空の大怪獣 ラドン

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空の大怪獣 ラドン
Rodan poster.jpg
公開時のポスター
監督
脚本
原作 黒沼健
製作 田中友幸
製作総指揮 森岩雄
出演者
音楽 伊福部昭
撮影
  • 芦田勇(本編)
  • 有川貞昌(特撮)[要出典]
編集 岩下広一
製作会社 東宝[4][注釈 1]
配給 東宝[4][注釈 1]
公開 日本の旗 1956年12月26日[出典 1]
上映時間 82分[出典 2]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
製作費 2億円[11]
次作 三大怪獣 地球最大の決戦
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空の大怪獣 ラドン』(そらのだいかいじゅう ラドン)は、1956年昭和31年)12月26日に公開された、東宝制作の怪獣映画[5][7]。カラー、スタンダード[出典 3]

キャッチコピーは「空飛ぶ戦艦か! 火口より生れ地球を蹂躙する紅蓮の怪鳥ラドン!

同時上映は『眠狂四郎無頼控』(原作:柴田錬三郎、脚本:小国英雄、監督:日高繁明、主演:鶴田浩二[1][2]。同作品と共に新宿コマ東宝(現:TOHOシネマズ新宿)のこけら落とし上映作品でもある。

概要[編集]

初のカラー東宝怪獣映画である[出典 4][注釈 2]。正月向け興行の特撮作品としては『透明人間』(1954年)以来であった[14]

原作者の黒沼健は日本におけるオカルト・ライターの草分けでもあり[14]本作でも自衛隊機が国籍不明機を追跡する場面ではアメリカの有名なUFO事件のマンテル大尉事件がヒントにされている。[要出典]1954年版『ゴジラ』でのゴジラ台風と共にやってきたように、本作品でのラドンは炭鉱の落盤事故と共にやってくる。心配する家族の様子は当時のニュース映像そのままであり、目撃者がショックで記憶を失っているのは、事故被害者の一酸化炭素中毒後遺症を思わせる。一方、炭鉱に人を襲う小型怪獣が出現し、炭鉱の奥に始祖鳥のような怪獣がいるという展開は、海上日出男による脚本『ゴジラの花嫁?』にも見られるものであった[15]。核の象徴としても位置づけられていたゴジラと異なり、ラドンはより生物的な側面が強調されており、その出現経緯が描かれているのも特徴である[出典 5]。ストーリーの前半は、炭鉱での殺人事件の捜査に費やされ、ラドンが登場するのは後半に入ってからである[7]。前半で描かれる暗い坑内での陰惨な事件と、後半の青空を超音速で飛ぶラドンとその追撃によるスピーディな展開が、カラー作品ならではの色彩設計を活かした対照的な構成となっている[16][13]

ラドンが衝撃波で破壊する西海橋は、本作品の劇場公開の前年に完成したばかりだった。劇場公開後、西海橋や阿蘇山を訪れる観光客は明瞭に増えたとのことで、以後の怪獣映画のロケ地として完成まもない注目の新ランドマークが宣伝も兼ねて怪獣に破壊される伝統の先駆けとなった[14]。また、ラドンが福岡市天神地区を火の海にするシーンで破壊される有名デパート岩田屋のマークは噴水の水流3本を意匠化したものだが、あたかもラドンを意匠化したように見え、「自社を破壊した怪獣をマークにしているデパート」と評判になった。「怪獣に壊される建物」は現実の所有者にお伺いを立てると非承諾となることが多いが、本作では「壊されることで有名になる」と現実の所有者が喜んで「映画の中で破壊される現実に存在する建物」の承諾をした「町興し」映画の側面もあるという点がDVDのコメンタリーで言及されている。

本作品にはラドンの卵の大きさや体重などを推定するためにコンピューターを利用する場面が見られるが、日本の怪獣映画やSF映画にこうした電子機器を導入する場面が出てくるのは、これが初めてである。[要出典]また、劇中でのコンピューターの呼称が電子計算機だったの対し、原作小説ではサイバネティックスという、当時としては先鋭的な名称が設定されていた[17]

