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「神」の字の旧字体。漢字の成り立ちは、会意兼形声であり「示(祭壇)+音符申」で、いなずまのように、不可知な自然の力のこと。のち、不思議な力や、目に見えぬ心の働きをもいう[1]。のちに「ずばぬけてすぐれたさま」や「かみ」といった意味が加わった。

(かみ)とは、人間民族性地域性文化伝統などの歴史的背景を経て、その宗教的風土伝統的風土の中で醸成された、人知を超えて尊敬・崇拝される存在ないし概念のことをいう。

定義

神は、神話伝説経典に登場する憧れや尊敬や信仰の対象となる存在である。人知を超えた絶対的存在(ユダヤ教キリスト教イスラム教など)、アニミズム的発想で自然界の万物を擬人化(神格化)した存在、神社に祭られている生前優れた業績で名を馳せた人物や祖先、天皇への尊称、優れた能力を発揮する人物、非常にありがたい人やものといった、様々な概念に用いられる語彙であるとされる[2]

漢字としての「神」には、「不可知な自然の力」「不思議な力」「目に見えぬ心の働き」「ずばぬけてすぐれたさま」「かみ」といった意味が含まれる[1]古代ギリシア語: "Θεός"英語: "God"の訳語としても「神」は使われるが、キリスト教における"Θεός""God"中国語訳・日本語訳する際に、「神」をあてることの是非について19世紀から議論がある(後述)。ただしキリスト教化される以前の古代ギリシャ時代の"Θεός"にも、訳語として「神」は用いられている。このように「神」と訳される非日本語言語の概念まで含めれば、その内容は多岐にわたる。

神の性質についての様々な考え方

神の性質に関して、その唯一性を強調する場合一神教、多元性を強調する場合多神教、遍在性を強調する場合汎神論が生まれるとされる。ただし汎神論はしばしば一神教、多神教の双方に内包される。また、古代から現在まで神話的世界観の中で、神は超越的であると同時に人間のような意思を持つものとして捉えられてきたが、近代科学の発展と無神論者からの批判を受け、このような神理解を改めるべきという意見も現れている。

世界的に見ると、神を信じている人は多く(アブラハムの宗教だけでも30億人を超える[3])、神に基づいて自身の生活様式を整えている人、"神とともに生きている"と形容できるような人は多い。

人知を超えた存在であると考えられることや、人間や動物のように社会や自然の内に一個体として存在していることは観察できないことから、神の存在を疑う者も多い。神の不在を信じる者は無神論者と呼ばれ、マルクス主義は無神論の立場に立つ。また、実存主義者の一部も無神論を主張する。

また神が存在するかどうかは知りえないことであると考える者は不可知論者と呼ばれる。

神がどのような存在であるかについての様々な考え方は、宗教哲学などに見ることができる。以下にその主なものを挙げる。これらの考え方がそれぞれに両立可能なのか不可能なのかは個人の解釈にもより、一概には言えない。

  • 造物主(ギリシア語ではデミウルゴス)、第一原因としての神。全ての物事の原因を辿って行った時に、全ての原因となる最初の創造(創世)行為を行った者として、想定される神。
  • アニミズム汎霊説)における神。洞窟)など自然界の様々な物事(あるいは全ての物事)に固有の神。それらの物事に「宿っている」とされる。
  • 守護神、恩恵を与える者としての神。神は祈り、信仰、犠牲などに応じて現世や来世における恩恵を与えてくれる存在であるとする考え方がある。
  • 人格神。神がと同じような姿や人格を持つとする考え方がある。
  • 現実世界そのものとしての神。この世界のありようがそのまま神のありようであるとする。例えばアインシュタイン[要出典]スピノザはこのような考え方を採ったことで知られている。汎神論

