸用舟艇と異なって単独航行能力を持つ設計ではあったが、平底かつ平らな艦首の箱型船型のため、あまり航洋性は高くなかった[16]。波の穏やかな南方の島嶼地帯での運用を想定したためで、波の荒い日本近海などを航行するときには晴天時を選ぶ計画であった。

車両の搭載スペースとしては、艦内の格納庫と上甲板の2か所が用意されている。合計で九七式中戦車なら9台、九五式軽戦車なら14台、特二式内火艇なら7台が搭載できた。艦内の格納庫と艦首通路の間には、傾斜した内扉が設置されており、車両発進時には上方に釣り上げて開かれる。この内扉は、上甲板の車両を艦首通路に下ろすためのスロープ兼用となっており、上甲板には内扉に対応したハッチが設けられている。

第百三号型輸送艦の艦型図。

敵の制空権下に突入しての強行輸送を想定したため、武装は充実したものとされている。当初の対空火器は艦尾に8cm高角砲1門、艦橋両舷に25mm3連装機銃が各1基で、マリアナ沖海戦後の1944年9月以降[2]、他の軍艦と同様に機銃増備がなされた。装備状況は艦によって違いがあるが、後掲図の第141号輸送艦の例のように25mm連装機銃が艦橋前に新設された機銃台と艦尾甲板上に各1台装備され、また艦上の空いたスペースに単装機銃が11挺前後装備された。爆雷搭載の計画はなかったが、1944年4月以降に爆雷投下台を6基装備、爆雷12個を搭載した[2]

同じく強行輸送に対応するため、高速を発揮できるタービン機関を主機に採用し、2,500馬力で公試速力17ノットを記録した。後述のディーゼル主機装備の第百一号型と区別するため、タービン主機装備のSB艇の意味でSB(T)と呼ばれる。

主缶は当初重油専焼ボイラーを搭載したが、1945年1月以降に起工された艦は石炭専焼ボイラー搭載に変更された[2]。また第147号など数隻が石炭専焼に改造された[2]。これらの艦は煙突を延長、艦橋構造物より高い煙突になっている[2]

直接接岸しての揚陸を目的とした艦であるが、上陸用舟艇である10m特型運貨船(小発)装載艇として搭載していた。これは、接岸地点掩護のための先遣要員揚陸や、前路警戒の目的で搭載されたものである。

運用と戦歴[編集]

第141号輸送艦艦型図、1944年10月

海軍では、一等輸送艦とあわせて輸送専門部隊である輸送戦隊を2個編成した。フィリピン方面などでの輸送任務に投入され、その特徴を生かして戦車部隊の輸送も行っている。レイテ島の戦いでは、特二式内火艇を装備した海軍陸戦隊による逆上陸戦にも使用された。当初の計画では運用が想定されなかった波の荒い日本近海でも、補強工事を施された上で使用され、硫黄島への輸送を行うなどしている。危険な任務に多用されたため、後掲の艦歴一覧に示す通り多数が戦没した。

陸軍へは22隻が引き渡され、船舶兵が運用する機動艇(SB艇 / SB(T)艇)として使用された。各1隻を装備した機動輸送中隊が運用部隊として編成された。SB艇は船舶兵にとっては不慣れなタービン機関を主機としていたため(陸軍開発のSS艇はディーゼル機関)、運用は難航したと言われる。

終戦時に航行可能な艦は特別輸送艦(復員輸送艦)となり復員輸送に従事した後、賠償艦として引き渡されるか、解体された。戦後、特別輸送艦の指定を受けた艦は「輸第何号」と改称のうえ復員輸送に従事した[18]

初期生産型(第百一号型)[編集]

全力公試運転中の第149号(第101号型)[19]

第百三号型の主機を、タービン機関からディーゼル機関に変更した略同型である。二等輸送艦の初期生産分6隻について、本来のタービン機関の生産が間に合わなかったため、第一号型駆潜特務艇用などに生産されたディーゼル機関を装備した。400馬力と低出力の機関であったため主機を3機装備し、スクリュー3基の3軸推進艦となった。ディーゼル主機装備のSB艇の意味で、SB(D)と称した。機関変更した略同型という意味では、海防艦の丙型(ディーゼル主機)と丁型(タービン主機)の関係と類似している。

