笠原貞造

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笠原 貞造(かさはら ていぞう、1901年明治34年)8月[1] - 1985年昭和60年)3月19日[1][2])は、昭和期の弁護士、農民運動家、政治家衆議院議員

経歴[編集]

群馬県出身[1][2]。1928年(昭和3年)早稲田大学専門部政経科を卒業した[1][注 1]

弁護士の業務に従事[1][2]社会大衆党新潟県連合会執行委員、全国農民組合新潟県連合会執行委員、日本農民組合新潟県支部連合会書記長などを務めた[2]。その他、新潟県地方通貨安定推進委員会長、新潟県地方労働委員会長、新潟市教育委員、新潟県弁護士会長、日本弁護士連合会理事、同副会長、新潟県市町村教育委員連合会長などを務めた[1][2]

1947年(昭和22年)4月の第23回衆議院議員総選挙新潟県第1区から日本社会党公認で出馬して当選し[1][2][3]、衆議院議員に1期在任した[1][2]。その後、第24回第25回総選挙に立候補したがいずれも落選した[4]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』169頁では早稲田大学附属専門学校政治経済科卒。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』152頁。
  2. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』169頁。
  3. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 第23回』193頁。
  4. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』169頁。

参考文献[編集]

  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第23回』衆議院事務局、1948年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
  • 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。