原作小説の初出は少年雑誌『中学生の友』1956年10月号の別冊付録[17][15]。同小説は、季刊誌『幻想文学』第39号(1993年9月・幻想文学出版局)の特集「大怪獣文学館」にも再録されている。

1976年12月18日に「東宝名作シリーズ第5弾日劇・東宝 映画傑作選 円谷英二 夢の世界」として、『ゴジラ』『モスラ』とともにニュープリント版が日本劇場で上映された[2]

ストーリー[編集]

炭鉱技師の河村繁阿蘇付近の炭鉱に勤務していた。ある日、坑道内で原因不明の出水事故が発生。それに続いて炭鉱夫らが水中に引き込まれ、惨殺死体となって発見される事件が相次ぐ。当初は河村の友人で行方不明の炭鉱夫、五郎が犯人と目されていたが、まるで日本刀で斬られたかのような被害者の傷痕に警察や監察医も首を傾げるばかりだった。やがて出現した真犯人は、体長2メートルを超える巨大な古代トンボの幼虫・メガヌロンだった。村に出現したメガヌロンに警官のピストルでは歯が立たず、河村は警察が要請した自衛隊と共にメガヌロンが逃げ込んだ坑道に入る。機関銃によって一旦は怪物を追い詰めるが、発砲の衝撃で落盤が発生、巻き込まれた河村は坑道内に姿を消してしまう。

やがて阿蘇では地震が発生、阿蘇山噴火の前兆かと付近一帯は騒然となる。だが、地震によって出来た陥没口で調査団が発見したものは、落盤事故から奇跡的に生還したものの、記憶喪失となっていた河村であった。時を同じくして、航空自衛隊司令部に国籍不明の超音速飛行物体が報告された。確認に向かった自衛隊の戦闘機を叩き落とした飛行物体は、さらに東アジア各地にも出現、各国の航空業界を混乱に陥れていた。一方、阿蘇高原では家畜の失踪が相次ぎ、散策していたカップルが行方不明になる事件が起きる。若い恋人の心中かと思われていたが、彼らが残したカメラのフィルムには、鳥の翼のような謎の影が映っていた。

入院していた河村の記憶は戻らないままだったが、恋人キヨの飼っていた文鳥の卵の孵化を見たことをきっかけに、失われていた恐ろしい記憶が甦る。落盤で坑道の奥に閉じ込められた彼が見たものは、地底の大空洞で卵から孵化し、メガヌロンをついばむ巨大な生物だった。柏木久一郎博士により、その生物は翼竜・プテラノドンに極めて類似したものと判明。博士の調査団は河村の導きで地底の大空洞へ向かい、そこで巨大な卵の殻の破片を発見する。計算機によってはじき出された卵の大きさから、巨大生物はソニックブーム=衝撃波を起こすほどの速力を持つと推測された。調査団が改めて阿蘇に赴いたその眼前で、古代翼竜の大怪獣ラドンが飛び立つ。

知らせを受けて発進した自衛隊のF-86Fセイバー戦闘機の追撃を受け、ラドンは佐世保西海橋付近に一時は墜落したが再び飛立ち、福岡を襲撃した。自衛隊の特車部隊が応戦するものの、さらにもう1頭が出現して街を破壊。2頭のラドンはいずこともなく姿を消す。

「生物の帰巣本能で阿蘇に戻るのではないか」という柏木博士の予測どおり、ラドンは阿蘇火口の大空洞に潜んでいるのが発見される。火山研究所が阿蘇山大噴火の誘発を警告する中、住民の避難が進められ、自衛隊の攻撃準備が進む。

登場怪獣[編集]

ラドン
メガヌロン

登場兵器[編集]

架空[編集]

24連装ロケット砲車
レーダー車[7](レーダー車両[18]
パラボラ型のレーダーを搭載した4輪トレーラーで、自走能力は有しておらず、オネストジョンのM289発射機に牽引されて移動する。搭載されているレーダーは、阿蘇山のカルデラ全域をカバーできる能力を持つ。劇中では阿蘇山へラドン攻撃に向かうオネストジョン部隊に随伴し、ラドンの動向を探索した。

実在[編集]

自衛隊[編集]

警察[編集]

民間[編集]

キャスト[編集]

