竹腰徳蔵

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竹腰 徳蔵(たけこし とくぞう、1891年7月10日 - 1956年7月24日)は、日本政治家群馬県議会議員(6期)、参議院議員(1期)を務めた。群馬県群馬郡箕輪町(のち箕郷町、現在は高崎市)出身。早稲田大学政治経済学部中退。

来歴[編集]

造り酒屋の息子として生まれる。1909年、早大を中退し、家業を担うべく地方の酒蔵で修行に入る。家業の傍ら、1923年に群馬県議会議員選挙に立候補し初当選。1947年、第1回参議院議員通常選挙群馬県選挙区から当選したが、直後に公職追放を受け失職した。

公職追放解除後の1952年、群馬県知事選挙に立候補し、激戦の末次点で敗れる。1956年、再度群馬県知事選挙に立候補し、日本社会党東海林稔らと激突。序盤から優位に選挙戦を進め、当選は確実であると見られていたが、投票日の3日前、突如急死した。竹腰陣営は急遽、竹腰の実弟である竹腰俊蔵を担ぎ補充立候補させ、当選させた。