多神教と唯一神教の性格

一神教のうち唯一神教では唯一の絶対的な超越者である『唯一つの神』(神以前には何もないとされることが多い)を信じるため、自宗教を絶対化して他の宗教に対して排他的になる側面(例:十字軍ジハードなど)がある。一方多神教では多数の神を信じる為、他宗教の神を自宗教の神に取り入れやすい側面があるが、異なる思想の宗教に対して排他的な場合もある(廃仏毀釈など)。

多神教や単一神教においては、多数の神が同時に考えられ、しばしば唯一神教の神より人間的で過ちも犯す存在である。自然の存在や現象が神となることもあれば、実在の人間が信仰を集め現人神となることもある。

実在した人を起源に持たない神を以降「自然神」と記述する。自然神には、自然の一部、太陽や山や川、岩や古木などが信仰の対象となる自然信仰であり、しばしば人格を持つ神へと昇華されたもの、あるいは、哲学的概念が神格化されたものなどがある。

実在した人を起源に持つ神を以後「人間神」と記述する。生前に著名な働きをしたり、神との接触を得た人間などが神として信仰されるものである。

日本神道では有力者が悲痛な最期を遂げ、その後に大きな災害などが起きた場合、その人物を大きく祭りあげる事がある(例:御霊信仰)。災害の原因をその者の怨みにあるとして、祭りあげることで怨みを解消し、さらには災害をもたらした強大な力が自分たちに利益をもたらしてくれることを期待する(祟り(たたり)の神を、逆に守護神へと転化する例)。

なお、多神教と一神教とは必ずしも明確に区分されるものではなく、一神教とされる宗教の中にも多神教的側面があるものは多く、多神教とされる宗教の中にも一神教的側面があるものは多い。

唯一神教

唯一神教の例としてユダヤ教キリスト教イスラム教がある。

いずれも、旧約聖書を経典とし、同一の神を信じている。ユダヤ教においてはモーセの時代にそれ以前の宗教から新しい体系が作り上げられたとされる。ユダヤ教を元に、イエス・キリストの教えからキリスト教が誕生し、さらにムハンマドによってイスラム教が生じた。

これらは唯一神教ではあるが、神以外にも人間を超えた複数の知的存在があることを認めている。天使が代表例であり、人間以上だが神以下の存在である。天使はある時は普通の人の形をして現われたり、人とは違う形をして現われたりする。「神の働き」は神だけが行うことができ、その他の存在は「神にお願いすること、執り成しができる」だけである。聖母マリアへの崇敬も、厳密には敬愛であり、少なくとも教義上では区別している。聖母マリアはお願いをイエス・キリストに伝えてくれる存在ではあるが、神と同等の存在ではない。

またキリスト教では、聖人が特定の地域、職種などを守護したり、特定のご利益をもたらすとするという信仰がある。イスラム世界ではジンという人間と天使の間に位置する精霊が想定されている(『千夜一夜物語』(アラビアン・ナイト)に登場する魔法のランプのジンが有名)。

実際、一神教内部においても例えばインドのように多神教を信仰している人々と共存している地域だと、一神教の人々も場合に応じて多神教の聖地を崇拝したり神格のようなものを認知することがしばしば行なわれる。無論一神教と多神教が両立不可能かというのは個々人の解釈にもよる問題であり、成文化された教義と現実的な宗教行為が齟齬することも多く、宗教と社会の関係は動態的に捉えなければ単純な図式化に陥る可能性が有る。

ユダヤ教の神

旧約聖書創世記天地創造においてאלהים(エロヒーム、エロヒム、אלוהים)が人間のアダム・イシャーを作り、アダムとイヴが神に背いたこと、「申命記詩篇箴言知恵の書」などにおいて神を信じる人々のあるべき生き方が示され、サムエル記列王記マカバイ記エステル記などにおいて神を信じた人々の生き方が示される。日本の教育ではヤハウェがユダヤ教の神として高等学校公民科の教科書に明記されている。実際のヘブライ語旧約聖書の記述は、ヤハウェの他אלהים(エロヒーム、エロヒム)、אדני(アドナイ)「アッビール(直訳すると雄牛。力強き方)」が使われる。みだりに「神の名」を唱えてはいけないので、「ヨッド へー ウァウ へー」という子音(そのまま読めばイェフワー)に「アドナイ」の母音を付けて表現し、かつ敬避して表現される。例えば、「あの名前の方(ハ・シェム)」、「ぬし様(アドナイ)」と言った具合である。

