立川こしら

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立川 こしらたてかわ こしら
立川 こしら
丸に左三蓋松は、立川流定紋である
本名 若林 大輔(わかばやし だいすけ)
生年月日 (1975-11-14) 1975年11月14日(43歳)
出身地 日本の旗 日本千葉県東金市
師匠 立川志らく
弟子 立川かしめ
名跡 1. 立川らく平(1997年 - 2001年)
2. 立川こしら(2001年 - )
出囃子 with T.K.
活動期間 1997年 -
活動内容 落語家
ラジオパーソナリティ
所属 落語立川流
第プロ(マネジメント)
公式サイト 立川こしら(合同会社 第プロ)
備考
2001年5月「立川 らく平」から「立川 こしら」に改名

立川 こしら(たてかわ こしら、1975年(昭和50年)11月14日 - )は落語立川流落語家。本名、若林 大輔(わかばやし だいすけ)。立川志らく門下総領弟子、真打。

経歴[編集]

  • 千葉県東金市出身。千葉県立東金商業高等学校卒業。
  • 10代のうちはパンクバンドをやった後に劇団・お笑いなどを転々とする。そのうちに放送作家の奥山コーシンが主宰するお笑い教室に入り、たまたま奥山の使いで立川志らくの落語会に届け物をする機会があった際に、「なんとなく勢いで」初対面の志らくに入門を直訴した[1]
  • 1997年(平成9年)5月1日 - 立川志らくに正式に入門。立川らく坊(卒業[2])と同時入門。前座名「らく平」。
  • 2001年(平成13年)5月 - 二つ目昇進。「こしら」に改名。
  • 2011年(平成23年)11月 - 志らく一門の真打トライアル試験に合格。真打昇進が内定。
  • 2012年(平成24年)12月 - 弟弟子の立川志ら乃と共に真打昇進。立川談志の孫弟子では初、5代目柳家小さんの曾孫弟子(孫弟子から預かり弟子となった者の弟子は除く)でも初となる真打昇進となった。
  • 2014年(平成26年)5月 - 一旦、落語家を休業。
  • 2014年(平成26年)12月 9日 - 活動再開。休業中は静岡県賀茂郡松崎町ハーブ養蜂などの農業に携わっていたことが本人から明かされ、落語会会場や通販でそれらが販売された。

人物[編集]

  • 立川志らくの一番弟子。しかし、師匠の志らくが暖めておいた高座名「志ら乃(シラノ・ド・ベルジュラックを参照のこと)」を与えてもらえなかった。(尚、「志ら乃」は現在弟弟子が名乗っている)。ラジオでは志らくの弟子であることをときどき強調するが普段はほとんど口にしない。
  • 前座当時は談志門下に雷門獅篭(当時・立川志加吾)がおり、同じアパートの階違いで住んでいたこともあってか、彼の漫画『風とマンダラ』の登場人物として、作者と立川キウイに次ぐ出演回数で登場していた。
  • 地毛で短髪の落語家の多い中、金髪、長髪、茶髪など不定期にヘアアレンジを行う。一度スプレーで白髪にした経歴がある。
  • 先輩の落語家にも反抗するため、師匠・志らく同様、落語界に敵も多い。
  • 独自のページデザインや映像製作などを手がける「合同会社第プロ」の主宰。
  • 同門の立川志ららと組んだ漫才コンビ「カラッペタンズ」としてやDJとして番組を持つ。
  • コカ・コーラがトレードマークになるくらいの無類のコーラ好き。手ぬぐいにコカ・コーラのデザインをもじったものが存在する(落語で使用されるめくりなどの寄席文字は基本的に名前を縦書きなので、「こしら」を「こーら」と読み間違える人も少なくない)。
  • 真打昇進のニュースが流れた正に同時期、大師匠である談志が死去した。よってこしらと弟弟子の志ら乃のみが、談志存命中に真打昇進が決まっていた孫弟子となった。
  • ゲームマニアで最近では艦隊これくしょんを無課金でユーザーランキング80位に食い込み横須賀鎮守府の提督を与えられた。[3]
  • Google Niantic Labsが提供するスマートフォンゲーム「Ingress」のプレイヤーであることを公表しているほか、Ingressのあるあるネタを用いた落語を2015年6月20日、宮城県仙台市太白区あすと長町 ゼビオアリーナ仙台で行われた公式イベントの「Persepolis XM Anomaly Primary: Tohoku Japan」で披露した。[4][5]
  • Pokemon GOベータ版からプレイ。地域限定ポケモンをゲットするためと銘打ち、落語の海外公演を行っている[6]