基本設計は第百三号型と同じであるが、機関出力低下により最高速力が2.6ノット低下しているほか、両舷にスクリューがあるために離岸時の操艦が困難であったといわれる。ただし、燃費は大きく向上している。また、缶室が不要になったので、その分だけ物資搭載能力は第百三号型の220トンから250トンに増加した。

要目(計画時)[編集]

第101号輸送艦艦型図、竣工時(1944年3月)
  • 基準排水量:950トン
  • 垂線間長:第百三号型に同じ
  • 吃水:2.89m
  • 主機:中速400馬力ディーゼル×3
  • 出力:1200馬力
  • 速力:13.4ノット
  • 燃料搭載量:重油 68トン
  • 航続力:3000海里(13.4ノット)
  • 搭載能力:250トン
  • 兵装:第百三号型に同じ
  • 乗員:90名

同型艦[編集]

  • 仮称艦名も本来は漢数字であるが、ここでは省略してアラビア数字で表記する。
  • 注は * の付いた艦は第101号型(ディーゼル主機艦)、無印は第103号型(タービン主機艦)。またアルファベットはそれぞれ、a. 起工済未成艦、b. 竣工後雑役船へ編入、c. 特設輸送艦籍のまま除籍、d. 命名前または命名後陸軍へ配当、e. 陸軍への配当後海軍へ移管。
  • 建造所は大阪=大阪造船所、川南浦崎=川南工業浦崎造船所、佐世保=佐世保海軍工廠、日立向島=日立造船向島工場、佐野安=佐野安船渠
仮称艦名 艦名(艇名、船名) 建造 起工 進水 竣工 その後
第1501号艦 第百一号特設輸送艦
第百一号輸送艦
* 大阪 1943年
12月1日
1944年
1月25日
1944年
3月8日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月31日喪失、航空機(パナイ島北東沖)大破、
キャビテに曳航し処分[21]。12月10日除籍[22][23]
第1502号艦 第百二号特設輸送艦
第百二号輸送艦
* 大阪 1943年
12月15日
1944年
2月8日
1944年
3月15日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月26日喪失、航空機(ギマラス海峡北口)[21]
12月10日除籍[22][23]
第1503号艦 第百三号特設輸送艦 c 大阪 1944年
1月28日
1944年
3月9日
1944年
4月30日
[注 3]
1944年7月4日喪失、航空機(小笠原父島[24]
9月5日解所管[9]
第1504号艦 第百四号特設輸送艦
第百四号輸送艦
大阪 1944年
2月12日
1944年
3月25日
1944年
5月25日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
12月12日喪失、米潜「ピンタド」(東沙諸島[25]
1945年2月10日除籍[26][27]
第1505号艦 第百五号特設輸送艦
第百五号輸送艦
大阪 1944年
3月12日
1944年
4月12日
1944年
6月15日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月11日喪失、米潜「トレパン」(静岡県遠州灘[21]
12月10日除籍[22][23]
第1506号艦 第百六号特設輸送艦
(→機動第一〇一号艇 (初代)[注 4]
第百六号輸送艦
de 大阪 1944年
3月28日
1944年
4月25日
1944年
6月30日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
12月15日喪失、航空機(ルソン島リンガエン湾)[25]
1945年2月10日除籍[26][27]
第1507号艦 第百七号特設輸送艦
(→不詳[注 5]
第百七号輸送艦
de 大阪 1944年
4月15日
1944年
5月21日
1944年
7月20日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年1月5日喪失、交戦(小笠原母島西岸)[25]
1945年3月10日除籍[28][29]
第1508号艦 第百八号特設輸送艦
(→不詳[注 6]
第百八号輸送艦
de 大阪 1944年
4月28日
1944年
5月25日
1944年
7月31日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
終戦時香港で小破状態[30]。1947年5月3日除籍[31][30]
10月17日シンガポール英国へ引き渡し。
第1509号艦 第百九号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
5月15日
1944年
6月10日
1944年
8月15日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1510号艦 第百十号特設輸送艦
(→不詳)
第百十号輸送艦
→輸第百十号
de 大阪 1944年
5月28日
1944年
6月23日
1944年
9月5日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
横須賀で終戦。1945年9月15日除籍[32]
12月1日復員輸送艦[33][34]となり12月10日改名[35]
1947年10月17日除籍され[36]、シンガポールで英国へ引き渡し。
同地で解体と言われる。
第1511号艦 第百十一号特設輸送艦
(→不詳)
第百十一号輸送艦
de 大阪 1944年
6月13日
1944年
7月10日
1944年
9月15日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月24日喪失、航空機(フィリピンマスバテ島[21]
1945年1月10日除籍[37][38]
第1512号艦 第百十二号特設輸送艦
(→不詳)
第百十二号輸送艦
de 大阪 1944年
6月26日
1944年
7月22日
