立花種忠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
立花種忠

立花 種忠(たちばな たねただ、1880年明治13年)1月30日[1] - 1963年昭和38年)10月14日[1][2])は、大正から昭和期の政治家華族貴族院子爵議員東京府荏原郡入新井町長。旧名・恭忠[1]

経歴[編集]

三池藩主・立花種恭の八男として東京府深川区深川東元町(現江東区)で生まれる[1][3][4]。父の死去に伴い種忠と改名し、1905年2月13日、子爵を襲爵した[3][4][5]

学習院を経て[3]明治大学を修了した[2][3][4]1907年12月、一年志願兵として騎兵第1連隊に入隊[3]1911年5月、陸軍騎兵少尉となり、さらに同中尉に昇進した[2][3]

1914年7月、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[6]研究会に所属して活動し、1946年4月8日に辞職するまで五期在任した[2][4][7]。その他、齋藤内閣逓信参与官、航空事業調査会委員、厚生省委員、東京府荏原郡入新井町長などを務めた[2][4]

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 『平成新修旧華族家系大成』下巻、49-51頁。
  2. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』47頁。
  3. ^ a b c d e f g h 『華族畫報』下、1066-1067頁。
  4. ^ a b c d e 『人事興信録』第14版 下、タ219頁。
  5. ^ 『官報』第6484号、明治38年2月14日。
  6. ^ 『官報』第597号、大正3年7月27日。
  7. ^ 『官報』第5791号、昭和21年5月8日。

参考文献[編集]

  • 杉謙二編『華族畫報』下、吉川弘文館、2011年(華族画報社大正2年刊の複製)。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。


日本の爵位
先代:
立花種恭
子爵
下手渡立花家第2代
1905年 - 1947年
次代:
華族制度廃止