種田守倖

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種田 守倖(たねだ もりゆき、1963年12月24日 - )は、熊本県熊本市在住のメディアプロデューサー、放送作家映画評論家ウェブラジオFMC(非営利メディア)の代表監督。平成19〜20年度防衛省防衛モニター。熊本市立熊本博物館リニューアル基本構想及び基本計画策定委員。

過去に本名の種田守倖(たねだ もりゆき)の他、幾つかのペンネームで活動していたが、2005年頃から榎田信衛門名義に一本化して活動している。

略歴[編集]

父は土木学者・測量学者の種田守、母は地図製図技術者の種田幸子である。

父が山梨県に赴任していた際に出生。直後に東京都小平市に転居する。

小平学園幼稚園からの帰り道、近所のスーパーでラジオの生中継を体験し衝撃を受ける。この時のレポーターは初代林家三平であった。

1976年。中学1年のとき「ウェブラジオFMC」の母体となる「ミニ放送局・白川放送」を創設。

1981年。高校2年のとき放送作家としてデビュー。その後、マルチな才能を発揮してレコーディング・エンジニア、テレビ・ラジオ番組のディレクターあるいはプロデューサー写真家映像作家映画評論家コラムニストラジオパーソナリティ番組コメンテーターコンセプターとしての活動も行う。

フリー転身後の逸見政孝の個人ブレーンとして平成教育委員会クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!などの番組立ち上げ時の企画立案に関わっている他[1]コンセプターとしてロッテリアすかいらーくなど外食産業関連の商品企画にも参画した経験を持つ。

国内のインターネットラジオにおける最長寿番組QIC/Quemule Insider Club(ウェブラジオFMC)のメインインスティゲーター(扇動者)。 ※同番組では、司会者またはパーソナリティインスティゲーターと表現している。

メディアを活用した町おこしやモチベーション向上などに関する講演も多い。また、大学でのマスコミ関連ゼミや、放送芸術系の専修学校などでの講義も担当している。

総務省関連、防衛省関連の諮問委員、モニターなどを複数担当している。

熊本商科大学(現熊本学園大学)並びに青山学院大学中退。

人柄[編集]

  • 何でも自作することを人生の喜びと考える根からのDIY党。メディア作りもその1つと公言する。
  • リスナーに対して物凄く律儀であり、年少のリスナーに対しても最敬礼&敬語で接している。
  • 番組出演時のエキセントリックなキャラクターは演技であり、普段は腰の低い穏やかな好人物である。
  • 長年ラジオで鍛えた「比喩」「メタファー」を武器にして「なんでも実況」を得意とする。
  • ボランティアで「自殺防止電話相談員」を経験したことが有り、現在も時間があるときに「人生相談」を行っている。
  • 口だけ達者で中身を伴わないお調子者を極端に嫌う。
  • 第3種電気主任技術者電気通信設備工事担任者アナログ第2種 の資格を有している。
  • Googleデジタルワークショップを3日間で修了した。
  • 臓器提供意思表示カード(全ての提供項目にマルをつけたもの)を常に携帯している。
  • 幼少期、西武多摩湖線沿線(一橋学園駅の近く)、阪急宝塚本線沿線(石橋駅の近く)に居住しており、その頃から鉄道ファンである。
  • 加山雄三を信奉しており、番組内で「加山雄三神(しん)」と表現することがある。
  • 過去、キャンディーズピンクレディ竹内まりや浜田麻里のファンクラブ会員であった。
  • 現在応援しているアーティストは打首獄門同好会である。
  • 料理の腕前、大工仕事の腕前はプロ級として知られている。
  • 熊本市議選に立候補した外山恒一に興味を持ち、幾度か取材を行っている。熊本刑務所前における外山の熊本市議選・演説第一声 の原盤を収録している。
  • 2016年3月20日放送『QIC』に於いて、「大学中退と公表してきたが、正しくは授業料滞納による確信犯的除籍である」と、発言している。
  • 自ら「丼々亭鰻丼」と名乗り落語を演ずることがあるほどの落語好き。オリジナル創作落語に「怪獣寿限無」「榎田版死神」などがある。
  • 特に好きな落語家は、川柳川柳柳家喬太郎
  • 2013年10月19日に熊本市で開催された柳家喬太郎独演会の打ち上げで、特撮好きの喬太郎と意気投合。トイレで鉢合わせになった榎田に対し喬太郎から「俺たちもうダチでしょ!」と言われ嬉しかった。というエピソード[2]を番組内その他で幾度か披露している。
  • 2017年9月21日放送『日刊深夜快速木曜ワイド/榎田自由自在』に於いて、サンケイアトムズ以来の東京ヤクルトスワローズのファンであると発言。また、パ・リーグでは、「黒い霧事件」前後よりライオンズ贔屓であり、特に太平洋クラブライオンズ以降ファンであったが、チームカラーがそれまでのライトブルーからレジェンド・ブルー(紺色)に変わったこと(2009年以降)を機にファンであることを辞し、スワローズの応援1本に絞った。尚、現在もライオンズ贔屓ではあるという。