1944年
10月5日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月5日喪失、座礁(ルソン島西岸)[21]
1945年1月10日除籍[37][38]
第1513号艦 第百十三号特設輸送艦
(→不詳)
第百十三号輸送艦
de 大阪 1944年
7月13日
1944年
8月8日
1944年
10月15日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月25日喪失、航空機(ルソン島西岸サンタクルーズ)[21]
1945年1月10日除籍[37][38]
第1514号艦 第百十四号特設輸送艦
(→不詳)
第百十四号輸送艦
de 大阪 1944年
7月25日
1944年
8月20日
1944年
10月30日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年2月17日喪失、航空機(台湾台南沖)[34]
4月10日除籍[39][40]
第1515号艦 第百十五号特設輸送艦
(→不詳)
第百十五号輸送艦
de 大阪 1944年
8月12日
1944年
9月7日
1944年
11月13日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年2月17日、カミング島で座礁。
9月15日除籍[32]
第1516号艦 第百十六号特設輸送艦
(→機動第一〇三号艇
d 大阪 1944年
8月23日
1944年
9月28日
1944年
11月24日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
終戦時残存。1947年8月1日解体。
第1517号艦 第百十七号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
9月10日
1944年
10月17日
1944年
12月22日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1518号艦 第百十八号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
10月1日
1944年
10月31日
1944年
12月30日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1519号艦 第百十九号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
10月20日
1944年
11月16日
1945年
1月16日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1520号艦 第百二十号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
11月4日
1944年
11月29日
1945年
2月5日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1521号艦 第百二十一号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
11月19日
1944年
12月30日
1945年
2月20日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1522号艦 第百二十二号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
12月2日
1945年
1月27日
1945年
3月22日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1523号艦 第百二十三号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1944年
12月24日
1945年
2月13日
1945年
3月22日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1524号艦 第百二十四号特設輸送艦
(→不詳)
d 大阪 1945年
1月30日
1945年
3月2日
1945年
5月8日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1525号艦 第百二十五号特設輸送艦
(→不詳[注 7]
ad 大阪
→佐野安
1945年
2月13日
1945年
4月10日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
終戦時未成。
第1526号艦 第百二十六号特設輸送艦
(→不詳[注 8]
ad 大阪 1945年
3月3日
1945年
8月11日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
終戦時未成。
第1527号艦 第百二十七号特設輸送艦
第百二十七号輸送艦
* 川南浦崎 1943年
10月21日
1944年
1月13日
1944年
2月24日
[注 9]
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
9月24日喪失、航空機(ルソン島付近)[14]
11月10日除籍[41][42]
第1528号艦 第百二十八号特設輸送艦 *c 川南浦崎 1943年
11月10日
1944年
2月10日
1944年
3月18日
1944年6月4日喪失、航空機(モロタイ島付近)[24]
8月10日解所管[43]
第1529号艦 第百二十九号特設輸送艦
第百二十九号輸送艦
川南浦崎 1943年
12月10日
1944年
2月25日
1944年
5月12日
1944年8月14日喪失、米潜「コッド」(バンダ海[14]
9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月10日除籍[44]
