福生七夕まつり

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福生七夕まつり
Fussa Tanabata Festival
2011年第61回の、福生駅西口での様子(まつりのイメージキャラクター「たっけー☆☆」の飾り付けは、著作権の関係からモザイクで消してあります)
2011年第61回の、福生駅西口での様子
(まつりのイメージキャラクター「たっけー☆☆」の飾り付けは、著作権の関係からモザイクで消してあります)
イベントの種類 一般イベント
通称・略称 ふっさ七夕まつり
正式名称 福生七夕まつり
開催時期 8月7日前後の木曜日 - 日曜日
初回開催 1951年昭和26年)
7月6日 - 7月8日
会場 福生市銀座通り
福生駅西口通り
東京都道165号伊奈福生線
栄通り(新奥多摩街道
東京都道29号立川青梅線
福生市役所広場など
主催 福生七夕まつり実行委員会
後援 福生市・福生市観光協会朝日新聞立川支局・産経新聞多摩支局・東京新聞毎日新聞読売新聞東京本社
来場者数 423,600人(2011年実績・4日間合計、実行委員会発表)
最寄駅 JR青梅線福生駅牛浜駅
公式サイト

福生七夕まつり(ふっさたなばたまつり)は、東京都福生駅西口を中心に毎年行われる七夕祭りである。

概要[編集]

旧暦7月7日の一か月遅れである新暦8月7日を中心とした、木曜日から日曜日までの4日間開催される、東京都内有数の七夕まつりである。湘南ひらつか七夕まつりと同年から開催され、都内では古い歴史を誇る。

歴史[編集]

1951年昭和26年)7月仙台七夕まつりをヒントに、商店街振興のため中央商栄会が第1回の福生七夕まつりを開催[1]。見物客で3日間にぎわう。翌年、福生町(現・福生市)全域の商店が七夕に参加し、竹飾りコンクールが始まった。1956年、福生特有の「壁面飾り」が登場。1966年、「福生音頭」が制作され、当時、新人の都はるみ杉良太郎歌手として起用され、2年後にはパレードもスタート。

1967年に初日以外は大雨にたたられたことが契機となって、1968年から梅雨を避けて夏休み中の8月に開催されるようになる。 福生町が市に昇格した1971年から祭りの主導権をが握るようになり、実行委員会の事務局は市役所内に置かれるようになった。1974年、「ミス福生コンテスト」が誕生し、1977年には「ミス七夕コンテスト」(現「織姫コンテスト」)と名を改め、毎年ミス1人、準ミス2人の計3人を選ぶようになる。

40年も続いた露店(多くはテキヤ)が暴力団との関連から1993年警察の指導もあって祭りから締め出され、変わって市民模擬店が出店されるようになった。模擬店会場を「ギャラクシー・ストリート(天の川通り)」と命名し、2000年には「福生七夕音頭」も生まれた。

商店街の衰退とともにここ数年寂しくなった七夕飾りに、2010年は市の補助金が出され、第60回七夕まつり記念、市制施行40周年記念ということで11年ぶりに花火大会も復活し、空前の人出でにぎわった。2011年東日本大震災の影響で一時開催が危ぶまれたが、“七夕「トモダチ」作戦”と題して、被災地支援を前面に打ち出し、予定通り開催された。

商店街振興のために始められた七夕まつりではあるが、市民模擬店の出店を契機に、次第に市民の祭りとしての色合いを深めている。

まつり終了後、福生駅自由通路に展示された七夕飾りの一部(2010年)

イメージキャラクター[編集]

「たっけー☆☆」と名付けられた竹をイメージした人形[2][3]。会場内で飾り付けられるほか、ストラップなどとして販売される。

脚注[編集]

  1. ^ 福生七夕まつりの歴史”. 福生七夕まつり. 2017年7月30日閲覧。
  2. ^ たっけー☆☆”. 福生七夕まつり. 2017年7月30日閲覧。
  3. ^ たっけー☆☆”. ゆるキャラグランプリ. 2017年7月30日閲覧。

外部リンク[編集]