変名の宝庫[編集]

マルチなクリエーターということもあり、ジャンル別に名前を使い分ける場合がある。(現在は榎田信衛門でほぼ統一されている)

  • 榎田信衛門(えのきだ しんえもん) - QIC・明日の基礎知識・深夜快速に出演する際などに使用。漫画家、エッセイストとしても用いる。最も使用頻度の多い名前。
  • ParaT(パラティ) - 2007年末までQIC出演時などに使用していた。
  • 唐沢竿(からさわ かん) - 1990年頃、主に福岡・佐賀エリア限定で使用。2007年3月以降、概ね日刊・深夜快速の特別企画時のスクリプターとして時折用いられていた。
  • 鯨家磯八(くじらや いそはち) - 歴史研究、歴史小説執筆時に使用。
  • 毛沢☆東(けざわ あずま) - 日刊FMC応援出演時に使用。
  • ソガ・スカオ - 日刊FMC応援出演時、極めて稀に使用。
  • 上野原勉(かみのはら・つとむ) - 20代前半。放送作家時代に使用。
  • 椿山春(ちん・さんしゅん) - 静物(石ころなど)及び風景写真家。陳山春から改名(2007年7月19日、自身のブログで発表)。

思想・主張・芸風[編集]

災害ジャーナリストとして[編集]

  • 地震火山等による自然災害に強い関心と豊富な知識を有している。
  • 自身の番組などを通じて正常化の偏見(正常化バイアス)について語ることが多い。
  • 東日本大震災発生直後からウェブラジオFMCを緊急特番体制とし、被災地を応援する番組を連日放送した。「津波災害への警鐘を鳴らし続けてきたが、比較的リスナーが多いとされる東北地方で多数の犠牲者が出たこと。自分の無力を思い知った」と番組内で何度も語っている。
  • マスコミの災害報道およびコミュニティ放送の災害時の体制についても猛烈に批判。災害時に役立つ全く新しい形のメディアが必要だという認識の下、「災害放送局」というスタイルの事業体が必要だと訴えている。
  • 福島県の被災者を応援する『I love you & I need you ふくしま』(2011年)『猪苗代湖ズ』のPVを見て感動。『I love you & I need you ふくしま/勝手に熊本版』を2日で撮影。
  • 東日本大震災以降、約100年周期と言われている熊本の内陸型地震(金峰山地震)について随時発言。布田川・日奈久断層帯についても警告を発し続けた。
  • 2016年4月14日の熊本地震(前震)発生直後の22時19分(前震から53分後)から緊急放送を開始。24時間以上不眠不休でレポートを続けた。
  • 2016年4月16日の熊本地震(本震)直後、母校でもある熊本市立大江小学校(指定避難所)に家族共々避難。一旦、同体育館内の一角に落ち着くが、同日夜「いびきを止めて下さい」と経験の浅い運営者に揺り起こされ「睡眠中のことなので約束はできない」と、単身体育館を出て運動場に駐めていた妻所有の軽自動車で車中泊を開始。以後、車中泊は3週間に及んだ。深夜など、同車内から避難所の実情を連日放送した。熊本地震関連の特別編成では2016年8月31日まで計87本のレポートを放送。

文化[編集]

  • 歌舞伎、落語、講談など古典芸能に造詣が深い。
  • 日本古来の食文化としての捕鯨容認派。反捕鯨を掲げる自然保護団体グリーンピースを「グリーン豆(緑豆団)」あるいは「えんどう豆」と揶揄し、痛烈に批判することがある。同様に、過激な反捕鯨団体として知られるシーシェパードを「海の狂犬病」と表現して罵倒している。
  • 韓流ブームに全く関心を示さず、むしろ批判的な発言が多く、担当番組内で「韓国映画およびテレビ番組は一切観ない」と公言していたが、日本映画「空気人形」で主演の韓国女優ペ・ドゥナに魅了されて以降、ペ・ドゥナ関連の作品は努めて観るようになった。
  • 生き延びるために「逃げ回ること」を是とする考え方を持つ。その思考に影響を与えた東宝映画「太平洋奇跡の作戦キスカ」を個人的に好きな映画第1位とする。

歴史認識[編集]