第1530号艦 第百三十号特設輸送艦 c 川南浦崎 1944年
1月20日
1944年
4月5日
1944年
6月3日
1944年7月4日喪失、航空機(硫黄島付近)[24]
9月5日解所管[9]
第1531号艦 第百三十一号特設輸送艦
第百三十一号輸送艦
(→第一黒潮)
b 川南浦崎 1944年
2月5日
1944年
4月23日
1944年
6月24日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年1月12日、航空機(サイゴン付近)被爆延焼[45]
2月10日除籍[26][27]、雑役船(交通船)第一黒潮となる[46][45]
7月27日喪失、米潜(マラッカ海峡[45]
第1532号艦 第百三十二号特設輸送艦
第百三十二号輸送艦
川南浦崎 1944年
2月25日
1944年
5月5日
1944年
7月10日
[注 10]
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
12月27日喪失、交戦(硫黄島)[25]
1945年3月10日除籍[28][29]
第1533号艦 第百三十三号特設輸送艦
第百三十三号輸送艦
佐世保 1944年
4月10日
1944年
6月7日
1944年
7月4日
1944年8月4日喪失、スカベンジャー作戦の航空機(硫黄島)[47]
9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月10日除籍[44]
第1534号艦 第百三十四号特設輸送艦
第百三十四号輸送艦
川南浦崎 1944年
4月10日
1944年
6月15日
1945年
7月15日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月4日、暴風雨により擱座(硫黄島)[21]
11月10日除籍[41][42]
第1535号艦 第百三十五号特設輸送艦
第百三十五号輸送艦
川南浦崎 1944年
4月28日
1944年
6月26日
1944年
7月25日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月18日喪失、航空機(フィリピン・ラポッグ湾[34]
1945年5月10日除籍[48][49]
第1536号艦 第百三十六号特設輸送艦
第百三十六号輸送艦
川南浦崎 1944年
5月10日
1944年
7月15日
1944年
8月20日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月18日喪失、航空機(フィリピン・ラポッグ湾)[34]
1945年5月10日除籍[48][49]
第1537号艦 第百三十七号特設輸送艦
第百三十七号輸送艦
→輸第百三十七号
川南浦崎 1944年
6月1日
1944年
7月20日
1944年
8月28日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
佐世保で終戦。1945年11月20日除籍[30]
12月1日復員輸送艦[33][34]となり12月10日改名[35]
1947年10月3日除籍され[50]ナホトカソ連に引き渡し。
第1538号艦 第百三十八号特設輸送艦
第百三十八号輸送艦
川南浦崎 1944年
6月18日
1944年
8月3日
1944年
9月4日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月27日喪失、米潜「キングフィッシュ」(硫黄島北西)[21]
12月10日除籍[22][23]
第1539号艦 第百三十九号特設輸送艦
第百三十九号輸送艦
川南浦崎 1944年
7月5日
1944年
8月18日
1944年
9月25日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月12日喪失、航空機(ルソン島西岸)[25]
1945年3月10日除籍[28][29]
第1540号艦 第百四十号特設輸送艦
第百四十号輸送艦
佐世保 1944年
7月26日
1944年
9月16日
1944年
10月14日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年1月12日喪失、航空機(仏印サンジャック[25]
3月10日除籍[28][29]
第1541号艦 第百四十一号特設輸送艦
第百四十一号輸送艦
佐世保 1944年
7月29日
1944年
9月16日
1944年
10月19日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月24日喪失、航空機(マスバテ島)[21]
1945年1月10日除籍[37][38]
第1542号艦 第百四十二号特設輸送艦
第百四十二号輸送艦
川南浦崎 1944年
8月1日
1944年
9月20日
1944年
11月2日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月25日喪失、航空機(ルソン島西岸サンタクルーズ)[21]
1945年1月10日除籍[37][38]
第1543号艦 第百四十三号特設輸送艦
第百四十三号輸送艦
川南浦崎 1944年
8月14日
1944年
10月3日
1944年
11月25日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年2月8日、座礁(澎湖島)。
3月22日座礁中に敵機が墜落、炎上大破。5月10日除籍[48][49]
第1544号艦 第百四十四号特設輸送艦
第百四十四号輸送艦
川南浦崎 1944年
8月20日
1944年
10月20日
1944年
12月1日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
上海で終戦、中国に接収[30]。1945年10月5日除籍[51]
第1545号艦 第百四十五号特設輸送艦
(→不詳)
