福与城

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福与城
長野県
別名 箕輪城
城郭構造 平山城
築城主 不明
築城年 不明
主な改修者 藤沢氏
主な城主 藤沢頼親
廃城年 1590年
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 県指定史跡[1]
再建造物 なし
位置
地図
福与城の位置(長野県内)
福与城
福与城

福与城(ふくよじょう)は、長野県上伊那郡箕輪町にあった日本の城。県指定史跡[1]。別名、箕輪城。同町には別に箕輪城が存在するが、史料上の「箕輪城」は本項の城跡ではないかとする意見がある[2]。また同県同郡松川町にも別の福与城(松川町指定史跡)が存在する[3]

概要[編集]

創建年代は不明。戦国時代藤沢頼親の居城であった。武田信玄により攻略され天文14年(1545年)に落城した。天正10年(1582年織田信長甲州征伐武田氏が滅亡すると、頼親はこの城を奪還したが、高遠城を奪還した保科正直に攻められ落城した。

1969年(昭和44年)7月3日に長野県の史跡に指定された[4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 県史跡 (PDF)”. 長野県 (2020年7月31日). 2020年8月8日閲覧。
  2. ^ 平井ほか 1980 p.268
  3. ^ 「信州の文化財」長野県の芸術・文化情報センター公益財団法人八十二文化財団HP
  4. ^ 「福与城跡」長野県の芸術・文化情報センター公益財団法人八十二文化財団HP

参考文献[編集]

関連項目[編集]