笠地蔵

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笠地蔵(かさじぞう)は、日本の伽話の一つ。貧しいが心の清い老夫婦が、道端の地蔵尊菅笠を被せてやり、その恩返しを受けるというもので、特に知られる昔話の一つである。また、花咲か爺舌切り雀などのように、善悪という対比的な図式を用いていない。この、純粋に正しい行いをする者は救われるという展開は、ある種の仏教思想の観念に基づくものであり、親が子に語り継いでいくことで、子供に対し道徳を教え諭すという寓話のような要素を持っている。

かさこ地蔵(かさこじぞう)などとも呼ばれ、岩手県福島県などに伝承がある。

あらすじ[編集]

冬支度を整えたお地蔵様の後ろ姿.明月院奥の院にて

ある雪深い地方に、ひどく貧しい老夫婦が住んでいた。年の瀬がせまっても、新年を迎えるためのモチすら買うことのできない状況だった。 そこでおじいさんは、自家製の笠を売りに町へ出かけるが、笠はひとつも売れなかった。吹雪いてくる気配がしてきたため、おじいさんは笠を売ることをあきらめ帰路につく。吹雪の中、おじいさんは7体の地蔵を見かけると、売れ残りの笠を地蔵に差し上げることにした。しかし、手持ちの笠は自らが使用しているものを含めても1つ足りない。そこでおじいさんは、最後の地蔵には手持ちの手ぬぐいを被せ、何も持たずに帰宅した。おじいさんからわけを聞いたおばあさんは、「それはよいことをした」と言い、モチが手に入らなかったことを責めなかった。

その夜、老夫婦が寝ていると、家の外で何か重たい物が落ちたような音がする、そこで扉を開けて外の様子を伺うと、家の前に米俵やモチ・野菜・魚などの様々な食料・小判などの財宝が山と積まれていた。老夫婦は雪の降る中、手ぬぐいをかぶった1体の地蔵と笠をかぶった6体の地蔵が背を向けて去っていく様子を目撃した。この地蔵からの贈り物のおかげで、老夫婦は良い新年を迎えることができたという。

地蔵の数[編集]

いくつかの種類があるが、売れ残りの笠の数とおじいさんの装備とともに変化している。 変化する要素は以下のような形で分類できる。

  • 売れ残りの笠の数は一山(5つ)が主流である。(最低5体)
  • おじいさんが自分の笠も与える(+1体)
  • おじいさんが手ぬぐいなどの手持ちの品を与える(+1体)

概ね5体から7体が主流のようである。

この地蔵の登場数が物語り終盤の展開に深く関わっている。

代用品について[編集]

手ぬぐいではなく、を被せた異説がある。また、当初、おじいさんが行商に持っていた品物は菅笠ではなくおばあさんが内職で作った綛玉であり、それを帰宅途中で菅笠を持った行商人と交換したというバージョンもある。新潟県小千谷市と隣接する長岡市小国町などでは、菅笠ではなく小千谷縮の反物をお地蔵さんに巻き付ける話となっており、笠地蔵でなく「ちぢみ地蔵」という地域もある。

地蔵のお礼[編集]

物語のオチである、地蔵のお礼の様子には様々な亜種が存在する。

  • 地蔵が1体でやってくる。
  • 地蔵の代わりに、七福神がやってくる。
  • 返礼として贈り物を届けるのではなく、老夫婦を極楽浄土へ送り届ける。

など

解説・分析[編集]

地蔵のおかげで爺婆はよい新年を迎えられたという話。

地蔵に出会ったのは村と町の間、つまり境でありこの境の神としての性質を持つ笠地蔵の六地蔵仏教の地蔵信仰ではなく、年取りの日の出来事から見るに正月神(歳徳神)の要素を持っており秋田県のなまはげ、鹿児島県のトシドンのごとく家々を訪れて幸をもたらすマレビトと根底は同じであろう。蓑笠をつけると異なった存在になるのは人間だけではなかったのである。地蔵の数も1、3、6、7、12と土地によって数に違いはあれども(こちらは本来の地蔵信仰で六道衆生救済するという考えから)六体が一番多い。

西日本では別伝として爺が雪を積もらせた地蔵をかわいそうに思い背負い帰る。婆は怒り地蔵の体から米が出る。婆は欲を出してもっと米を出そうとして腹を搗くと米が出なくなったという話も伝えられている。

参考文献[編集]

  • 昔話・伝説小事典  野村純一編著 みずうみ書房 74ページ ISBN 4-8380-3108-4