第百四十五号輸送艦
de 川南浦崎 1944年
9月5日
1944年
11月15日
1944年
12月16日
1944年9月5日解仮定所管され[11]命名廃止[13]、陸軍に配分。
1945年1月25日海軍に移管[15]
4月4日奄美大島で座礁大破。9月15日除籍[32]
第1546号艦 第百四十六号特設輸送艦
(→不詳)
第百四十六号輸送艦
de 川南浦崎 1944年
9月24日
1944年
11月30日
1944年
12月30日
1944年9月5日解仮定所管され[11]命名廃止[13]、陸軍に配分。
1945年1月25日海軍に移管[15]
4月28日喪失、米潜「トレパン」(五島列島南方)[34]
5月25日除籍[52][53]
第1547号艦 第百四十七号特設輸送艦
(→不詳)
第百四十七号輸送艦
→輸第百四十七号
de 川南浦崎 1944年
10月6日
1944年
12月15日
1945年
1月25日
1944年9月5日解仮定所管され[11]命名廃止[13]、陸軍に配分。
1945年1月25日海軍に移管[15]
横須賀で終戦。9月15日除籍[32]
12月1日復員輸送艦[33][34]となり12月10日改名[35]
1947年11月13日除籍され[54]米国に引き渡し。
1948年2月から3月31日までに因島で解体。
第1548号艦 第百四十八号特設輸送艦
(→機動第一一三号艇
d 川南浦崎 1944年
10月25日
1944年
12月29日
1945年
1月31日
[注 11]
1944年9月5日解仮定所管され[11]命名廃止[13]、陸軍に配分。
1945年7月28日喪失、航空機(因島)。
第1549号艦 第百四十九号特設輸送艦
第百四十九号輸送艦
(→第二黒潮)
*b 日立向島 1943年
11月1日
1943年
12月25日
1944年
2月20日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年1月12日、航空機(サンジャック)被爆延焼[25]
2月10日除籍[26][27]、雑役船(交通船)第二黒潮となる[46]
6月1日喪失、米潜(スマトラ島)。
第1550号艦 第百五十号特設輸送艦 *c 日立向島 1943年
12月28日
1944年
1月27日
1944年
3月10日
1944年7月26日喪失、航空機(パラオ近海)[55]
9月5日解所管[9]
第1551号艦 第百五十一号特設輸送艦
第百五十一号輸送艦
日立向島 1944年
1月29日
1944年
2月27日
1944年
4月23日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
12月23日喪失、米潜「ベスゴ」(パラワン島北方)[25]
1945年3月10日除籍[28][29]
第1552号艦 第百五十二号特設輸送艦
第百五十二号輸送艦
日立向島 1944年
2月29日
1944年
3月24日
1944年
5月25日
1944年8月4日喪失、スカベンジャー作戦の航空機(硫黄島)[56]
9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月10日除籍[44]
第1553号艦 第百五十三号特設輸送艦
第百五十三号輸送艦
日立向島 1944年
2月15日
1944年
4月8日
1944年
6月15日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
呉で終戦、触雷で航行不能状態。
1945年11月20日除籍[30]。1948年解体。
第1554号艦 第百五十四号特設輸送艦
(→不詳[注 12]
第百五十四号輸送艦
de 日立向島 1944年
3月26日
1944年
4月23日
1944年
7月5日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
9月5日海軍に移管され改名[20]、艦艇籍に編入[3]
1945年1月5日喪失、交戦(硫黄島)[25]。3月10日除籍[28][29]
第1555号艦 第百五十五号特設輸送艦
(→不詳)
d 日立向島 1944年
4月10日
1944年
5月10日
1944年
7月19日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1556号艦 第百五十六号特設輸送艦
(→不詳)
d 日立向島 1944年
4月25日
1944年
5月22日
1944年
8月5日
1944年6月1日解仮定所管され[8]陸軍に配分。
以後不詳。
第1557号艦 第百五十七号特設輸送艦
第百五十七号輸送艦
日立向島 1944年
5月12日
1944年
9月6日
1944年
8月19日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
12月24日喪失、交戦(硫黄島)[34]
1945年3月10日除籍[28][29]
第1558号艦 第百五十八号特設輸送艦
第百五十八号輸送艦
日立向島 1944年
5月24日
1944年
6月23日
1944年
9月4日
1944年9月5日解所管され[10]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
10月10日喪失、十・十空襲の航空機(那覇[21]
12月10日除籍[22][23]
第1559号艦 第百五十九号特設輸送艦
第百五十九号輸送艦
日立向島 1944年
6月10日
1944年
7月8日
1944年
9月16日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
12月12日喪失、陸上からの砲撃(オルモック[25]
1945年2月10日除籍[26][27]
第1560号艦 第百六十号特設輸送艦
第百六十号輸送艦
日立向島 1944年
7月1日
1944年
8月8日
1944年
9月30日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月24日喪失、航空機(マスバテ島)[34]
