秋信守
| テキサス・レンジャーズ #17 | |
|---|---|
|
2017年7月18日 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | 釜山広域市 |
| 生年月日 | 1982年7月13日(36歳) |
| 身長 体重 |
5' 11" =約180.3 cm 210 lb =約95.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2000年 |
| 初出場 | MLB / 2005年4月21日 |
| 年俸 | $21,000,000(2019年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2009年 |
この表について
| |
| チュ・シンス | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 추신수 |
| 漢字: | 秋信守 |
| 発音: | チュシンス |
| 英語表記: | Choo Shin-Soo |
秋 信守(チュ・シンス、韓国語:추신수、1982年7月13日 - )は、韓国・釜山広域市出身のプロ野球選手(外野手)。現在は、MLBのテキサス・レンジャーズに所属している。
愛称は2013年のシンシナティ・レッズ在籍時にチームメイトだったジョーイ・ボットが名付けた韓国語でウサギを意味するトッキに数字の1を付けたトッキ1であり、ボットがトッキ2の愛称である[2]。
目次
経歴[編集]
渡米前[編集]
釜山広域市で生まれ、韓国プロ野球・ロッテ・ジャイアンツの正二塁手として活躍していた舅父の朴正泰の影響で幼少時から野球に親しみ、7歳から野球を始めた[3]。少年時代の憧れの選手はケン・グリフィー・ジュニアであった。釜山高等学校ではエース兼4番打者として活躍し、高校通算OPS1.385を記録[4]して韓国野球史上最高の有望株として注目された。高校時代に秋は、ずば抜けた活躍をしていて同級生達から「野球の神様」と呼ばれていた[5][6]。韓国代表にも選ばれ、2000年の世界青少年大会では投手として18回を投げ、32奪三振、防御率2.50の好成績で大会MVPを獲得(最優秀投手とベストナインにも選ばれた)[7]。高校卒業後、ロッテ・ジャイアンツからドラフト1位で指名されるが、入団を拒否してアメリカでプロを目指す道を選ぶ。秋は渡米を決断した理由として「もっと大きな国で、もっとすごい選手の中でプレーすることを夢見ていました」と語っている[8]。また、後のインタビューでは、メジャーで投げる朴賛浩をみて将来プレイしたいと思ったと述べており、それまでは韓国球界でプロになって日本に行くことが目標だったと語っている[9]。
マリナーズ時代[編集]
2000年にシアトル・マリナーズと契約した。渡米後は打者に転向し、ルーキーリーグからスタートして4年間をマイナーリーグで過ごす。この時は一日で良いからメジャーでプレイしたいとしか思っていなかったという[9]。
2005年に初めてメジャーリーグに昇格した。初出場は4月21日で、本拠地でのアスレチックス戦で、9回に代打としてメジャーデビューを果たした。結果は一塁ゴロ[9]。この時期は主に守備固めや代走での出場が多かった。
2006年半ばに再度メジャー昇格。初打席でシーズン初安打を打ったが、以降は15打数1安打と低迷した。
インディアンス時代[編集]
2006年7月27日にベン・ブルサードとの交換トレードでクリーブランド・インディアンスに移籍した。 移籍した2日後のマリナーズ戦でフェリックス・ヘルナンデスからメジャー初本塁打を放った。インディアンスでは打率.297、3本塁打、22打点で可能性を見せた。
2007年は序盤メジャーに昇格したが、同じ左打ちの外野手でベテラン組のトロット・ニクソンとデビッド・デルーチがいたことと、クリフ・リーがDLから復帰したことに伴い、マイナーリーグに再降格。以降、メジャーに再昇格することなく、7試合の出場でシーズンを終えた。9月に肘の靱帯を損傷し、トミー・ジョン手術を受けた。
2008年はリハビリで15日DLに掲載されたまま、シーズンを迎えた。6月にメジャーに復帰し、打率.309、14本塁打、66打点の好成績を残して、9月にはア・リーグ月間MVPにも選ばれる。守備は左翼手、指名打者などで併用されるようになった。打撃の好調で起用の機会は多くなった。
2009年開幕前の3月に開催された第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の韓国代表に選出された[10]。大会直前に古傷の肘を痛めたため、インディアンスから指名打者以外での出場を禁じられ、2次ラウンドまでは指名打者として出場した。大会通じて打率.188と打撃不振に陥ったが[11]、準決勝のベネズエラ戦と決勝の日本戦では二試合連続本塁打を放つなど、要所で活躍した。