キリスト教の神

三位一体

アンドレイ・ルブリョフによるイコン至聖三者』。旧約においてアブラハムを3人の天使が訪れた事を三位一体の神の象徴的顕現として捉える伝統が正教会にはあるが、そのもてなしの食卓の情景を描いたイコンを元に3人の天使のみが描かれたもの。

キリスト教では、「父なる神」、「子なる神」、「聖霊なる神」、この三者を「三位一体」と表現する。日本正教会では至聖三者との訳語を用いる。

新約聖書福音書は、神へのと隣人愛の実践を説き、律法的で厳格なユダヤ教ファリサイ派(パリサイびと)を批判したナザレのイエスの半生を中心に描写しているが、伝統的なキリスト教の多数派では、ナザレのイエスはキリストであり、子なる神であり、完全な神でありかつ完全な人であると理解されている。

三位一体論の定式の確認の多くは、古代の公会議正教会全地公会議と呼ばれる一連の公会議)においてなされた。

キリスト教における訳語としての「神」

[4]漢字である「神」が、ヘブライ語: "אלהים"‎、古代ギリシア語: "Θεός"英語: "God"の訳語に当てられたのは、近代日本でのキリスト教宣教に先行していたにおけるキリスト教宣教の先駆者である、ロバート・モリソンRobert Morrison)による漢文聖書においてであった。しかしながら訳語としての「神」の妥当性については、ロバート・モリソン死後の1840年代から1850年代にかけて、清における宣教団の間でも議論が割れていた。この論争は中国宣教史上、"Term question"(用語論争)と呼ばれる。この論争の発生には、アヘン戦争後、清国でのキリスト教宣教の機会が格段に増大し、多くの清国人のためにより良い漢文訳聖書が求められていた時代背景が存在していた。

用語論争において最大の問題であったのは、大きく分けて「上帝」を推す派と「」を推す派とが存在したことである。前者はウォルター・メドハーストなど多数派イギリス人宣教師が支持し、後者をE.C.ブリッジマンをはじめとするアメリカ人宣教師達が支持した。

カトリック教会においては天主の訳語が用いられていた。プロテスタントには真神という用語もあった。[5]

こんにちでも、その妥当性については様々な評価があるが、いずれにせよ、和訳聖書の最も重要な底本と推定される、モリソン訳の流れを汲むブリッジマン・カルバートソンによる漢文訳聖書は、「神」を採用していた。殆どの日本語訳聖書はこの流れを汲み[6]、「神」が適訳であるかどうかをほぼ問題とせずに[7]、こんにちに至るまで「神」を翻訳語として採用するものが圧倒的多数となっている。

イスラム教の神

旧約聖書創世記において、アブラハムの子であり兄弟であるイサクイシュマエルがおり、このうちイサクがユダヤ一族の祖である旨の記述がある。イスラム教の聖典であるアル=クルアーン(コーラン)にはイシュマエルがアラブ人の祖であるとの記述がある。 また、インジール(福音書)に描写されたイーサー(イエス)は神性を有する存在ではなく、神の預言者の一人であるとされている。

ちなみに、イスラム教徒に広く使われているアラビア語の中の、神を意味する単語で「アッラーフ」または「アラー」「アッラー」(アラビア語: اللهラテン文字化: Allâh)がある。これは、普通名詞である場合と、固有名詞である場合がある。

多神教

多神教の例として、インドヒンドゥー教日本神道がある。どちらも、別の宗教の神を排斥するより、神々の一柱として受け入れ、他の民族や宗教を自らの中にある程度取り込んできた。日本でも明治の神仏分離令によって分離される以前は、神道と仏教はしばしば神仏や社寺を共有し混じりあっていた。