1945年5月10日除籍[48][49]
第1561号艦 第百六十一号特設輸送艦
第百六十一号輸送艦
日立向島 1944年
7月9日
1944年
8月22日
1944年
10月14日
1944年9月5日解仮定所管され[11]改名[20]、艦艇籍に編入[3]
11月25日喪失、航空機(ラングーン南方)[21]
1945年1月10日除籍[37][38]
第1562号艦 第百六十二号特設輸送艦
(→機動第一〇一号艇 (2代)
d 日立向島 1944年
8月10
1944年
9月5
1944年
10月23日
1944年9月5日解仮定所管され[11]命名廃止[13]、陸軍に配分。
終戦時残存。1948年4月解体。
第1563号艦 第百六十三号特設輸送艦
(→機動第一〇二号艇 (2代)
d 日立向島 1944年
8月24日
1944年
9月20日
1944年
10月31日
1944年9月5日解仮定所管され[11]命名廃止[13]、陸軍に配分。
門司で終戦。その後台風により門司市白野江海岸に擱坐。
第1564号艦 第百六十四号輸送艦 a 大阪 1945年
4月11日
1945年6月7日命名[57]、艦艇籍に編入[58]
その後工事中止、解体。
第1565号艦 第百六十五号輸送艦 a 大阪 1945年
4月28日
1945年6月7日命名[57]、艦艇籍に編入[58]
その後工事中止、解体。
第1564号艦
-
第1571号艦
6隻。いずれも建造中止。
第1572号艦 第百七十二号輸送艦
→輸第百七十二号
川南浦崎 1944年
11月24日
1945年
1月27日
1945年
3月10日
1945年2月28日命名[59]、艦艇籍に編入[60]
佐世保で終戦。9月15日除籍[32]
12月1日復員輸送艦[33][34]となり12月20日改名[35]
1947年10月3日除籍され[61]青島で中国に引き渡し。
Lui Shan (AP-308) と改名。1955年除籍。
第1573号艦 第百七十三号輸送艦 川南浦崎 1944年
12月8日
1945年
2月15日
1945年
4月1日
1945年2月28日命名[59]、艦艇籍に編入[60]
5月22日喪失、航空機(トカラ列島[34]。8月10日除籍[62][63]
第1574号艦 第百七十四号輸送艦
→輸第百七十四号
川南浦崎 1945年
1月3日
1945年
3月15日
1945年
7月14日
1945年3月5日命名[64]、艦艇籍に編入[65]
佐世保で終戦。11月20日除籍[66]
1946年2月10日復員輸送艦[67][34]となり改名[35]
1947年4月10日除籍[68]。1948年主機損傷のため解体。
第1575号艦 第百七十五号輸送艦 a 川南浦崎 1945年
2月2日
1945年
4月11日
1945年3月5日命名[64]、艦艇籍に編入[65]
4月11日工事中止。9月15日台風で着底(浦崎沖)。
11月20日除籍(削除)[30]。1948年10月1日解体。
第1576号艦 第百七十六号輸送艦 a 川南浦崎 1945年
2月22日
1945年
6月25日
1945年4月5日命名[69]、艦艇籍に編入[70]
6月25日工事中止。11月20日除籍(削除)[30]。その後解体。
第1577号艦
-
第1583号艦
7隻。いずれも建造中止。
第1584号艦 (不詳) d 日立向島 1944年
9月07日
1944年
10月05日
1944年
11月30日
陸軍機動艇として竣工。以後不詳。
第1585号艦 (不詳) d 日立向島 1944年
9月22日
1944年
10月20日
1944年
12月10日
陸軍機動艇として竣工。以後不詳。
第1586号艦 機動第一一一号艇 d 日立向島 1944年
10月07日
1944年
11月06日
1944年
12月24日
陸軍機動艇として竣工。宮津で終戦。
第1587号艦 機動第一一四号艇 d 日立向島 1944年
10月23日
1944年
11月18日
1945年
1月13日
陸軍機動艇として竣工。終戦時残存。
1947年1月6日復員輸送艦[71]。4月10日除籍[68]
1948年5月解体。
第1588号艦 (不詳) d 日立向島 1944年
11月6日
1944年
12月6日
1945年
1月29日
陸軍機動艇として竣工。以後不詳。
第1589号艦
-
第1603号艦
15隻。いずれも建造中止。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b 1945年(昭和20年)1月以降の建造艦は石炭専焼とする。
  2. ^ 1944年9月以降は機銃を増備。
  3. ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』による。『昭和造船史』によると1944年5月1日竣工。
  4. ^ 海軍での呼称は「陸軍輸送艇第千五百六号」。英語版ウィキペディアによると「機動第一二〇号艇」。
  5. ^ 海軍での呼称は「陸軍輸送艇第千五百七号」。英語版ウィキペディアによると「機動第一二三号艇」。
  6. ^ 海軍での呼称は「陸軍輸送艇第千五百八号」。英語版ウィキペディアによると「機動第一二五号艇」。
  7. ^ 英語版ウィキペディアによると「機動第一二七号艇」。
  8. ^ 英語版ウィキペディアによると「機動第一二八号艇」。
  9. ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』による。『昭和造船史』によると1944年2月28日竣工。
  10. ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』による。『昭和造船史』によると1944年6月28日竣工。
  11. ^ 『昭和造船史』による。『写真 日本の軍艦 第13巻』に記載なし。
  12. ^ 海軍での呼称は「陸軍輸送艇第千五百四十四号」(海軍艦船要覧における誤植の可能性あり)。