参照[4][25][14]

ノンクレジット(キャスト)[編集]

スタッフ[編集]

ノンクレジット(スタッフ)[編集]

製作[編集]

東宝プロデューサーの田中友幸は、本作品のきっかけは当時超音速ジェット機が話題になっていたことであり、「ゴジラを超音速で飛ばしたら」という発想であったと述べている[42]。後年、田中は本作品を「夢の高揚期に生まれた大好きな作品」と語っている[42]

原作者の黒沼健は、田中が黒沼の小説のファンであったことから起用された[42]。田中によれば、本作の検討台本には黒澤明も助言したといい、黒澤の意見は「等身大のメガヌロンと巨大なラドンとの大きさの対比」や「季節感」など、細かい部分でかなり脚本に採り入れられたという[43]。一方、脚本を手掛けた村田武雄は、炭坑に入って巨大な卵に行き当たるなどの展開に疑問を感じながら執筆していたと述懐している[13]

自衛隊機がラドンを追うシーンで「ラドン追撃せよ」として使用された曲は、本作の音楽を担当した伊福部昭が初めて映画音楽を手がけた作品『銀嶺の果て』のメインタイトルのモチーフを使用したものである。この曲は、後の『東宝特撮未使用フィルム大全集』のサウンドトラック『OSTINATO』にて再演奏された音源が、『ゴジラvsキングギドラ』で自衛隊のF-15戦闘機がキングギドラを追うシーンに流用された。

撮影[編集]

設定では阿蘇地方の炭鉱からラドンが生まれるが、活火山である阿蘇周辺に炭鉱は存在しないため、ロケ長崎県北松浦郡鹿町町日鉄鉱業加勢炭鉱で行われた[10]。物語冒頭で事務所前に集合した鉱夫たちは、同炭鉱の鉱夫がエキストラとして大挙出演したものである[44][10]

西海橋の撮影でも、地元バス会社の協力によりエキストラを多数動員した避難シーンが撮影された[10]

撮影を務めた有川貞昌によれば、佐世保上空を飛ぶラドンを見上げる民衆のシーンはゲリラ撮影が行われた[45]。トラックの幌にカメラを隠し、一般人のふりをした助監督や照明スタッフが上空を仰ぎ、周囲の人々も空を見るように誘導していた[45]

主演の佐原健二は、本作品での演技について監督の本多猪四郎から「普通の芝居では誇張があるが、特撮ものでは逆にリアルな芝居の方がいい」とアドバイスを受け、以後も特撮作品を演じる際の指標になったと述懐している[46]。記憶喪失の演技では、目の焦点を常にぼかすという芝居を考案し、本多からも褒められたという[46]白川由美と抱き合うシーンでは、白川が照れて演技できずにいたところ、本多が自ら佐原に抱きついて演技指導を行い、場を和ませていた[46]

トロッコの撮影では、引っ張っていたウインチが緩んで脱線し、乗っていた佐原が負傷した[47][46]。しかし、佐原は2日程度しか休めないまま撮影に復帰し、そのことを知った先輩俳優の鶴田浩二は東宝演技課に怒鳴り込んだという[47][46]

特撮[編集]

撮影風景

総製作費2億円のうち、60パーセントにあたる1億2千万円が特撮に費やされた[11]

当時のカラーフィルムは感度が低く、緑のものは青く映ってしまうため、美術助手の井上泰幸は『白夫人の妖恋』同様、色彩には気を使ったと述懐している[48]。また、助監督の浅井正勝によれば、照明の電力が足りず、他の作品の撮影が終わった午後6時から撮影を行う昼夜逆転の状態であったと述べている[11]。さらに、照明が強いため、その熱でミニチュアが溶けたり火薬が発火してしまうことなどもあったという[11]

序盤での崩落シーンは、ミニチュア撮影と作画合成を併用しており、緑の山間が一瞬にして赤土に変わる視覚効果を強調している[8]

ラドンに破壊されて崩落するビル内で人が逃げているシーンは「鏡をミニチュアのビルの中に置き、人物を映す」という古典的な方法で撮影されており、丸大ハンバーグの巨人のCMなどでも使われていたが、1996年に公開された『ガメラ2 レギオン襲来』では、オマージュ的意味合いも込めてこの方法が採用されている。