レギュラーシーズンでは開幕から右翼手として出場。打率.300、 20本塁打 86打点を記録して、インディアンス打線の主軸に定着した。盗塁も21個を記録し、球団史上8人目となる「シーズン20本塁打&20盗塁」を達成した。ほかにも出塁率はリーグ8位、RC27はリーグ7位を記録するなど、飛躍の年となった。
2010年は7月に指を痛めて故障者リスト入りも経験したが、最終的には2年連続「打率.300、20本塁打&20盗塁」を達成した。出塁率はリーグ4位、RC27はリーグ5位を記録して、ほぼ全ての打撃指標でチームトップの成績を残した。また、DRSにおいて右翼手ではジェイ・ブルース(+17)、イチロー(+12)に次いでMLB3位となる+11を記録、UZRも+2.9で、レギュラー獲得後、初めて+を記録した。[12]
2011年はメジャー登録日数が3年分を超えたことで年俸調停の資格を得、インディアンスから5年4500万ドルの長期契約を提示されるが、秋の代理人スコット・ボラスはFAを視野に入れて、長期契約を拒否した[13]。結局1月18日に年俸397万5000ドルでインディアンスと単年契約を結ぶ[14]。
5月2日未明にクリーブランドから40キロ離れたオハイオ州シェフィールドレークで飲酒運転していたところを巡回中の警察官に発見され、675ドルの罰金を課された[15]。地元警察は事件の一部始終を撮影したビデオをマスコミ向けに配布し、YouTubeなどを通じて広く報道された[16]。ビデオの中には秋が警察官に「どうか見逃してほしいんです。韓国に知られると人生は終わりなんです。もう二度とここには戻れません」などと発言している部分も含まれており、韓国で批判された。11月に韓国の「ヒーリングキャンプ」という芸能番組に出演し、飲酒運転事件について秋は「恥ずかしくて野球をやめようと思いました。自分が犯した過ちを深く反省しています。国民の皆様に本当に申し訳ないです」と発言した[17]。
一方で、レギュラーシーズンでは6月の終わりに死球を左手親指に受けて骨折し、故障者リスト入りする。手術後の復帰初戦となる9月15日、テキサス戦の第1打席で脇腹を負傷して退場。再度故障者リスト入りして、そのままシーズンを終えた。打率.259/打点36/本塁打8/出塁率.344/長打率.390/OPS.734と昨シーズンから数字を落とした。
2012年は怪我の不安を払拭して155試合に出場。一定の成績を残したものの、対左でOPS.604と弱点を晒すこととなった。さらに守備指標はUZR-17をはじめ、プラスマイナスシステム、守備防御点などではマイナスを記録した。翌年FAとなるため、クリーブランド・インディアンズはトレードを画策した。
レッズ時代[編集]
2012年オフの12月11日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスも含めた合計9選手が動く三角トレードにおいて、シンシナティ・レッズへ移籍した[18]。
2013年は自身3回目となる「20本塁打&20盗塁」を記録したほか、ナ・リーグ2位となる出塁率.423を記録、四球は112個を数えた。レッズは3番のジョーイ・ボットも135四球を選んでおり、100四球コンビとなった。最終的に「20本塁打、20盗塁、100四球、100得点、300出塁」を1シーズンで達成したメジャー史上7人目の選手となった[19]。ほかにもRC27は4位、wRC+5位、wOBA7位を記録して、すべてのセイバーメトリクス打撃指標で上位の成績を残した。しかしセンターにコンバートされて臨んだ守備ではメジャーワーストのUZR-16.9、DRS-17を記録した。オフの10月31日に、フリーエージェントとなった。
レンジャーズ時代[編集]
2013年12月27日に7年総額1億3000万ドルでテキサス・レンジャーズと契約したことを球団が発表した[20]。背番号は同年まで付けていた17。
2014年は6月から不振に陥り、規定打席も満たせなかった。打率.242/打点40/本塁打13/出塁率.340/長打率.374/OPS.714、シーズンWAR0.2と低迷した。チームも同様に低迷したために、シーズンが終了する前に肘と足首の手術を受けてDL入り。翌シーズンに備えることとなった。
2015年は4月までの打率が.096と1割にも満たず、前半戦は昨年同様不本意な成績に苦しんだが、7月21日のコロラド・ロッキーズ戦において、韓国人選手としてはMLB史上初となるサイクル安打を達成した[21]のを皮切りに調子を上げ、9月には月間MVPを受賞するなど後半戦は活躍した。チームの4年振りの地区優勝に貢献した。通年成績は打率.276・出塁率.375・長打率.463・打点82・22本塁打。
前述のように打撃面では復活したが、走塁面では過去に「20本塁打・20盗塁」を達成した頃の速度は影を潜め、成功率67%で4盗塁に留まった。守備面でもワーストレベルで148試合でライトを守って5失策・守備率.985・DRS - 11という低調な成績に留まった。
