福岡市交通局1000系電車

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福岡市地下鉄1000系電車
1000N系12編成 下山門駅にて
1000N系12編成 下山門駅にて
基本情報
運用者 福岡市交通局
製造所 近畿車輛川崎重工業日立製作所日本車輌製造東急車輛製造
製造年 1981年 - 1986年
製造数 18編成108両
運用開始 1981年7月26日
運用範囲 空港線箱崎線
主要諸元
編成 6両編成
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1500V
最高運転速度 85 km/h
設計最高速度 90 km/h
起動加速度 3.3 km/h/s
減速度(常用) 3.5 km/h/s
減速度(非常) 4.0 km/h/s
編成定員 854人
車両定員 146人(先頭車135人)
編成重量 224t(09編成 - 18編成は222.4t)
全長 20,000 mm (先頭車 20,500 mm)
全幅 2,860 mm
全高 最高 4,135 mm
主電動機 直流直巻電動機(登場当初)
かご形三相誘導電動機
主電動機出力 150 kW
駆動方式 中実軸平行カルダン駆動方式
制御方式 電機子チョッパ制御(登場当初)
IGBT素子VVVFインバータ制御
制動装置 回生ブレーキ併用電気演算形電気指令式ブレーキ
保安装置 ATCATO(地下鉄線内)、ATS-SK(筑肥線内)
備考
Wikipedia laurier W.png
第22回(1982年
ローレル賞受賞車両

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更新工事前(姪浜駅にて)

福岡市交通局1000系電車(ふくおかしこうつうきょく1000けいでんしゃ)は、福岡市交通局(福岡市地下鉄)空港線箱崎線用の通勤形電車である。

概要[編集]

1981年昭和56年)7月26日の1号線(当時)天神駅 - 室見駅間開業時から運用されている。日本国有鉄道(現・九州旅客鉄道筑肥線への直通運転にも使用することから、国鉄側の意向も取り入れて設計された。

1982年(昭和57年)、鉄道友の会第22回ローレル賞を受賞した。

車両構造[編集]

車体[編集]

海岸近くに敷設されている筑肥線を走行する運用条件を考慮して、骨組みは普通鋼製だが外板をステンレス製としたセミステンレス車体である。車体側面はビードプレス加工され、コルゲート(波形加工)と比べすっきりとした外板となっている。車体は無塗装であるが、玄界灘をイメージした白と青のストライプを配している。

筑肥線と相互直通運転を行うことから国鉄・JRの通勤形電車とほぼ同一規格であり、全長20m(先頭車は20.5m)で片側4扉構造である。窓は固定式で、当初は非常時には一部の窓を開けることができたが、現在は後述の更新改造によりすべて固定窓とされている。

地下鉄用車両であることから先頭部には非常用扉を持つ。当初は非常用扉の窓にはワイパーが設置されておらず、窓の大きさも現在の更新改造後とほぼ同じ大きさであった。

台車・機器[編集]

台車国鉄201系に採用されているDT46系台車と似た構造の車体直結空気バネ台車(軸箱部の支持は近鉄などと同様のシュリーレン方式)である。空気バネは住友金属工業製のダイヤフラム式であるが、台車枠は車両メーカーで作られた。落成時点での制御方式は電機子チョッパ制御であった。架線式であることから集電装置は下枠交差式パンタグラフである。新製当初の床下機器配置は、信号保安関連機器とブレーキ作用装置を除いて国鉄201系電車のそれと酷似していたが、機器箱はステンレス無塗装であった。また主電動機以外のすべての回転機のブラシレス化を目指し、日本で初めて空気圧縮機電動機を誘導電動機とした[1]が、その起動には、当時の技術では大容量の電磁接触器に適切なものが得られなかったために電空接触器を使用したので、蓄電池を電源とする補助空気圧縮機を別に有していた。その後全編成がIGBT素子によるVVVFインバータ制御に改められた(詳細後述)。