出典[編集]

  1. ^ 『海軍造船技術概要』608頁。
  2. ^ a b c d e f JAPANESE NAVAL VESSELS AT THE END OF WAR No.79.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap 昭和19年9月5日付 海軍内令 第1035号。海軍艦船要覧 2013, pp. 118-119
  4. ^ a b 昭和19年2月1日付 海軍内令 第273号。『昭和19年1月~5月 内令(防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C12070198900 
  5. ^ a b c d e f 海軍艦船要覧 2013, pp. 219-220.
  6. ^ 昭和19年2月5日付 官房軍機密 第136号。海軍艦船要覧 2013, p. 118
  7. ^ 昭和19年2月5日付 海軍内令 第298号。海軍艦船要覧 2013, pp. 118
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 昭和19年6月1日付 海軍達 第729号。
  9. ^ a b c d 昭和19年9月5日付 海軍内令 第1043号。海軍艦船要覧 2013, pp. 220-221
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 昭和19年9月5日付 海軍内令 第1044号。海軍艦船要覧 2013, pp. 220-221
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 昭和19年9月5日付 海軍内令 第1047号。
  12. ^ 海軍艦船要覧 2013, p. 118.
  13. ^ a b c d e f g 昭和19年9月5日付 官房軍機密 第1184号。海軍艦船要覧 2013, p. 119
  14. ^ a b c 海軍艦船要覧 2013, p. 119.
  15. ^ a b c d 昭和20年1月25日付 海軍内令 第65号。海軍艦船要覧 2013, p. 120
  16. ^ a b c 小艦艇入門―海軍を支えた小艦徹底研究 木俣滋郎 光人社 ISBN 9784769822547
  17. ^ 『写真日本の軍艦第13巻』257頁の写真解説。
  18. ^ 昭和20年12月20日付 第二復員省 内令第12号。
  19. ^ 『写真日本の軍艦第13巻』255頁の写真解説。
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参考文献[編集]

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  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』光人社、1990年。 ISBN 4-7698-0463-6
  • 福井静夫『福井静夫著作集第10巻 日本補助艦艇物語』光人社、1993年。 ISBN 4-7698-0658-2
  • 日本造船学会『昭和造船史 第1巻』第3刷、原書房、1981年。 ISBN 4-562-00302-2
  • JAPANESE NAVAL VESSELS AT THE END OF WAR ADMINISTRATIVE DIVISION, SECOND DEMOBILIZATION BUREAU, 1947.
  • 牧野茂、福井静夫編『海軍造船技術概要』今日の話題社、1987年。 ISBN 4-87565-205-4
  • 渡辺博史 『海軍艦船要覧 艦艇・特務艦艇・特設艦船・その他』 ブックショップマイタウン、2013年4月5日ISBN 978-4-938341-86-2

関連項目[編集]