2016年は4月10日、右ふくらはぎ痛でDL入り[22]し、その後も復帰した試合でハムストリングを傷めてそのまま負傷者リスト入り、復帰後も腰痛で負傷者リスト入りと故障を繰り返し、8月15日には死球を受けて左腕を骨折すると、今季4度目のDL入りとなった[23]。これら負傷の影響もあり、最終的には48試合に出場して打率.242・7本塁打・17打点・6盗塁という成績に留まった。ライトの拙守も相変わらずで、43試合で3失策・守備率.967・DRS - 4という内容だった。移籍後は2015年の8月以降においてのみしか活躍を見せることができず、テキサスの地元紙には「秋との契約は朴賛浩と今世紀最悪を争う契約である」と書き立てられた[24]。
2017年9月29日のアスレチックス戦でラウル・アルカントラからキャリアタイとなるシーズン22号本塁打を記録した[25]。
2018年には松井秀喜の持つアジア出身打者の最多本塁打数を超える176本塁打を記録した[26]他、7月には現役選手で1位となる52試合連続出塁を記録した[27]。また、韓国人野手としてははじめてオールスターに出場[28]し、途中出場で安打得点を記録した[29]。しかし、9月には月間打率.178と大きく失速し、ベンチを温めることも多くなった。9月にはアメリカメディアから「大失敗の契約を結んだFA選手」30人中のワースト3位に選ばれ、「彼がレンジャーズを地区優勝から遠ざけている」と評価された[30]。
選手としての特徴[編集]
抜群の選球眼で四球を選び、キャリア通算の出塁率が打率に比べて非常に高い。2013年メジャーリーグ30球団の監督を対象にした部門別最高選手アンケート調査では、ナショナルリーグ選球眼部門3位に入った[31]。ただし、三振も非常に多く、2009年には151個とア・リーグ6位の三振数を記録した。また20本塁打前後を記録するパンチ力に加え、20盗塁前後も同時に期待できるスピードも併せ持つなど、かつてはリードオフマンに適した外野手であった。2014年の足首の故障以降は盗塁も数少なくなり、多くの場合で指名打者として出場している。
一方で、守備を苦手としており主要な守備指標であるUZRでは通算-50.4を記録している(2018年終了時)[32]。そのため、米スポイル紙は守備に難点があることを指摘しており[33]、過大評価を受けているという声もある[34]。
2018年終了時で通算ARM-2.2を記録しており、メジャーリーガーとしては平均的な肩を持つ[35]。
足を怪我する前はマイナー時代に1シーズン40盗塁を記録するなど、俊足で走塁技術も持ち合わせていた。2011年には「スポーツ・イラストレイテッド」誌が秋を「メジャーリーグに3、4人しかいない5ツールプレーヤーの1人」であると評価した[36]。また、アメリカ唯一の全国日刊紙であるUSA TODAYは2010年に秋信守を特集する記事の中でアクタ監督の「彼は正真正銘の5ツールプレイヤーである」というコメントを引用し、「クリーブランド・インディアンスでもっとも生産的な打者」と秋を称えていた[37]。
シカゴ・カブスのジョー・マドン監督は秋について「肩が強い、足も速い、打撃面ではパワーもあって良い打者、リーグで過小評価されている選手の一人」と語った[38]。
人物[編集]
妻とは2004年のオフに韓国で知り合い、数ヶ月の交際でスピード結婚した。息子が3人いる[39]。
高校卒業後、単身渡米した直後はアメリカのスタイルに馴染むことが出来ず、言葉の壁もあって「とてもつらかった」と回想している[40]。特にマイナーリーグ時代は貧乏な生活と寂しさで何度も涙を流したという[41] 。しかしプレーを楽しむアメリカ人の姿勢に影響され、乗り越えることが出来たと語っている[8]。
秋は「マイナーリーグの生活がどんなにつらいのかよく知っているため、もう韓国の野球有望株たちは韓国プロ野球から経験を積んでメジャーリーグ進出を狙ってほしい」と語った[42]。
渡米後は通訳を一切付けず、チームメイトとの会話などで英会話を覚えていった。現在は野球に関する英会話はほとんど理解できているという[8]。
秋と李大浩(イ・デホ)は幼なじみである。李は秋に勧められて野球を始めた[43]。高校時代に秋は釜山高校のエース兼4番打者であり、李は慶南高校のエース兼4番打者だったため、二人は友達でありながらライバルだった[43]。李大浩は秋信守について「他の選手とはレベルが全然違って野球の神様だと思いました。小学生の時から秋信守はすごい選手で私の英雄でした」とコメントした[44]。
故郷の釜山に対する愛着が強く、韓国・ロッテ・ジャイアンツの熱狂的なファンである[45]。秋信守は「メジャーリーグ引退後は釜山に住みたいです。なぜなら思う存分ロッテ・ジャイアンツを応援したいから」と語った[46]。
母国での人気が高く、2013年ギャラップ調査では「韓国人が好きな野球選手」2位に選ばれた[47]。(1位は柳賢振)
兵役問題解決[編集]
2010年シーズン終了時点で兵役免除を手にしていなかったため、このまま30歳までに兵役免除の認定を受けない場合は訴追されることになっていた[48]。秋が兵役の現役服務を免れるためには2010年の広州アジア競技大会に参加し、金メダルを獲得することが最後のチャンスとなっていた。2010年11月、秋はこの広州アジア競技大会大会の野球韓国代表として出場し、5試合で打率.571、OPS 2.096、3本塁打、11打点、2盗塁の好成績を残した[49]。そして韓国チームの金メダル獲得で、兵役免除の恩恵を受けた[50]。兵役問題を解決して持続的なメジャーリーグの活動もできるようになった。
