笠原康勝

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笠原 康勝(かさはら やすかつ、生没年不詳)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将能登守と称す。後北条氏の家臣。

生涯[編集]

伊豆衆21家に属す。笠原越前守家。笠原信為の実子。

また養子として松田憲秀の長男を取り笠原政尭を名乗らせたと伝えられるが、近年の研究では政尭が継いだのは笠原綱信を祖とする笠原美作守家とされている(綱信の子・美作守某の後継)[1]

弘治3年(1557年)、父の死により家督継承し、北条五色備の一つである白備え旗頭を継承。

脚注[編集]

  1. ^ 岡潔「笠原政堯」「笠原美作守」(『戦国人名辞典』(吉川弘文館、2006年))

関連項目[編集]

参考文献[編集]