稲村稔夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

稲村 稔夫(いなむら としお、1928年8月16日 - 2000年3月12日)は、日本政治家。元参議院議員新潟県三条市市長(1972年 - 1976年)。

経歴[編集]

東京都出身。1948年北海道大学農林専門部卒。都内で中学校教諭となり日本教職員組合でも活動するが、その後日本社会党本部書記に就職。同党中央本部農民部副部長、新潟県本部書記次長、全国中小業者団体連絡会常任理事などを経て、1972年の三条市市長選に出馬し、初当選。革新自治体となる。次の市長選挙では落選し、1978年の新潟県知事選挙に出馬するも君健男に敗退。1983年第13回参議院議員通常選挙に日本社会党公認で新潟県選挙区より出馬し、初当選。1995年第17回参議院議員通常選挙は出馬を見送り、1996年新社会党に党籍を変え、第41回衆議院議員総選挙から新潟県第2区で立候補するも落選した。

家族[編集]

父に稲村順三(元衆議院議員・農民運動家)、伯父に稲村隆一(元衆議院議員・農民運動家)がいる。

エピソード[編集]

  • 父や伯父が左派の農民運動家であったため、自身も農民運動に啓蒙していたという。趣味も農機具いじりやバラ作りであったという。
  • 政治犯辛光洙の釈放に署名している。

参考文献[編集]

日外アソシエーツ編『政治家人名事典』(日外アソシエーツ、1999年)

関連項目[編集]