弟子[編集]

  • 2015年に弟子を取っている。
  • こしら自身の広報によると、弟子は26歳の脱サラした男性。正式に高座にあがれば、師匠志らくにとって初のプロの専業落語家の孫弟子となり、その師である談志や5代目柳家小さんにとっても、初の曾孫弟子・玄孫弟子となる[7]
  • この弟子の高座名の命名権(期間1年)をヤフオク!に出品した。落語家の命名権売買は史上初[8]。結果、アイドルグループの仮面女子が25万1000円で落札し、「立川仮面女子」を名乗ることになった[9]
  • 仮面女子は2016年10月で命名権が切れたことにより、「立川かしめ」に改名(こしら命名)。改名初日の10月15日から1週間にわたり、都内3か所の街頭ビジョンにて改名を告知する映像が流れた[10]

主な出演番組[編集]

ラジオ・ネットラジオ[編集]

※ Podcast 対応
※ Podcast対応 ・ サイマルラジオ(ネット生配信)対応

著書[編集]

  • 『妄想肥大症候群』 (オンブック) – 2005年6月
  • 『その落語家、住所不定。 タンスはアマゾン、家のない生き方』 (光文社新書) – 2019/1/18

脚注[編集]

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  1. ^ 【スペシャルインタビュー】立川こしら -前編- - HANASHI
  2. ^ 志らく門下では廃業を卒業と呼ぶ
  3. ^ 飛べサル第208回放送分より
  4. ^ Ingress「Persepolis」オープニングイベント速報 - ケータイ Watch
  5. ^ Ingress大規模イベント Persepolis in Tohoku 開催、世界から4000人のエージェント集う。サプライズIngressで結婚 - Engadget Japanese
  6. ^ 植松久隆 (2017年1月18日). “【インタビュー】落語界の異端児、立川こしら豪州上陸!”. 日豪プレス. 2018年8月15日閲覧。
  7. ^ なお、こしらの弟弟子志ら乃にはプロレスラー華名声優関智一が客分格弟子として入門しているので、厳密な専業噺家以外も含めたら志らく初の孫弟子・談志初の曾孫弟子はこちらになる。また、三遊亭遊雀は元々3代目柳家権太楼の弟子であり、権太楼は5代目柳家つばめの死後に大師匠にあたる小さんの直弟子(預かり弟子)となったため、系譜を当初の入門者毎に遡った場合、遊雀の弟子三遊亭遊かりが小さん初の玄孫弟子となる。
  8. ^ 落語家が弟子命名権をオークション出品 - デイリースポーツ、2015年7月9日、2015年7月17日閲覧。
  9. ^ ヤフオクから落語家「仮面女子」が誕生、仮面女子候補生ユニットの命名権も出品済! - 東京アイドル通信、2015年7月15日、2015年7月17日閲覧。
  10. ^ 落語家「立川仮面女子」が街頭ビジョンで改名発表 - 東京スポーツ、2016年10月15日、2016年11月18日閲覧。
  11. ^ 週キャスこしら”. 2017年1月28日閲覧。

関連書籍[編集]

  • 立川談志・落語立川流一門『談志が死んだ、立川流はだれが継ぐ』講談社、2003年、415頁
  • 広瀬和生『この落語家を聴け!』集英社文庫版、2010年、357-362頁
  • 広瀬和生『落語評論はなぜ役に立たないのか』光文社新書、2011年、176-180頁
  • 広瀬和生『噺家のはなし』小学館、2012年、110-113頁
  • 南葵亭樂鈷『落語家のようなもの 立川こしら論』2013年、彩流社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]