運転装置としてATOを備え、1984年(昭和59年)1月20日には日本地下鉄では初めて営業列車でのワンマン運転が開始された。筑肥線内は手動運転で車掌が乗務するため、運転室には手動運転用のマスコンブレーキハンドル、ATS-SK、車掌用機器も備えている。

車内設備[編集]

1000系車内

座席はすべてロングシートである。内装材全般において、暖色系の材料が使用され、妻面と座席袖仕切りは木目調の化粧板で、側面壁はクリーム系の化粧板張りである。車椅子スペースは1982年に落成した車両から採用されている。

製造当初より冷房装置を搭載している。屋根上に集約分散式冷房装置を4台備え、ラインデリアにより冷風を撹拌する。また弱冷房も可能である。

LED式の車内案内表示装置と路線図がセットで左右交互のドア上部に設置されている。車内案内表示装置は地下鉄線内のみで使用される。

JR車とは異なりトイレ設備はない。

編成[編集]

先頭車を制御車 (Tc) 、中間車を電動車 (M) としたMT比4M2Tの6両編成を組む。下り(姪浜)方から1500形(奇数) - 1000形(奇数) - 1100形(奇数) - 1000形(偶数) - 1100形(偶数) - 1500形(偶数)の編成である。車両番号の下2桁は、奇数車が(編成番号×2)-1、偶数車が(編成番号×2)に揃えられている。

製造・運用[編集]

1981年の開業時に01 - 08編成(近畿車輛製)が製造され、1982年には筑肥線との相互乗り入れ開始にあわせて09 - 18編成(川崎重工業製)が製造された。その後、路線延長に伴い1984年(日本車輌製造製)・1985年(昭和60年、東急車輛製造製)にそれぞれ1編成ずつ、1986年(昭和61年、日立製作所製)に1編成が製造され、2015年(平成27年)現在は18編成108両体制となっている。このうち11編成(1521編成)は1985年8月7日に筑肥線姪浜駅 - 今宿駅間の踏切で大型トレーラートラックと衝突し、大破した上り方先頭車の1522が廃車となり、翌1986年に2代目の1522が新製されて編成復旧された。3号車から5号車の側面には事故の衝撃で生じた外板の変形が現在も残っているほか、損傷の激しかった部分を切り継ぎした痕跡も見られる。

1997年(平成9年)度から2004年(平成16年)度にかけ、全編成を対象に機器の一新などを含む大幅な更新工事が施された。これについては次項で記述する。

全編成が姪浜車両基地に配属され、地下鉄空港線・箱崎線全線および筑肥線姪浜駅 - 筑前深江駅間で運用されている。

更新改造[編集]

本系列は製造以来、空港線・箱崎線の主力として使用されてきたが、製造後15年以上が経過した1996年頃になると機器や内装の経年劣化が見られるようになり、ステンレス化されていない客室の床材や、化粧板の浮き上がり、開口窓枠の腐食なども目に付くようになった。同様に、電機子チョッパ制御のスイッチング素子の老朽化、主電動機のフラッシュオーバーなどが発生し始めたため、保守内容の見直しを迫られた。結果的に、経年劣化の程度が保守の限界を超える前に、何らかの対策が必要であると判断された[2]

さらに、車体の劣化調査を実施したところ、セミステンレス車体の内部鋼材にも腐食が進行しており、車体についても、大規模な修繕が必要であることが判明した。そのため福岡市交通局は、まず車両の寿命をどの程度まで伸ばすことができるかを研究し、今後20年くらい使用可能とするための技術的な対策、低コストの更新方法など、様々な角度から比較・検討をした結果、この段階で車体の一部更新を実施し、併せて制御方式を電気子チョッパ制御からVVVFインバータ制御に変更することによって車両をできるだけ長く使用することが経済的にも有効で、最も優位な方法であるとの結論に達した[2]

以上のような経緯により、1997年度から2004年度にかけて体質改善工事を全編成に施した。この改造を受けた編成は、1000N系に系列・形式変更された。ただし、車両番号の変更および改造銘板の貼付はされていない。

主な改造内容を以下に記す。

主回路の更新内容[2]