多神教においても、原初の神や中心的存在の神が体系内に存在することがある。そうした一柱の神だけが重要視されることで一神教の一種、単一神教とされることもあり、その区別は曖昧である。

ヒンドゥー教

ヒンドゥー教の人間神は、自然神の生まれ変わりであったり、生前に偉大な仕事をなした人であったりする。 現在のヒンドゥー教は、次に挙げる三つの神を重要な中心的な神として扱っている。

シヴァは世界の終わりにやって来て世界を破壊して次の世界創造に備える役目をしている。

ヴィシュヌは、世界を三歩で歩くと言われる太陽神を起源としており、世界を維持する役目がある。多くのアヴァターラとして生まれ変わっており、数々の偉業をなした人々がヴィシュヌの生まれ変わりとしてヒンドゥー教の体系に組み込まれている。仏教の開祖ゴータマ・ブッダも、ヒンドゥー教の体系においてはヴィシュヌの生まれ変わりとされ、人々を惑わすために現われたとされる。

ブラフマー(梵天)は、世界の創造と、次の破壊の後の再創造を担当している。人間的な性格は弱く、宇宙の根本原理としての性格が強い。なお、自己の中心であるアートマンは、ブラフマーと同一(等価)であるとされる(梵我一如)。

神道

本居宣長は「尋常(よのつね)ならず人の及ばぬ徳(こと)のありて、畏(かしこ)きもの」と定義したが、神道においては、神の定義は一義的には定めにくい。教義と言えるようなものを持たず、歴史的経緯により、様々な異質な要素が混在した信仰であるからである。「八百万の神」と言われ「八百万」は数が多いことの例えである。神道は古代律令国家によりその体系が整えられたが、陰陽道仏教の影響を強く受け、明確な信仰体系を持たない時代が長く続いた。明治期に仏教の影響を排除する神仏分離が行われ、一神教を意識した体系として「国家神道」が再構成されている。これにより、神道における神は天照大神から「現人神」とされる天皇に至る流れを中心として位置づけられた。しかし、この改変は徹底したものではなく、土着的な要素も依然多く残った。第二次世界大戦後、神社神道は国家と分離され、それまで非宗教とされていた神道は宗教として位置づけなおされたが、現在もなお神仏習合国家神道の名残はそれぞれ強く残り、依然として異質の要素が雑然と混在した信仰である。仏教の影響を受ける以前の神道を「古神道(原始神道)」と呼び区別する場合もある。しかし、明治以降の「国家神道」も、江戸時代に研究が進んだ「古神道」の考え方を多く取り入れて形成された側面がある。

仏教

仏教は本来は神のような信仰対象を持たない宗教であった。原始仏教は煩悩から解放された涅槃の境地に至るための実践の道であり、超越的な存在を信仰するものではなかった。現在は神と同じ様に崇拝されている開祖のゴータマ・シッダルタも、神を崇拝することを自分の宗教に含めず、また自身を神として崇拝することも許さなかった。

時代が下るにつれ、ゴータマらの偉大な先人が、悟りを得たもの()として尊敬を集め、崇拝されるようになり、仏教は多神教的な色彩を帯びていく。仏教にはヒンドゥー教の神が含まれ、中国の神も含まれ、日本に来ては神道と混ざりあった。仏教が様々な地域に浸透していく中で、現地の神々をあるいは仏の本地垂迹として、あるいは護法善神として取り込んだのである。したがって、仏教も一部の宗派では神を仏より下位にあって仏法を守護するものと位置づけ、ある面では仏自体も有神教の神とほぼ同じ機能を果たしている。

日本の神社で弁財天として祭られている神も、そもそもは仏教の護法神(天部の仏)として取り込まれたヒンドゥー教の女神サラスヴァティーであり、仏教とともに日本に伝わったものである。これはやがて日本の市杵島姫神と習合した(神仏習合本地垂迹説)。