西海橋のセットは、580平方メートルのプール上に約16メートルの1/20サイズで作られた[49]。当初は赤く塗装されていたが、本番前になって実物が銀色であることが判明したため、スタッフは徹夜でこれを銀色に塗り直したそうである[50]。また、橋の中央部をピアノ線で吊っており、これを切ることで自重で崩落する仕掛けとなっていたが、本番でピアノ線が映ってしまい、特技監督の円谷英二の指示により編集で処理することとなった[51][50]

博多の街のセットは、防犯上の理由から図面の提供を断られたため[7]、美術助手の井上らが実際に博多を歩き、4日間かけて歩幅や敷石の枚数などを記録して図面を起こした[出典 11]。東宝撮影所の第8ステージに建てられたメインセットは、基本的には1/25スケールであったが、手前側は1/10や1/20スケールとすることでパースを出している[10]。炎上する商店街のセットは、大プールの上に1/10スケールで建てられた[8]。このシーンは、翌年『地球防衛軍』に流用された[8]

当時、岩田屋には改装工事の足場が設置されており、美術アルバイトであった飯塚定雄三上陸男らはここまで作らなくてもよいと考えていたが、井上の指示により足場も再現している[54]。飯塚と三上は、カメラに映らないと考えたウインドウに当時のコンドームの広告を再現して設置したが、円谷が急遽カメラ位置を変更したため慌てて消したという[54]。井上によれば、岩田屋の建て込みには43日かかったが、撮影でラドンに壊されるのはあっという間であったと述懐している[55]

ラドンが起こす突風は、飛行機のエンジンを改造した扇風機によって表現された[出典 12]。突風で吹き飛ぶ屋根瓦は、ボール紙を用いてミニチュアの屋根に乗せている[52][49]。突風で飛ばされるジープのミニチュアは、中でラッカーを塗った筒に塩酸が流れる仕組みとなっており、壊れる際に化学反応によって煙を発生させている[52]

西海橋や岩田屋のシーンでは、ラドンの着ぐるみを内部の中島春雄ごとピアノ線で吊り下げるという危険なワイヤーアクションで撮影されており[出典 13]、映画界での使用としては最初期と見られる。また、ピアノ線による操作で画期的と評されたのが、自衛隊機の表現である。『ゴジラ』では黒い幕を背景にして固定された状態のミニチュアから火薬を仕込んだロケット弾を発射させていたが、本作では真昼の青空を背景にしてピアノ線で操作されたミニチュア機からロケット弾が発射されていた。このような「ミニチュアを飛ばしながら発砲させる」という表現は「発砲時の反動でミニチュアが揺れてしまう」というアクシデントを起こしやすいが、それを最小限に抑えるために円谷はミニチュアの機首部、左右の主翼付け根、翼端、尾部など、複数個所にさまざまな角度からピアノ線を張って操作するという、より高度かつ複雑な技術を考案して撮影に臨んだ。

ラドンと空中戦を繰り広げるF-86Fセイバーの撮影には、ミニチュアだけでなく実物大モデルも用いられている[56]。円谷の要望により特殊美術の入江義夫が実機の資料と写真から図面を起こしたが、キャノピーの透明部分は当時の技術では制作できず、アメリカ空軍から本物のパーツを借用している[56]。入江は実物ゆえに芝居部分に迫力が出たと評しているが、透明部分がブルーバック合成で抜きにくくなるなどの苦労もあった[56]

オネスト・ジョン搭載車両のミニチュアは、当時多忙であった郡司模型に代わり山田模型社が制作したが、木製ゆえにミサイル発射時の火薬で燃えてしまうというトラブルが発生している[56][注釈 9]。特殊美術の入江義夫はこのトラブルをきっかけに、火を用いる撮影には金属製のミニチュアでなければならないと考え、それ以降は郡司模型製の金属モデルを多用するようになった[56]。オネストジョンの登場は、当時日本の米軍基地に配備される予定であったことが問題視されていた世相を反映したものである[57]。当時自衛隊にはミサイル車両は配備されていなかったが、本多によればミニチュアの動きがリアルであったため本物を借りたと錯覚した東宝の重役もいたという[58]