詳細情報[編集]
年度別打撃成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | SEA | 10 | 21 | 18 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | .056 | .190 | .056 | .246 |
| 2006 | 4 | 12 | 11 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | .091 | .167 | .182 | .348 | |
| CLE | 45 | 167 | 146 | 23 | 43 | 11 | 3 | 3 | 69 | 22 | 5 | 3 | 1 | 1 | 18 | 2 | 1 | 46 | 2 | .295 | .373 | .473 | .846 | |
| '06計 | 49 | 179 | 157 | 23 | 44 | 12 | 3 | 3 | 71 | 22 | 5 | 3 | 1 | 1 | 18 | 2 | 2 | 50 | 3 | .280 | .360 | .452 | .812 | |
| 2007 | 6 | 20 | 17 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 5 | 0 | 1 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 5 | 0 | .294 | .350 | .294 | .644 | |
| 2008 | 94 | 370 | 317 | 68 | 98 | 28 | 3 | 14 | 174 | 66 | 4 | 3 | 0 | 4 | 44 | 4 | 5 | 78 | 5 | .309 | .397 | .549 | .946 | |
| 2009 | 156 | 685 | 583 | 87 | 175 | 38 | 6 | 20 | 285 | 86 | 21 | 2 | 0 | 7 | 78 | 5 | 17 | 151 | 9 | .300 | .394 | .489 | .883 | |
| 2010 | 144 | 646 | 550 | 81 | 165 | 31 | 2 | 22 | 266 | 90 | 22 | 7 | 0 | 2 | 83 | 11 | 11 | 118 | 11 | .300 | .401 | .484 | .885 | |
| 2011 | 85 | 358 | 313 | 37 | 81 | 11 | 3 | 8 | 122 | 36 | 12 | 5 | 0 | 3 | 36 | 3 | 6 | 78 | 7 | .259 | .344 | .390 | .734 | |
| 2012 | 155 | 686 | 598 | 88 | 169 | 43 | 2 | 16 | 264 | 67 | 21 | 7 | 0 | 1 | 73 | 0 | 14 | 150 | 10 | .283 | .373 | .441 | .815 | |
| 2013 | CIN | 154 | 712 | 569 | 107 | 162 | 34 | 2 | 21 | 263 | 54 | 20 | 11 | 3 | 2 | 112 | 5 | 26 | 133 | 3 | .285 | .423 | .462 | .885 |
| 2014 | TEX | 123 | 529 | 455 | 58 | 110 | 19 | 1 | 13 | 170 | 40 | 3 | 4 | 0 | 4 | 58 | 3 | 12 | 131 | 9 | .242 | .340 | .374 | .714 |
| 2015 | 149 | 653 | 555 | 94 | 153 | 32 | 3 | 22 | 257 | 82 | 4 | 2 | 2 | 5 | 76 | 1 | 15 | 147 | 7 | .276 | .375 | .463 | .838 | |
| 2016 | 48 | 210 | 178 | 27 | 43 | 7 | 0 | 7 | 71 | 17 | 6 | 3 | 0 | 7 | 25 | 1 | 0 | 46 | 1 | .242 | .357 | .399 | .756 | |
| 2017 | 149 | 636 | 544 | 96 | 142 | 20 | 1 | 22 | 230 | 78 | 12 | 3 | 3 | 5 | 77 | 1 | 7 | 134 | 18 | .261 | .357 | .423 | .780 | |