仏教における神

仏教を考える場合、釈迦の教えとそれを継承していった教団のレベルと、土着信仰を取り込んだ民衆レベルとを混同しないで、それぞれについて議論する必要がある。

釈迦は、人間を超えた存在としての神に関しては不可知論の立場に立ち、ヴェーダーンタの宗教を否定・捨てた人であるという主張もある。一方で、釈迦は人間を超えた存在(非人格的)を認めており、ただ単にその理解の仕方がキリスト教やヒンドゥー教などの人格神とは異なるだけという意見もある。

日本の浄土真宗親鸞は、阿弥陀仏を非神話化し最晩年の手紙で「阿弥陀仏というのは自然(じねん)ということを知らせようとする手立て(手段)である」と教え、崇拝する対象も具体性の強い「阿弥陀仏の姿・画像」ではなく、抽象的な・観念的な「南無阿弥陀仏という文字」を専らにしている。更に、日本の神を拝むことを禁止し、和讃で、俗人が「鬼・神」を崇めるのを嘆いている。このため、浄土真宗では神棚を祭らない。また同じく浄土真宗の曽我量深は「阿弥陀仏が存在するから信仰するのではなく、わたしが信仰するので阿弥陀仏が存在する」、金子大栄は「浄土は観念である」と教えている。これは阿弥陀仏や極楽浄土を実在するもの、実体と考え信仰する事を否定するものである。このように、教義・教団のレベルでは、土着の神と仏の概念が厳しく区別され論じられることがあった。

しかし民衆レベルにおいては、阿弥陀仏も極楽浄土も実在するものとして信仰されていた。

同様に、現代日本では仏教はもっぱら霊魂の永遠不滅を前提とした葬式を扱う宗教と見られることが多いが、元々仏教では死後も残る(アートマン)のようなものを否定する立場であり、ここにおいても民衆の信仰の形とは大きな差異がある(釈迦は、自己の魂(アートマン)が死後も残るのかとの議論に対し、回答をしない(無記)という態度をとり、この態度は、アートマンが残り輪廻するというヴェーダーンタの宗教を拒否しているとも受け取れる)。

なお、「梵天の勧請」の神話には、釈迦が悟った後、「悟りは微妙であり、欲に縛られた俗人には理解できない。布教は無駄である。」として沈黙していたので、神(デーバ)の一人梵天ブラフマン)が心配してやって来て「俗人にもいろいろな人がいるので、悟った真理を布教するよう」に勧めて要請し、釈尊がそれを受け入れたという物語などが残っている。

一方、民衆レベルでは、仏もこの記事で扱うところの広い意味での「神」の一種であるといえる。日本では死亡を「成仏」と、死者を「」と呼称するに至る。この場合の仏とは、参拝し利益を祈願する対象であって、かつての原始仏教でそうであったような「教えを学び、悟る・覚醒する」という対象ではない。ただし、日本における仏は、キリスト教の訳語としての「神」が定着する以前からの存在であり、一般的な日本語において神と仏とは区別して用いられる(神像と仏像など)。

ブッダ(仏)と神

一般に、仏教では解脱には無用なので神の存在を扱わない。

なお大乗仏典華厳経には、人間がこの世で経験するどのようなことも全て神のみ業であるとの考え方は、良い事も悪い事も全て神によるのみとなって、人々に希望や努力がなくなり世の中の進歩や改良が無くなってしまうので正しくないと説かれているが、これは神の存否について議論したものというわけではない。

自然科学との関係

日常的には、今日における自然科学の発達は、『神』の存在に対して否定的に働くものと考えられることは少なくない。 しかし、西ヨーロッパやイスラム世界における自然科学の発達は神への信仰と深く結びついており、自然は神の言語であるだとか、自然科学によって世界を解明することはそのような精密な被造物を創造した神の偉大さを讃えることにつながるとされ、アイザック・ニュートンヨハネス・ケプラーなど宗教的情熱を背景として自然科学の発達に大きく貢献した科学者は数多いという意見もある(理神論など)。

