稲田法子

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獲得メダル
競泳
日本の旗 日本
世界水泳
2003年 女子50m背泳ぎ
パンパシフィック水泳選手権
1995 アトランタ 女子100m背泳ぎ

稲田 法子(いなだのりこ、1978年7月27日)は、埼玉県草加市出身の元競泳選手。船橋市立船橋高等学校[1]早稲田大学卒業。セントラルスポーツ研究所に所属している。

経歴[編集]

喘息だったことから水泳を始めた[2]

草加市立草加中学校2年生だった1992年にバルセロナオリンピックに出場、岩崎恭子春名美佳と並んで中学生トリオとして話題となった[3]。100m背泳ぎ12位[1][4]、200m背泳ぎ15位だった。

1995年のパンパシフィック水泳選手権では100m背泳ぎで優勝した[5]

1996年のアトランタオリンピックは国内選考で敗れて出場できなかった[4][6]。3歳年上の黒鳥文絵の影響により早稲田大学へ進学した[7]。1997年のユニバーシアード100m背泳ぎで優勝した[8]。1,2年次には目標もなく続けていたが、中央大学へ進学した中村真衣源純夏らが記録を伸ばしたことから刺激を受けた[9]。1999年にはユニバーシアードに出場している。

2000年シドニーオリンピックに出場、100m背泳ぎで5位入賞を果たした[4]

シドニーオリンピック終了後いったん競技から遠ざかったが、2001年の世界水泳選手権福岡大会をテレビで見て再び泳ぎたいと復帰を決意、2002年4月の日本短水路選手権で復帰、100m背泳ぎで優勝した[1]

2003年、第10回世界水泳選手権に出場、50m背泳ぎで28秒62の日本新記録を出して銅メダルを獲得した[1][10]

2004年アテネオリンピックに出場、100m背泳ぎでは準決勝で敗退[11]、11位となった。この大会を最後に引退し指導者となり[12]アリゾナ州コーチ学を学んだ[13]

2010年4月、日本選手権水泳競技大会で現役に復帰し4位となった[13]。同年9月のゆめ半島国体では100m背泳ぎで3位となった[13]

2012年4月4日の日本選手権では1分00秒57で3位となり、ロンドンオリンピック出場権を逃した[14]

2015年4月5日、36歳で出場した日本選手権女子50m背泳ぎで優勝。9日の100mでは2位に入った。

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脚注[編集]

  1. ^ a b c d アテネへの鼓動(2)水泳・女子背泳ぎ 稲田法子さん(25)(”. 読売新聞 (2004年1月3日). 2012年6月3日閲覧。
  2. ^ 日本代表選手団”. 日本オリンピック委員会. 2012年6月3日閲覧。
  3. ^ エキサイトニュース(2012年7月15日)
  4. ^ a b c シドニーオリンピック百メートル背泳ぎ五位入賞 稲田法子(いなだ・のりこ)さん”. 早稲田ウィークリー (2000年11月9日). 2012年6月3日閲覧。
  5. ^ (18)自省からの再始動”. 読売新聞. 2012年6月3日閲覧。
  6. ^ (28)痛恨のミス再び”. 読売新聞. 2012年6月3日閲覧。
  7. ^ 早稲田大学という選択”. 早稲田大学 (2001年9月18日). 2012年6月3日閲覧。
  8. ^ 小野梓記念賞 スポーツ賞”. 早稲田大学 (1997年). 2012年6月3日閲覧。
  9. ^ 2nd アスリートとしての「自分」”. 早稲田大学 (2001年9月25日). 2012年6月3日閲覧。
  10. ^ 世界水泳選手権バルセロナ大会 フォトアーカイブ”. スポーツナビ (2003年7月24日). 2012年6月3日閲覧。
  11. ^ 中村礼子、稲田法子、田中雅美 レース後コメント”. スポーツナビ (2004年8月16日). 2012年6月3日閲覧。
  12. ^ 河本耕平 (2012年2月3日). “稲田法子さん、TV取材”. 2012年6月3日閲覧。
  13. ^ a b c 9月11日~県勢入賞ラッシュ”. 読売新聞 (2010年9月12日). 2012年6月3日閲覧。
  14. ^ 33歳稲田0秒09及ばず 現役に色気”. 日刊スポーツ (2012年4月5日). 2012年6月3日閲覧。

関連項目[編集]

  • 岩崎恭子(稲田と同い年の競泳選手で、バルセロナオリンピック200m女子平泳ぎの金メダリスト。)

外部リンク[編集]