| 2018 | 146 | 665 | 560 | 83 | 148 | 30 | 1 | 21 | 243 | 62 | 6 | 1 | 1 | 2 | 92 | 2 | 10 | 156 | 11 | .264 | .377 | .434 | .810 | |
| MLB:14年 | 1468 | 6370 | 5414 | 855 | 1496 | 305 | 27 | 189 | 2422 | 706 | 136 | 52 | 10 | 37 | 777 | 39 | 132 | 1381 | 94 | .276 | .378 | .447 | .826 | |
- 2018年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
表彰[編集]
- 週間MVP:2回 (2010年4月・9月)
- 月間MVP:2回 (2008年9月、2015年9月)
- ボブ・フェラー賞:2回(2009年、2010年)※クリーブランド・インディアンス球団MVP
- アーニー・ロンバルディ賞:1回 (2013年)※シンシナティ・レッズ球団MVP
- ハート&ハッスル賞:2回 (2010年、2013年)※チーム内での受賞。30球団から1人の最終受賞者には選出されず。
背番号[編集]
- 54 (2005年)
- 17 (2006年 - 2006年7月26日、2007年 - )
- 16 (2006年7月27日 - 同年シーズン)
- 5 (2009年WBC)
代表歴[編集]
- 2009 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表
- 2010年アジア競技大会野球韓国代表
脚注[編集]
- ^ “Shin-Soo Choo Contract Details, Salaries, & Earnings” (英語). Spotrac. 2019年1月20日閲覧。
- ^ Explaining Rangers Players Weekend nicknames MLB.com (英語) (2017年8月24日) 2017年8月31日閲覧
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- ^ http://www.hsbaseball.kr 韓国高校野球ホームページ
- ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=073&article_id=0000036027 スポーツソウル 2006年8月11日
- ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=425&article_id=0000010863 マニアレポート2013年12月24日閲覧
- ^ http://magazine.joins.com/monthly/article_view.asp?aid=299336 月刊中央2013.10.17
- ^ a b c 谷口輝世子 「シンス・チュー[インディアンス #17] アジア最強打者への道」 『月刊スラッガー』2009年7月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-7、40-42頁。
- ^ a b c http://news.livedoor.com/article/detail/13345947/
- ^ 2009 Tournament Roster WBC.com 2015年10月11日閲覧
- ^ “韓国・秋信守DH限定出場…左ひじ痛もインディアンス東京ラウンド許可” (日本語). スポーツ報知. 2009年5月31日閲覧。
- ^ [1]
- ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=018&article_id=0002377198
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- ^ 飲酒運転の秋信守、675ドルの罰金支払う。 ソウル新聞 2011年7月23日
- ^ https://www.youtube.com/watch?v=50RdPL1jQ6s
- ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=015&aid=0002583898 naver news
- ^ Reds Acquire Shin-Soo Choo In Three-Team Deal MLBtradeRumors.com
- ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=224&article_id=0000003031 naver news
- ^ “Rangers sign OF Shin-Soo Choo to seven-year contract through 2020”. MLB.com Rangers Press Release. (2013年12月27日) 2013年12月28日閲覧。
