竹内択

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竹内 択
Taku Takeuchi (2).jpg
基本情報
フルネーム Taku Takeuchi
誕生日 (1987-05-20) 1987年5月20日(34歳)
出身地 日本の旗 日本
日本の旗 長野県飯山市
選手情報
クラブ Team Taku
使用メーカー フィッシャー
ワールドカップ
シーズン 2006年 -
優勝回数 0回
他の表彰台 4回
表彰台獲得数 4回
 
獲得メダル
男子 スキージャンプ
オリンピック
2014 ソチ ラージヒル団体
ノルディックスキー世界選手権
2013 ヴァル・ディ・フィエンメ ノーマルヒル混合団体
2015 ファールン ノーマルヒル混合団体
2017 ラハティ ノーマルヒル混合団体
最終更新日:2017年2月26日
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竹内 択 (たけうち たく、1987年5月20日 - ) は、日本スキージャンプ選手。オリンピック3大会 (2010年バンクーバー2014年ソチ2018年平昌) 日本代表2013年ノルディックスキー世界選手権混合団体戦金メダリスト、2014年ソチオリンピック男子団体銅メダリスト。

人物[編集]

長野県飯山市[1]出身。長野県飯山市立飯山第一中学校を卒業後、2003年からフィンランドに単身留学しフィンランド語を学びながら職業学校に通いつつフィンランド人コーチの指導を受け、日本へ帰国後の2006年から北野建設に所属している[2][1]。2007-08シーズンよりスキージャンプ・ワールドカップに本格参戦し、2月2日の札幌大会で8位、翌日は9位と2戦連続一桁順位を記録するなどシーズン総合成績で日本人トップとなる28位になった[1]

2010年バンクーバーオリンピック直前の国内大会ではライバルの湯本史寿より成績は振るわなかった[3]スキージャンプ・ワールドカップでの実績からオリンピック代表に選ばれた[4]

2011-12シーズンはサマーグランプリで2度の3位を含む総合6位に入り飛躍の兆しを見せる。ワールドカップでは、年末年始のスキージャンプ週間に入るとともに調子を上げ、1月1日のガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会 (ドイツの旗 ドイツ) で4位入賞、4日のインスブルック大会  オーストリア) において3位入賞と、初めてワールドカップの表彰台に登った[5]。シーズン個人総合成績でも自己最高の13位となる。

2012-13シーズンはサマーグランプリのアルマトイ大会 ( カザフスタン) で優勝。ワールドカップでも開幕から1桁準位を度々記録するなど好調で、2月13日のクリンゲンタールドイツ語版大会 (ドイツの旗 ドイツ) で自己最高の2位[6]。同月、ヴァル・ディ・フィエンメ (イタリアの旗 イタリア) で開催された世界選手権ではノーマルヒルで7位入賞。続いて伊藤有希高梨沙羅伊東大貴とともに出場した男女混合団体ノーマルヒルで4番手を務め、飛距離は1本目100.5m、2本目101.5mと2本ともグループ内で最長不倒、得点も男子選手の中で最高点を出す活躍で日本を優勝に導いた[7]

2014年ソチオリンピックのシーズンとなった2013-14シーズンは、ワールドカップ開幕から欧州を転戦して個人戦で4戦連続一桁順位、その内第3戦リレハンメル大会 ( ノルウェー) で2位になるなど好調だったが、12月末に体調を崩し、2014年1月4日のスキージャンプ週間第3戦インスブルック大会に出場した後、緊急帰国して一時入院したが、懸命な治療を受けて退院し、1月下旬のワールドカップ札幌大会で戦線に復帰した[8]。ソチオリンピックでは個人ノーマルヒル24位、個人ラージヒル13位となり、2月17日に清水礼留飛伊東大貴葛西紀明とともに出場したラージヒル団体戦では二番手を務め、追い風が吹く中1本目は127m、2本目は130mとまとめて、銅メダル獲得に貢献した[9][10]。競技終了後の記者会見にて自らが好酸球性多発血管炎性肉芽腫症 (チャーグ・ストラウス症候群) に罹患しており、闘病中であることを公表した[11]

2014-15シーズンは、サマージャンプグランプリのアルマトイ大会で2年ぶりの優勝。総合でも3位に入った。ワールドカップの開幕戦は13位。その後何度も10位台は記録したものの、なかなかトップ10に入れなかったが、2月14日のビケルスン大会 ( ノルウェー) でシーズン初めて9位となる。21日にファールン ( スウェーデン) で行われた世界選手権ノーマルヒル個人では日本勢最高の5位入賞。W杯は3月10日のクオピオ大会 ( フィンランド) 5位が最高。

