福邑正樹

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福邑正樹

福邑 正樹(ふくむら まさき、1887年 - 1974年)は、大分県東国東郡出身の内務官僚政治家。官選島根県知事

略歴[編集]

1887年、東国東郡竹田津で代々酒屋を営む福邑家の次男として生まれる。大分中、五高東京帝国大学卒。

1914年内務省に入省。埼玉県郡長、学務部長、秋田県書記官・警察部長、埼玉県書記官・警察部長、静岡県書記官・警察部長、福岡県書記官・内務部長[1]などを歴任。1932年島根県知事となる。松江大橋(1937年竣工)の建築、隠岐神社1939年創祀)の再建を行った。1936年岡田内閣総辞職により勇退。

その後大分県の国策会社である蔵内鉱業の所長を戦中まで勤める。正四位勲三等瑞宝章受章。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第1504号、昭和7年1月8日。