私は二歳

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私は二歳
Being Two Isn't Easy
監督 市川崑
脚本 和田夏十
原作 松田道雄
製作 永田秀雅
市川崑
ナレーター 中村メイコ
出演者 船越英二
山本富士子
浦辺粂子
音楽 芥川也寸志
撮影 小林節雄
編集 中静達治
製作会社 大映東京
配給 大映
公開 日本の旗 1962年11月18日
上映時間 88分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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私は二歳』(わたしはにさい)は、1962年昭和37年)11月18日公開の日本映画。併映は『女の一生』。

松田道雄の育児書『私は二歳』『私は赤ちゃん』を和田夏十が脚色し、市川崑が監督した子育てを通じて生命の神秘や生きるということについて描いた映画。赤ん坊の成長と赤ん坊の本音を織り交ぜ、赤ん坊の視点で右往左往する両親や大人達の日常を描く。

受賞[編集]

  • キネマ旬報ベストテン日本映画1位、日本映画監督賞
  • 毎日映画コンクール監督賞、脚本賞
  • ブルーリボン賞監督賞、企画賞、ベストテン入選
  • NHK映画賞監督賞、助演男優賞、ベストテン第2位
  • 日本映画技術賞撮影賞、照明賞
  • 芸術選奨
  • シナリオ賞
  • 日本映画記者会賞ベストファイブ第3位
  • アジア映画祭監督賞、脚本賞、編集賞

製作[編集]

原作が育児書であるため、ストーリーや人物設定は、市川崑や妻の和田夏十の子育て観が多分に盛り込まれている。市川の長女が当時二歳で、子育て中だった和田が松田のが提唱する子育て論の賛同者だったことから映画化が企画され、大映側も快諾したことで映画化はスムーズに行われた。主役の幼児の愛称は、市川の長男の愛称を流用している。本物の幼児を起用しての撮影は慎重を極め、市川は、雑然とした作業場である撮影所セットの照明やコードに気を配り、主役の幼児が怪我をしないよう、少しでも危険と判断した撮影では、人形を代用してコマ落としで撮影したり、照明の光熱で幼児が体調不良にならないよう、フィルムは低光量で撮影できるスタンダードを使用し、撮影を夕方までに終えて夜間撮影はしない等、最大限の配慮をした結果、極度の疲労に襲われ、撮影期間中は、帰宅中の送迎車内でいつも熟睡していたという。市川は後年、「どこかで僕の集中度が不足していたんでしょうね。作品全体に力が足りなかった。割と淡々と演出してしまった。映画が完成した後で(和田)夏十さんにちょっと𠮟られましてねえ。もう少し何とかならなかったかと」と反省の弁を述べている[1]

あらすじ[編集]

都営団地のサラリーマン夫婦の間に生まれた赤ん坊の名前は太郎。パパとママは僕(太郎)の成長に一喜一憂する毎日。特にママは子育てに悪戦苦闘。おまけに子育てをめぐって嫁姑問題勃発。そのような中で僕が0歳から2歳になるまでの日々を描く。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

その他[編集]

  • 映画製作に当たっては森永乳業が協賛しており、森永牛乳がよく登場するほか、同社の服を着た牛乳配達員の出てくるシーンがある。また、主役を演じた鈴木は、森永協賛のオーディションで、3200人の幼児の中から選抜されて起用された。

脚注[編集]

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  1. ^ 『完本 市川崑の映画たち』、2015年11月発行、市川崑・森遊机、洋泉社、P204~207

関連項目[編集]

外部リンク[編集]