2015-16シーズンは1月30日の札幌大会で8位。シーズン後半になって調子をあげ、得意のノーマルヒルで行われた2月21日ラハティ大会 ( フィンランド) で3位に入り、2シーズンぶりに表彰台登壇。次戦より3戦連続でトップ10入り。総合で2011-12シーズン13位に次ぐ18位。

2016-17シーズン、W杯では11月25日のルカ大会 ( フィンランド) 12位が最高だった。ラハティでの世界選手権では混合団体ノーマルヒルで銅メダルを獲得した。

2017-18シーズンもW杯メンバー入り。11月26日ルカ大会で15位。2018年平昌オリンピックにも3大会連続で出場した。

2018-19シーズンはサマーグランプリではポイントを挙げたが、W杯の序盤でポイントを獲得できず、その後主にコンチネンタルカップを転戦した。W杯は札幌大会の22位が最高であった。

2019年5月、北野建設を退社し[12]、その後「Team Taku」を立ち上げプロ選手として活動する[13]。夏はサマーグランプリ参戦の後コンチネンタルカップに参戦し、シュタムス英語版大会で2戦連続で優勝する。冬もコンチネンタルカップで2勝を含む表彰台4回の成績を挙げるが、W杯はエンゲルベルク大会 (スイスの旗 スイス) の16位が最高で、総合47位でシーズンを終えた。

親族[編集]

弟の竹内寿もスキージャンプ選手であり、現在はホリプロ所属の俳優である。

主な競技成績[編集]

オリンピック[編集]

世界選手権[編集]

フライング世界選手権[編集]

ジュニア世界選手権[編集]

ワールドカップ[編集]

竹内 択 2016
  • 初出場 2006年11月24日  フィンランド・クーサモ大会 - 24位
  • 最高成績 2位 (2013年2月13日 第20戦ドイツの旗 ドイツ・クリンゲンタール大会、2013年12月7日 ノルウェー・リレハンメル大会)
  • 表彰台獲得数4回 2位2回 3位2回 (2019-20シーズン終了時点)
個人総合成績(総合:W杯シーズン個人総合、4H:スキージャンプ週間総合
シーズン 総合 4H 優勝 準優勝 3位
2006/07 65位 --- 0回 0回 0回
2007/08 28位 22位 0回 0回 0回
2008/09 42位 47位 0回 0回 0回
2009/10 49位 42位 0回 0回 0回
2010/11 47位 53位 0回 0回 0回
2011/12 13位 09位 0回 0回 1回
2012/13 21位 29位 0回 1回 0回
2013/14 22位 32位 0回 1回 0回
2014/15 20位 24位 0回 0回 0回
2015/16 18位 26位 0回 0回 1回
2016/17 30位 34位 0回 0回 0回
2017/18 31位 25位 0回 0回 0回
2018/19 61位 --- 0回 0回 0回
2019/20 47位 34位 0回 0回 0回
合計 --- --- 0回 2回 2回
ワールドカップ個人表彰台
シーズン 開催日 開催地 HS 成績 備考
2011/12 1月4日 オーストリアの旗 インスブルック 130 3位 スキージャンプ週間
2012/13 2月13日 ドイツの旗 クリンゲンタール 140 準優勝
2013/14 12月7日 ノルウェーの旗 リレハンメル 100 準優勝
2015/16 2月21日 フィンランドの旗 ラハティ 100 3位
男子団体
シーズン 開催日 開催地 HS 成績 メンバー
2010/11 11月27日 フィンランドの旗 クーサモ 142 3位 栃本翔平 葛西紀明 竹内択 伊東大貴
2011/12 11月27日 フィンランドの旗 クーサモ 142 準優勝 小林潤志郎 栃本翔平 竹内択 伊東大貴
2013/14 11月23日 ドイツの旗 クリンゲンタールドイツ語版 140 3位 伊東大貴 清水礼留飛 竹内択 葛西紀明
2014/15 11月22日 ドイツの旗 クリンゲンタール 140 準優勝 清水礼留飛 伊東大貴 葛西紀明 竹内択
3月6日 フィンランドの旗 ラハティ 130 3位 栃本翔平 竹内択 伊東大貴 葛西紀明
2015/16 2月6日 ノルウェーの旗 オスロ 134 3位 竹内択 作山憲斗 伊東大貴 葛西紀明
2月22日 フィンランドの旗 クオピオ 127 3位 竹内択 作山憲斗 伊東大貴 葛西紀明
混合団体
シーズン 開催日 開催地 HS 成績 メンバー
2012/13 11月23日 ノルウェーの旗 リレハンメル 100 準優勝 伊藤有希 渡瀬雄太 髙梨沙羅 竹内択
2013/14 12月6日 ノルウェーの旗 リレハンメル 100 優勝 伊藤有希 伊東大貴 髙梨沙羅 竹内択

国内大会[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

外部リンク[編集]