実際ヨーロッパでは神の存在について研究する神学は長きにわたって学問上の基礎科目であり、オックスフォード大学ケンブリッジ大学も、ハーバード大学も元は神学校である。

これに関連して、ゼロの概念を生んだインド製紙法火薬羅針盤の三大発明をなした中国ではなく、なぜ西ヨーロッパにおいて自然科学が大いに発展したのかについて、自然の中に神を見出すのではなく、神を自然とは全く異なる「万物の創造者」と考え、自然を克服の対象として捉える宗教観が根底にあるのではないかという主張が、主としてヨーロッパ中心主義者によって唱えられることもある。しかしこれは近代以降におけるヨーロッパのみを特別視し、それ以前のヨーロッパの技術的・科学的後進性を無視したエスノセントリズムに過ぎないとの批判もある。

また、人間はその生物学的本質として、神の存在を必要とするという指摘もある。すなわち、時間の概念を認識し、かつ「」の概念を理解することができるのは人間の高度に発達した大脳においてのみであり、いずれ死を迎えるという未来に対して不安を抱く。死を始めとする自らの努力においてはどうしようもない未来に対する巨大な不安を和らげる為に人知を超越した神の存在を設定しようとする、というものである。

このような性質から、永続的な不安を感じることの少ない若い世代においては神への強い信仰は得られにくく、死という最も大きい不安を感じることの多い年配の世代になればなるほどに神への信仰を持つ率が高くなると言われている。また両親が信仰を持つことなどからの影響で信仰心を持つ場合も少なくないが、逆に家庭内での不和等が生みだす永続的な不安感を持つ者は絶対的な他者への救いを求めることへ繋がりやすく、新興宗教がその受け皿となることも多い。

神の死

かつては無条件に神またはそれに類する超越的存在は信じられ、疑うことは稀であったが近代に入り科学が諸分野で成功を挙げるようになると、唯物論など神を介しない思考も先進諸国を中心に力を得てきた。長らく神学を継承しながらも批判的に発展してきた哲学でもその風潮を受け、19世紀にはニーチェが有名な「神の死」を指摘した。その影響を受け戦後の一時期実存主義というものが盛んになった。今日では無条件に「神」を信ずる者は中世などに比べ多くはないとされる。ニーチェが提起した「神の死」は善悪の行いを基準とした「死後の世界」の崩壊を招きニヒリズムをもたらした。

参考文献

  • 『宗教と科学の接点』河合隼雄岩波書店
  • 『心理禅―東洋の知恵と西洋の科学』佐藤幸治創元社
  • 『科学者とキリスト教―ガリレイから現代まで』渡辺正雄講談社
  • 『アインシュタイン、神を語る―宇宙・科学・宗教・平和』ウィリアム ヘルマンス 著,雑賀紀彦 翻訳(工作舎

出典・脚注

  1. ^ a b 引用元・出典:『漢字源』961頁、学研、1996年4月1日改訂新版第3刷
  2. ^ 小学館『大辞泉』548頁 - 549頁、1998年11月20日発行 第一版増補新装版 ISBN 4095012129
  3. ^ Preston Hunter, Major Religions of the World Ranked by Number of Adherents
  4. ^ 本節の出典:柳父章『ゴッドと上帝』筑摩書房1986年(120頁から131頁)、ISBN 4480853014
  5. ^ 鈴木範久『聖書の日本語』岩波書店
  6. ^ 出典:柳父章『ゴッドと上帝』筑摩書房1986年(160頁 - 162頁)、ISBN 4480853014
  7. ^ 全く問題にされなかった訳では無い。1938年にはキリスト教神学者前島潔が、「神」という用語について論文を書いている。出典:柳父章『ゴッドと上帝』筑摩書房1986年(122頁)、ISBN 4480853014

関連項目

外部リンク