福江大火

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福江大火
現場 長崎県福江市(現・五島市)
発生日 1962年(昭和37年)9月26日
午前2時10分頃
類焼面積 132,000㎡(39,930坪)
死者 0

福江大火(ふくえたいか)とは、1962年(昭和37年)9月26日午前2時10分頃に長崎県福江市(現五島市)の中心部で発生した火災、およびそれによる被害の総称である。

概要[編集]

1962年9月26日午前2時10分頃、市街地の北端、長崎県福江市(現・五島市)東浜町九州商船(現・丸木橋付近)から出火。平均風速7mから10m、最大瞬間風速12.1mの浜から吹きあげる強風にあおられて、炎は商店街の中心へと燃え広がった。またたく間に、商店街から官公署までの市街地の大半を焼きつくし、火の手は現在の福江郵便局付近まで及んだ。 死者はなかったが、被災面積132,000㎡(39,930坪)と、戦後の長崎県下では最大の火災となった[1]

被害[編集]

  • 被災面積 132,000㎡(39,930坪)
  • 被災世帯 全焼797世帯、半焼14世帯、計811世帯
  • 被災人員 全焼3910人、半焼26人、計3936人
  • 被害額 約40億円(現在の金額にして76億円)

被害を大きくした要因[編集]

  • 気象条件
    波浪注意報が発令中で、平均風速7mから10m、時折風速12.1mもの突風が吹いていたことに加え、数日前から晴天が続き空気が乾燥していた。しかも、中心街は火元からみて風下に位置していた。
  • 不十分な消火力
    当時、福江市には消防署がなく、初期消火に時間がかかってしまった。また、消防車が4台しかなく、手引き・可搬の小型動力ポンプが主力だった。
  • 消防用水が確保できなかった
    不運なことに干潮。海から取水できなかった。また、各家庭で消火のために水道水を使ったり、消火栓も同時に使われたりで水圧が不足した。

復興[編集]

この福江大火の復興では、火災前のおよそ2倍に拡幅された街路など大胆な土地区画整理事業が行われ、市街地は整然とした防火都市としての機能を十分に発揮できる近代都市に生まれ変わった。また、商店街にアーケードが整備され、五島列島の中核都市として発展し、復興後の昭和40年代は市街地が最も栄えた。 [2]

脚注[編集]

出典・参考文献[編集]

外部リンク[編集]