VVVFインバータ制御装置および周辺機器は極力2000系との互換性を追求して部品の共通化を図り[3]、その他の機器は可能な限りオーバーホールして再使用することを基本的な方針とした。

  • 制御方式を電機子チョッパ制御からVVVFインバータ制御に変更し、主電動機を直巻整流子電動機から誘導電動機に更新することによって保守の軽減化を図る。
  • ブレーキ受量器をデジタル演算式とし、遅れ込め制御の採用により、回生ブレーキ力を有効に制御させ、回生率の向上を図る。
  • 主回路を1C4M×2群構成とし、故障時の制御開放単位を主電動機4台として、システムの冗長性を向上させる。
  • VVVFインバータ制御装置のスイッチング素子にIGBTを採用し、車内の静音化を図る。
  • ゲート制御部に、各ユニットごとに自己診断装置を搭載し、保守の軽減化を図る。
車体・艤装の更新内容[2]

最大の目的が車両の寿命を延ばすことにあるため、取り換える材料には腐食しにくく耐久性の高いものを採用し、内装材等は汚れにくく清掃が容易なものとした。さらに、社会的ニーズの変化を視野に入れ、安全性の向上、移動制約者などへの配慮をした。

  • 雨水等の侵入により腐食した箇所の鋼材をステンレス化する。
  • 床材は塗装仕上げとし、カーテンをガラス繊維に変更して、清掃の容易化を図る。
  • 運転台表示灯、車側表示灯をLEDとし、保守の軽減化を図る。
  • 戸袋引き込み事故を防止するため、ドアを室内側・室外側ともフラット化し、複層ガラスにより静音化を図るとともに、引き込みにくい構造とするため、戸袋口に硬質ゴムを設置する。
  • 転落防止幌を設置する。
  • 全車に車椅子スペースを設置し、車両間の渡りをフラット化する。
  • 主電動機の床点検蓋を密閉化し、騒音を防止して快適性の向上を図る。
  • 前面窓を2000系同様の曲面ガラス(接着取付)に交換する。(その後、平面ガラスに再改造された)
  • 先頭部の貫通扉窓を大型化する。
  • 側面窓を全面固定窓化し、騒音を防止して快適性の向上を図る。
  • 外部の行先表示器を字幕式からLED式に交換する。
  • 戸袋の骨組を修理し、車内の化粧板を交換する。
  • クッション性が低下し、色あせした座席は詰物を充填し、モケットを張り替える。
  • 新型緩衝器を採用し、停止ショックを改善する。

2000年(平成12年)までに施工された編成は、制御装置の素子日立製作所製3レベルIGBT(2000V/375A)であったが、2001年(平成13年)以降に施工された編成は全電気ブレーキ付日立製2レベルIGBT[4]に変更された。これ以外にも更新時期により改造内容が異なっていたが、のちに再改造され、仕様が統一された。

その他[編集]

かつて前面運転台窓下に、福岡市をホームタウンとする日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のクラブチーム・アビスパ福岡を応援する目的で「がんばれアビスパ福岡」と表記されたステッカーを貼付していたが、同クラブチームが2001年のシーズン終了後にJ2に降格した時点で撤去された。その後2005年(平成17年)2月に七隈線が開業してから約1か月間、「七隈線開業」と表記されたステッカーが貼付された。

脚注[編集]

  1. ^ 鉄道ファン』1980年8月号、交友社1980年
  2. ^ a b c d 末松栄(福岡市交通局)「福岡市1000系車両の更新概要(1000N系化)」、『R&M : Rolling stock & machinery』1998年12月号、日本鉄道車両機械技術協会、4 - 8頁。
  3. ^ 2000系(更新前)のうち本系列の前期更新車と同じ3レベルIGBT素子を採用し、1C4M×2群構成となっているのは最終増備車である第24編成のみである。それ以前の編成はGTO素子を採用し、1C8M構成となっている。
  4. ^ 磁励音近畿日本鉄道シリーズ21」日立IGBT装備車、東急新5000系グループなどと同じである。

外部リンク[編集]