ラストシーンの阿蘇山は、200坪・高さ10メートルのオープンセットが建てられ、製鉄会社から溶鉱炉の釜を借りて熔鉄を溶岩に見立てて、リアルな噴火のメカニズムを再現している[出典 14]。井上によれば、熔鉄は予想以上に重く、コースを外れて流れてしまったり、熱で舞台の荷重が燃えてしまうなどのアクシデントも多かったという[55]。この手法は、後に『日本誕生』でも用いられた[55]

当初、噴火する阿蘇山上空を2匹のラドンが弧を描いたまま飛ぶシーンで終わる予定だった[60]。だが、溶鉄を溶岩に見立てたために撮影現場は高熱に包まれ、その熱は本番中にラドンを吊っていたピアノ線を焼き切ってしまい、操演不能になった[出典 15]。特技監督の円谷英二は操演スタッフのアドリブだと思ったため、撮影の有川貞昌らに「まだ、まだ、まだ」と叫んで撮影を続けさせた[59]。撮影終了後に操演スタッフから事情を聞いたが、撮り直さないことに決定した。円谷は、「ああいう絵は撮ろうとして撮れるものじゃない」と述べたという[61]。撮影現場を見学していた村田は、2匹が焼け落ちるシーンを見て感動したといい、脚本でラドンを2匹にして良かったと述べている[13]

本作品のメイキング写真として、劇中には登場しない城のミニチュアの制作風景が残されている[62]。この城について、作品の舞台から熊本城と紹介している資料も存在したが、形状から実際には大坂城であるとされ[注釈 10]、脚本にも城が登場する場面はないことから、他作品のスナップが紛れ込んだ可能性もあるとされる[62]

海外版[編集]

海外版ポスター

英語タイトルは『RODAN! THE FLYING MONSTER』[15]。1957年8月からアメリカ合衆国で順次公開された[15]。配給はキングブラザーズ[63]

本作の海外版も、当時の東宝特撮作品の例に漏れず、原版からかなりの改変が行なわれている。主な点は以下の通り。

  • 原版では、柏木博士の言及でのみ扱われている核実験の影響を明確にするため、冒頭に核実験の爆発映像を挿入している[63]
  • ヘリコプターによるラドンの巣の捜索シーンが河村の回復直後に移動し、戦闘機による攻撃が行なわれており、戦闘機の出動シーンをアメリカで新規に撮影している[63]
  • 原版では、ラストシーンになるまでラドンが2頭いるという明確な描写がないため、観客が混乱するという意見があった。このため、ラドンが離陸するシーンを2回流すことで、ラドンが2羽いることが明確になるようになっている[63]
  • 音楽は全面的に入れ替えられている。

この他、細かいシーンのカットや地名の変更がなされている。

ソフト化[編集]

1972年頃には、本作を編集した8mmフィルム+絵本付ソノシート『マッハ怪獣ラドン』が発売された(国内盤DVDの特典に収録されている)。それは本編の短縮でナレーションがあるが一部台詞と悲鳴と鳴き声が被さりラドンの襲撃シーンではゴジラの音楽を流用している。

  • VHS TG4224[64]
  • LD TLL2388[64]
  • DVD:2001年2月21日発売[65]。トールサイズで2007年1月26日再発売。オーディオコメンタリー(有川貞昌)
    • 2013年11月8日、期間限定プライス版として再発売。
    • 2015年7月15日、東宝DVD名作セレクションとして再発売。
  • BD:2009年9月18日発売

小説版[編集]

原作者である黒沼健により、『ラドンの誕生』という題で少年向け雑誌用に小説化されている[17][15]。ただし、これが脚本の原型となった原作なのか、原作を小説としてアレンジしたものかは明らかになっていない[15][注釈 11]

大筋は映画と共通するが、河村家と家族ぐるみの親交があり古生物学者が父である少年柏木秀夫が主人公となっている[17]

ラストも異なり、ラドンは海底に潜んでいるところを新開発された冷凍爆弾により冷凍され、そののちに爆破されて退治されている[17]

