空位時代

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空位時代(くういじだい、ラテン語: Interregnum)は、ある政府、国家組織、社会秩序が一時的に連続性を失う時代、特に君主制国家における前君主の死去(もしくは退位)から次代君主の即位までの期間を言う。

ラテン語の「Interregnum」は、「間 (inter)」と「治世 (rēgnum)」の合成語である。

君主が代替わりする際にごく短期間の「空位期間」ともいうべき時期が発生するのは当然であるが、国内の情勢不安、内戦ウォーロード間の継承戦争、国外からの侵略や新勢力の勃興などによる権力の空白などにより、空位時代が長期化する場合がある。

「失敗国家は空位時代が継続している国家」ということができる。

著名な空位時代[編集]

イギリスなど世襲王制が定着した一部の王国(君主国)では、国王が死去または退位した瞬間に法定推定相続人ないし推定相続人が王位を継承したとみなす形態を構築することで、空位時代の発生を避けるようになった。ポルトガルではそのため、在位約20分で世界最短記録とされる国王(ルイス・フィリペ)も存在する。

王は死んだ。陛下万歳!」という言葉が象徴的である。この有名なフレーズは、「国王個人の権威が主権の形で子孫に連続していくこと」を明確に示している。

しかし、この形態はすべての君主制国家に広まったわけではなかった。ポーランド・リトアニア共和国では新王即位までに国王自由選挙と戴冠式を必要とし、毎回必然的に長期の空位時代が発生した。その間、ポーランド首座主教インテルレクスとして王権を代行した。

ベルギーでは、定められた王位後継者であっても「議会で宣誓を行わない限り」国王として認められないことになっている。

宗教界[編集]

キリスト教会[編集]

カトリック[編集]

ローマ教皇の死去または退位から新教皇就任までの空位時代は使徒座空位と呼ばれる。

現代ではコンクラーヴェによる教皇選出の手続きが確立されており、1846年ピウス9世選出以降は20日以下にとどまっている。

アングリカン・コミュニオン[編集]

アングリカン・コミュニオンにおいては、空位時代の語は小教区牧師が新たに任命されるまでの期間を指す。この間、小教区の管理は教区委員が代行する[1]

民主制国家の政権空白期[編集]

現代の民主制国家においては、議院内閣制の場合、選挙で多数与党が形成されなかった際に少数政党が連立工作をする間の空白期間を指すこともある。イギリスカナダなどの単純小選挙区制を採用している国では、こうした状況は普通短期間で終結する。しかし、2017年イギリス総選挙2010年オーストラリア連邦選挙のように「ハング・パーラメント」が長引く例も稀に存在する。こうした場合には、新政権が成立するまで選挙前の政権が持続するのが慣例である。

近代史上初めて共和制国家として成立したアメリカ合衆国では大統領制の下、大統領選挙の結果、新大統領が選出されてから就任式を行うまでの期間を指す。この間は前政権が国家運営を担うが、実際にはあらゆる決定が新大統領のために先送りされる「レームダック」状態になる[2]。一部のキリスト教会では、司祭監督などの地位の継承に際して空位期間の語が用いられることがある。

スポーツ界[編集]

国際チェス連盟[編集]

世界的なチェスの競技連盟である国際チェス連盟(FIDE)の歴史上、男女それぞれの世界チャンピオンが1940年代に不在となったことがある。この時期は世界チェスチャンピオン空位時代として知られる。

男子[編集]

  • 1946年–1948年 — 世界チャンピオンアレクサンドル・アレヒンの死去による。1948年にFIDEのトーナメント戦でミハイル・ボドヴィニクが新チャンピオンとなるまで

女子[編集]

  • 1944年–1950年 — 世界女子チェス選手権の世界チャンピオンヴェーラ・メンチクが第二次世界大戦中イギリスで空襲により死亡したことによる。1950年にFIDEのトーナメント戦でリュドミーラ・ルデーンカが新チャンピオンとなるまで

フィクション[編集]

乱世の一形態である空位時代の概念は、様々なフィクション作品の世界観に利用されている。

脚注[編集]

  1. ^ Responsibilities and Duties of the Churchwarden”. www.churchwardens.com. 2015年3月15日閲覧。
  2. ^ On the Way Out: Interregnum Presidential Activity

参考文献[編集]

関連項目[編集]