秋村謙宏

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秋村 謙宏
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 中国
生年月日 (1966-02-26) 1966年2月26日(52歳)
身長
体重
177 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1989年 ドラフト外
初出場 1990年4月7日
最終出場 1996年5月15日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

秋村 謙宏(あきむら のりひろ、1966年2月26日 - )は、山口県宇部市出身の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

宇部商業高では豪速球投手として注目を集め、エースとして甲子園に3回出場。2年次の1982年夏は、山口県予選で準々決勝の岩国高(5回コールド)、準決勝の萩工業高を相手に連続ノーヒットノーランを達成し優勝に貢献。夏の甲子園では、2回戦(初戦)で高岡商業高に敗退。翌1983年春のセンバツは、1回戦で久留米商業高山田武史投手に完封を喫する。同年の夏の甲子園は準々決勝に進むが、三浦将明投手を擁する横浜商業高に敗退。この大会では3回戦で、仙台商業高荻原満から大会第23号本塁打を放っている。

高校卒業後は、法政大学へ進学。東京六大学リーグで在学中4回の優勝を経験するが、1年上に猪俣隆石井丈裕の両投手がおり、下級生の時は登板機会が少なかった。しかし4年生時はエースとして1987年秋季リーグで優勝、同季のベストナインに選出される。同年の明治神宮野球大会では決勝で筑波大に延長10回の熱戦の末に敗れた。リーグ通算33試合に登板し14勝1敗、防御率3.01、96奪三振。大学同期に鈴木俊雄松井達徳らがいる。

大学卒業後は、社会人野球日本石油に進み、1989年都市対抗野球に出場。

1989年オフ、ドラフト外広島東洋カープに入団。

1年目の1990年から主に中継ぎとして起用され、1993年には6勝をあげる。その後、1996年日本ハムファイターズに移籍、しかしここでは登板機会に恵まれず、1997年限りで現役を引退した。

広島時代には中日ドラゴンズ森田幸一に「投手のプロ初打席初本塁打」を献上するという珍しい記録があった[1]

引退後の1999年パシフィック・リーグ審判部入局。審判員袖番号は2003年まで10、2004年以降は1。秋村の入局前に10をつけていた斎田忠利(元・審判部長)と、秋村よりも前に1をつけ、秋村の入局前年に退職した五十嵐洋一(元・審判部副部長)はともに法政大学の先輩である。1を選んだ理由は、学生時代に出席番号などで1番が多かったからだという[2]

1年目の1999年に早くも一軍試合初出場を果たし、2003年には入局5年目にしてオールスターゲーム第1戦(7月15日大阪ドーム)で球審を務める。2006年にはパ・リーグ審判員奨励賞を受賞した。

2007年、念願の日本シリーズ初出場を果たし、第3戦で球審を担当している。9年目での日本シリーズ出場は異例の早さである(本来は15年程度は要する)。2007年8月、『四番、ピッチャー、背番号1』(横尾弘一著)で、その歩みが取り上げられた。2010年7月16日の千葉ロッテマリーンズ埼玉西武ライオンズ13回戦(千葉マリンスタジアム)で1000試合出場を果たした[3]

2016年シーズンから球審の構えをシザーススタンスからボックス(スロット)スタンスに変更した。ただし、場面によっては以前のようなシザースで構えていることもある。

2016年4月14日、東京ヤクルトスワローズ読売ジャイアンツ6回戦(神宮球場)で三塁塁審を務め、史上88人目となる通算1500試合出場を達成した[4]

上記の通り、1年目から一軍の試合に出場し、9年目に日本シリーズに出場するなど、評価は高く、セ・パ統合前は「選手が選ぶ!ベストアンパイア」にも、何度か選出されている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1990 広島 33 0 0 0 0 1 1 1 -- .500 233 57.0 42 4 28 0 0 45 2 0 24 23 3.63 1.23
1991 10 1 0 0 0 1 2 0 -- .333 72 17.0 14 5 7 0 0 21 0 0 10 10 5.29 1.24
1992 39 1 0 0 0 1 2 1 -- .333 240 57.1 52 5 18 1 2 59 3 0 27 24 3.77 1.22
1993 48 1 0 0 0 6 4 0 -- .600 334 75.0 83 14 35 1 1 58 4 1 43 36 4.32 1.57
1994 27 0 0 0 0 0 1 1 -- .000 159 38.1 35 6 14 0 2 24 0 0 20 20 4.70 1.28
1995 12 1 0 0 0 0 1 0 -- .000 64 14.0 18 2 8 0 1 4 0 0 12 11 7.07 1.86
1996 日本ハム 4 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 28 5.0 7 2 5 0 1 1 1 0 4 4 7.20 2.40
通算:7年 173 4 0 0 0 9 11 3 -- .450 1130 263.2 251 38 115 2 7 212 10 1 140 128 4.37 1.39

記録[編集]

背番号[編集]

  • 53 (1990年 - 1992年)
  • 47 (1993年 - 1995年)
  • 24 (1996年)
  • 00 (1997年)

審判出場記録[編集]

(記録は2017年シーズン終了時)

表彰[編集]

  • パシフィック・リーグ審判員奨励賞(2006年)

脚注[編集]

  1. ^ 【4月10日】1991年 中日・森田幸一、41年ぶりの投手初打席初本塁打は決勝弾 スポニチ 日めくりプロ野球
  2. ^ 2010年5月4日の埼玉西武ライオンズ東北楽天ゴールデンイーグルス戦の試合前に行われたイベント「野球のお仕事大解剖!」にて発言。
  3. ^ 秋村審判員が1000試合出場 スポーツニッポン、2010年7月16日
  4. ^ 秋村謙宏審判員 1500試合出場達成のお知らせ - NPBニュース(日本野球機構オフィシャルサイト)、2016年4月14日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]