漫画版[編集]

関連書籍[編集]

関連作品[編集]

  • ゴジラvsキングギドラ』 - キングギドラが福岡を襲撃するシーンは本作とほぼ同じ構図で、本作へのオマージュとなっている[49]。劇中では「ラドン追撃せよ」(アルバム『OSTINATO』での再演奏版)が使用されている。
  • ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』 - 劇中、ラドンを封じ込めていた前進基地のナンバー「56」は、本作の公開年からと言われている[67]
  • 『オペレーション「氷」』 - 野田昌宏によるSF短編小説(短編集『あけましておめでとう計画』『キャベツ畑でつかまえて』所載)。本作の福岡襲撃シーンが、公開当時の地元市民にどのような反響を呼んだかの記述がある[要ページ番号]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ a b ノンクレジット
  2. ^ 東宝初のカラー特撮映画は『白夫人の妖恋』である[13][1]
  3. ^ 端役ながらクレジットでは主要キャストに次ぐ6番目に位置しており、書籍『東宝特撮女優大全集』では東宝が中田を売り出そうと力を入れていたものと推測している[26]
  4. ^ 書籍『モスラ映画大全』では、役名を新婚カップルと記述している[27]
  5. ^ 資料によっては、検死官[25](検視官[28]、検屍官[14])と記述している。
  6. ^ 書籍『モスラ映画大全』では、役名を炭坑夫と記述している[28]
  7. ^ オープニングクレジットでは「手塚巳」と誤表記。
  8. ^ 予告編でのナレーションでは通り名の「たなかゆうこう」と読み上げられている。
  9. ^ 書籍『東宝特撮超兵器画報』では、木製のタイヤ以外はすべて金属製と記述している[57]
  10. ^ 熊本城の天守西南戦争で焼失し、修復されたのは1960年であるため、本作品の公開時期とは合致しない[62]
  11. ^ 書籍『ゴジラ来襲』では、黒沼の手による検討用台本は執筆されていないと記述している[17]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h ゴジラ来襲 1998, pp. 30–31, 「第2章 東宝・怪獣SF特撮映画の歩み 第1期(1954-1962)」
  2. ^ a b c d e 東宝特撮映画大全集 2012, p. 20, 「『空の大怪獣 ラドン』」
  3. ^ a b ゴジラ画報 1999, pp. 74–75, 「空の大怪獣ラドン」
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 映画資料室”. viewer.kintoneapp.com. 2020年3月7日閲覧。
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  8. ^ a b c d e f g h 円谷英二特撮世界 2001, pp. 48–49, 「空の大怪獣 ラドン」
  9. ^ a b c d e 東宝ゴジラ会 2010, pp. 292–293, 「円谷組作品紹介」
  10. ^ a b c d e f g h i j k 超常識 2016, pp. 208–211, 「古代の巨大翼竜が現代に復活! 空の大怪獣ラドン」
  11. ^ a b c d 東宝特撮映画全史 1983, pp. 124–125, 「東宝特撮映画作品史 空の大怪獣ラドン」
  12. ^ @godzilla_jpの2020年5月5日のツイート2021年9月19日閲覧。
  13. ^ a b c d e 東宝SF特撮映画シリーズ3 1985, p. 222, 「村田武雄 長編インタビュー」
  14. ^ a b c d e f g 東宝特撮映画大全集 2012, p. 21, 「『空の大怪獣 ラドン』作品解説/俳優名鑑」
  15. ^ a b c d e f 東宝特撮映画大全集 2012, p. 37, 「撮影秘話-特別編- 東宝特撮映画とその海外進出4 黒沼健が生んだ天翔る怪獣たち」
  16. ^ a b 東宝特撮映画全史 1983, pp. 122–123, 「東宝特撮映画作品史 空の大怪獣ラドン」
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  19. ^ a b 超最新ゴジラ大図鑑 1992, pp. 165–171, 「陸上兵器」
  20. ^ a b 東宝特撮メカニック大全 2003, pp. 304–305, 「通常兵器 [陸上]」
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  22. ^ 超最新ゴジラ大図鑑 1992, pp. 174–177, 「航空兵器」
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出典(リンク)[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]