福光町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ふくみつまち
福光町
廃止日 2004年11月1日
廃止理由 新設合併
福野町城端町平村上平村利賀村井波町井口村福光町南砺市
現在の自治体 南砺市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 富山県
西礪波郡
団体コード 16421-6
面積 168.05km²
総人口 20,041
推計人口、2004年10月1日)
隣接自治体 小矢部市福野町城端町井口村上平村金沢市
町の木 三社柿
町の花 医王しゃくなげ
福光町役場
所在地 939-1692
富山県西礪波郡福光町荒木1550番地
旧福光町役場
座標 北緯36度33分27秒
東経136度52分32.4秒
福光町の県内位置図
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

福光町(ふくみつまち)は、富山県西礪波郡に属する医王山のふもとにあった人口2万人あまりのである。2004年平成16年)11月1日市町村合併により南砺市となった。

地理[ソースを編集]

富山県の南西部に位置し、南北に小矢部川が流れている。

隣接していた自治体[ソースを編集]

歴史[ソースを編集]

町名の由来[ソースを編集]

この地に清水が噴出していて、「噴き満つる」が福光になったといわれている。

行政[ソースを編集]

経済[ソースを編集]

産業[ソースを編集]

  • 特産品として、干し柿バット[1]、米菓などがある。
  • 産業人口(2000年(平成12年)国勢調査)
    • 第一次産業就業人口  737人
    • 第二次産業就業人口 5,188人
    • 第三次産業就業人口 5,196人
商工業
  • 石崎佐太郎(米穀肥料商)[2]
  • 大江和一郎(米穀肥料商)[2]
  • 大塚善蔵(米穀肥料、海産物、食塩)[2]
  • 紙居幸助(米穀、生糸業)[2]
  • 中邨林造(精米業)[2]
  • 吉居喜之助(米穀肥料、荒物卸、問屋、福光精米、合資会社、精米特約販売)[2]
  • 城戸長八(米雑穀商)[2]
  • 石崎作兵衛(海産物、魚鳥獣、肥料)[2]
  • 浦出仁三郎(缶詰、魚類商)[2]
  • 前田文次郎(魚類、缶詰、乾物[2]
  • 荒木外吉(海産物、鮮魚商)[2]
  • 石崎文平(製糸業、酒造業、倉庫業)[2]
  • 大塚喜右衛門(生糸屑物、真綿商)[2]
  • 中川和三郎(生糸屑物、繭問屋)[2]
  • 山村商店(繭生糸屑物委託販売)[2]
  • 松村清作(生糸屑物、繭問屋)[2]
  • 本田平三郎(麻布製造)[2]
  • 片村嘉市(国産麻布卸問屋、帝国製麻株式会社製品特約販売、大日本人造肥料特約販売)[2]
  • 瀬能源四郎(国産麻布製造販売)[2]
  • 横絈合資会社(国産麻布卸問屋)[2]
  • 本田幸次郎(呉服太物、羅紗物、各種商)[2]
  • 吉江作兵衛(呉服商)[2]
  • 吉江作太郎(呉服商、富山県多額納税者)[3]
1900年出生[3]。呉服商を営み、富山県多額納税者に列す[3]
  • 高木善蔵(呉服太物商)[2]
  • 勢藤源次郎(呉服商)[2]
  • 松村安太郎(御菓子司 松聲堂)[2]
  • 水越秀雄(備中毛皮会社北陸総代理店新案特許自転車用サドルカバー、秀盛堂)[2]
  • 吉江文蔵(内外雑貨商並びに官製煙草)[2]
農業

『大日本篤農家名鑑』によれば、福光町の篤農家は、「廣岡孝、片山直一郎、波多善六、武田善次」などである[4]

姉妹都市・提携都市[ソースを編集]

地域[ソースを編集]

教育[ソースを編集]

  • 福光町立福光中部小学校(現在の南砺市立福光中部小学校)
  • 福光町立福光東部小学校(現在の南砺市立福光東部小学校)
  • 福光町立福光南部小学校(現在の南砺市立福光南部小学校)
  • 福光町立福光中学校(現在の南砺市立福光中学校)
  • 福光町立吉江中学校(現在の南砺市立吉江中学校)
  • 富山県立福光高等学校(現在の富山県立南砺福光高等学校
  • 富山県立となみ養護学校(現在の富山県立となみ総合支援学校

交通[ソースを編集]

鉄道路線[ソースを編集]

道路[ソースを編集]

高速道路

一般国道

主要地方道

一般県道

道の駅

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[ソースを編集]

出身・ゆかりのある人物[ソースを編集]

政治・経済・行政[ソースを編集]

  • 河合良成(官僚、実業家、政治家) - 元厚相。元小松製作所社長。福光町名誉町民。
  • 齊藤栄吉(銀行家) - 富山銀行頭取。
  • 中川文蔵(農業、雑貨商兼家畜商、政治家) - 元北海道広尾町議会議員。
政治家中川一郎中川義雄の父、中川昭一の祖父。中川一郎の祖父は福光法林寺の出身[5]。中川文蔵は14歳の時、福光から北海道へ移住した[6]

文化[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

  1. ^ 農作物について≫ふくみつの特産品
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 『商工名鑑』福光町附津軽町10-11頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月18日閲覧。
  3. ^ a b c 『人事興信録 第11版下』ヨ29頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年10月27日閲覧。
  4. ^ 『大日本篤農家名鑑』503頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月16日閲覧。
  5. ^ 故、中川昭一衆議院議員の奥様、中川郁子衆議院議員墓参のため福光に来場、『おやまのてっぺん かわべ邦明のブログ』、2014年8月29日。
  6. ^ 今井久夫『反骨の宰相候補 中川一郎』p239

参考文献[ソースを編集]

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 『商工名鑑』名古屋商工社、1912年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版下』人事興信所、1937-1939年。

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]