  • 直参旗本の末裔ということもあり、幕臣小栗忠順(小栗上野介)をリスペクトし、対立軸にある勝海舟を批判し続けている。坂本龍馬に対する評価も同じく低い。
  • 21世紀に現存する佐幕派(尊皇佐幕)と公言している。
  • 「薩摩・長州に悪気はないけど、会津贔屓です私。ごめんね!」は幕末期の歴史を語るときの口癖。
  • 反米保守派の傾向が強い。アメリカ合衆国こそ世界一好戦的な国と批判している。

防衛・軍事[編集]

  • 国土防衛の重要性と自衛隊の存在意義に理解を示している(自称自衛隊ファン)。
  • いわゆる軍事マニアであり、やや右翼的な発言が多いが、実際には「反戦派」であり、反戦映画の上映会など様々な活動に関わることがある。
  • 太平洋戦争における我が国の「特攻隊」を極めて愚かな作戦だと否定。礼賛する傾向に警鐘を鳴らしている。
  • 防弾性能を無視した「零式艦上戦闘機」を嫌っている。

社会[編集]

  • 乳児を連れて議場に入室した熊本市議に直接インタビューを行うなど、男女均等の社会参加に賛同する発言を行っている。。
  • 自転車の併進など交通マナー向上を訴えている。

マスメディア[編集]

  • マスメディアの「下請けに対する搾取」「杜撰な金銭感覚」「血縁主義」を徹底的に批判している。マスメディア内部にもかなりの数のシンパが存在している。
  • 凋落傾向にあったRKBラジオHiHiHi」のディレクターを担当。パーソナリティだった安達ひでやのキャラクター性を最大限に生かすため、既存のプログラムをほぼ180度変更するといった大工事を行い実質1人で同番組の立て直しを図った。

芸風[編集]

近年の動向[編集]

  • 2000年頃から「商店街活性プロデューサーになるのがここ数年の目標の1つ」と公言。
  • 2010年頃から、事実上フリーランスに近い業務スタイルを続けてきたが「組織の大小を問わず、面白そうなところがあれば、軍師兼一兵卒として参加してみたい」と番組内で何度も語っている。
  • 熊本地震で本人も被災。「行政の杜撰な対応や、それらを報じない地元マスメディアに愛想が尽きた」と発言。盟友・花岡山花岡(FMC副代表)と共に熊本を離れることを公言。

映像作品[編集]

  • ドキュメンタリー映画KUMAMOTO BARTENDERS CHOICE(配給FMC PICTURE DIGITAL、2009年)撮影、監督、ナレーション
  • I love you & I need you ふくしま/勝手に熊本版(制作有志の会、2011年)撮影、監督
  • ドキュメンタリー映画removal of bar:colon(配給cinematograph lunedi、2012年)撮影、編集、監督
  • 劇場用映画・堂免公園(配給cinematograph lunedi、2012年)脚本、監督

主な出演番組[編集]

  • WA!アメーバだ(FM中九州、1985年)メインパーソナリティ
1985年初頭、地元紙の「熊本県域民放FM局に予備免許が交付」という記事を見た榎田信衛門が、その日のうちに企画書とデモテープを単独で制作。旧知の新聞記者の手を経て民放FM開局準備室(現エフエム熊本)に渡り、同社監査役と放送部長の判断で本番組の放送が決定した。本人曰く「ほぼ一発で決定」であった。
日本初のバイノーラル方式トークバラエティ番組。FM放送の「高音質」という長所を音楽ばかりに偏重させるのは勿体無いと考えた榎田が、スタジオ内の座談会的臨場感や、屋外レポートの生々しい音場再現を意図して、我が国のラジオ放送におけるレギュラー番組初となるバイノーラル・ステレオ音声での放送を実施した。
  • ヤングスペシャルIKINARI-DAGO(NHK熊本、1986年)司会
  • ウィークエンド・ストリーツ(エフエム佐賀、1992年)メインパーソナリティ
  • テレビテーマソングコレクション(RKBラジオ、1992年)コメンテーター
  • きょうの料理男の食彩(NHKテレビ、1992年)我流料理名人としてゲスト出演
  • AtoZ'on(テレビ西日本、1993年)研究所長役
1994年以降原則的にテレビ出演を辞している。その理由として「リハーサルなど収録時の煩雑さと拘束時間の長さ」「杜撰な企画を平気で持ち込むテレビクルーに何度も閉口した」などを挙げている。
「例外中の例外」として出演を承諾したテレビ番組

連載コラム[編集]

著書[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『読売新聞(九州版)』2003年11月9日版
  2. ^ 『FMC大事典』http://www.fmc.or.jp/dictionary/dictionary.cgi?target=ya1#00413

外部リンク[編集]