- ^ 韓国人選手初の快挙!レンジャーズの秋信守がサイクル安打達成 スポーツニッポン 2015年8月10日閲覧。
- ^ “レンジャーズ 正捕手と秋信守がDL入り”. 日刊スポーツ (2016年4月11日). 2016年11月6日閲覧。
- ^ “レンジャーズに朗報、プレーオフ前に秋信守が戦列復帰”. MSN Japan (2016年10月1日). 2016年11月6日閲覧。
- ^ http://www.star-telegram.com/sports/spt-columns-blogs/mac-engel/article134504114.html
- ^ Choo's HR sounds charge in win over A's MLB.com (英語) (2017年9月30日) 2017年11月5日閲覧
- ^ “秋信守が米通算176本塁打 松井秀喜氏抜きアジア出身打者の最多記録更新”. Full-Count (2018年5月27日). 2018年5月27日閲覧。
- ^ https://full-count.jp/2018/07/22/post160512/
- ^ http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/07/09/0200000000AJP20180709000700882.HTML
- ^ https://baseballking.jp/ns/159346
- ^ https://full-count.jp/2018/09/01/post193866/
- ^ http://japanese.joins.com/article/802/174802.html 中央日報 2013年08月07日
- ^ “Shin-Soo Choo » Statistics » Batting | FanGraphs Baseball”. 2018年10月27日閲覧。
- ^ [2]
- ^ [3]
- ^ [4]
- ^ <大リーグ>米スポーツ誌、秋信守を「5ツールプレーヤー」に選定, 中央日報日本語版, 2011年4月28日閲覧
- ^ Indians foresee a big future with outfielder Shin-Soo Choo、USATODAY.com、2010年4月27日配信。
- ^ Big league Choo: Korean on the rise(英語) MLB.COM 2009年6月26日閲覧
- ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=144&article_id=0000227241 スポーツ傾向
- ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=213&aid=0000020841 mbcスペシャル放送
- ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=009&aid=0002181467 mbcスペシャル放送
- ^ 2010年11月21日 MBC SPORTS NEWS インタビュー
- ^ a b 李大浩・秋信守…日米で小学同窓生が大活躍 中央日報2013年4月26日
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- ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=213&aid=0000066845 naver news
- ^ 2010年11月21日MBC SPORTS NEWS インタビュー
- ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=sports_general&ctg=news&mod=read&office_id=025&article_id=0002284923 中央日報 2013年9月4日
- ^ Choo's big league path faces obstacles(英語)
- ^ http://www.cleveland.com/tribe/index.ssf/2010/11/shin-soo_choo_south_korea_win.html www.cleveland.com 、November 19.2010
- ^ http://sports.espn.go.com/mlb/news/story?id=5825616 espn November 19. 2010
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- Shin-Soo Choo stats MiLB.com (英語)
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