秋田秀幸

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秋田 秀幸
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県御殿場市
生年月日 (1955-04-29) 1955年4月29日(62歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1977年 ドラフト5位
初出場 1980年6月1日
最終出場 1981年8月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

秋田 秀幸(あきた ひでゆき、1955年4月29日 - )は、静岡県御殿場市出身の元プロ野球選手内野手)。中央大学硬式野球部監督。

来歴・人物[編集]

静岡商業高校では2年生エース高橋三千丈を擁し、1973年春の甲子園に出場。1回戦で、優勝した広島商佃正樹に完封を喫する[1]。同年の夏は県予選準々決勝に進出するが、静岡学園に敗退。

卒業後は中央大学へ進学。東都大学[要曖昧さ回避]リーグでは4年間全試合全イニングに出場、通算103試合、380打数95安打、打率.250、6本塁打、42打点を記録した。1年生時、1974年秋季リーグで優勝、首位打者となり、三塁手としてベストナインにも選出されている。同年の明治神宮野球大会でも、エース田村政雄が決勝で江川卓を擁する法大を1-0で完封し、初優勝を飾る。その後は駒大の全盛期となり優勝には届かなかったが、1976年第5回日米大学野球選手権大会日本代表に選出されている。

1977年秋、中日ドラゴンズにドラフト会議で5位指名され、入団。3年目の1980年より公式戦出場を果たすも、あまり活躍の場には恵まれなかった。1982年オフ、現役引退。

現役引退後は、会社役員や中央大学硬式野球部OB会幹事長などを経験する。

2012年2月より、高橋善正の後を受けて、母校・中央大学の硬式野球部の監督に就任した[2]。2016年のシーズンをもって退任。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1980 中日 18 18 16 2 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 1 6 0 .125 .222 .125 .347
1981 17 22 20 0 3 0 0 0 3 0 0 0 1 0 1 0 0 8 0 .150 .190 .150 .340
通算:2年 35 40 36 2 5 0 0 0 5 0 0 0 1 0 2 0 1 14 0 .139 .205 .139 .344

記録[編集]

背番号[編集]

  • 37 (1978年 - 1982年)

脚注[編集]

  1. ^ 「選抜高等学校野球大会60年史」毎日新聞社編 1989年
  2. ^ 中大監督に元中日内野手・秋田秀幸氏が就任へ”. スポーツ報知 (2012年1月27日). 2012年1月27日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]