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神馬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

神馬(しんめ/じんめ、かみうま)は、神が騎乗するとして神聖視された馬である。日本の神社に奉献され、あるいは祭事の際に登場する馬を指す。馬の種類に特に決まりはないが、一般的に白馬を重んじる。

奉納された神馬。競走馬を引退したサラブレッドが、神馬として奉納されている(山梨県富士吉田市 冨士山下宮小室浅間神社
Shinme(Geku)_01.JPG
豊受大神宮伊勢神宮の外宮)にある御厩。神馬「丘昭号(おかあき)」

概要

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金属製の神馬像(香川縣護國神社
木製の神馬像(穂高神社

奈良時代から祈願のために馬を奉納する習わしがある。奉納者は一般の民間人から皇族[1]まで様々である。

小規模な神社ではその世話などが重荷となること、また高価であり献納する側にとっても大きな負担となることから、絵馬などに置き換わっていった[2]。また、等身大の馬の像をもって神馬とすることも多い。

延喜式』3巻26条では、を願う時には黒毛の馬を[3]晴れを願う時には白毛馬をそれぞれ献納するという記述がある。後代になり、の演目の一つである「絵馬」では、神が黒馬の絵馬・白馬の絵馬を掛ける内容になっている[4]中世の武士は戦争での勝利を祈願するために神馬を奉納した(例として、「神馬に関する歌」を参照)。古くからの神社の中に「神馬舎」・「神厩舎」が馬の存在如何を問わずに設置されている所があるのは、神馬の風習の名残である。

また、祭りなどにおいて多量の馬を使用する場合もあり、一時的に神馬と呼ぶ場合もある。競走馬を引退したサラブレッドが、神馬として奉納されるケースもある[5]

吉兆としての神馬の場合、中国『符瑞図』(編纂顧野王)に、「青い馬(黒毛で青みのある馬)で、髪と尾の白いのは神馬である」とあり、『続日本紀神護景雲2年(768年)9月11日条に、7月11日に肥後国から得た神馬の記述が見られる。

神馬を飼育している神社

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  • 伊勢神宮、1869年以降、交代は先代の退落(死亡)による。
    • 内宮、本勇(もといさむ、2015年3月24日生、栗毛アングロアラブ去勢)、先代は国春(くにはる、1988年生鹿毛)2023年退落。草新(くさしん、2001年3月15日生、アングロアラブ)、先代は空勇(そらいさむ、1993年3月26日生、芦毛アングロアラブ)、先々代は晴勇(はれいさむ)[6][7]
    • 外宮、草音(くさおと、2001年生芦毛)。笑智(えみとも、2006年3月26日生、芦毛アングロアラブ)、先代は路新(みちしん)[6][7]

ナポレオン三世から徳川将軍に贈られ、後に宮内省御料牧場で飼養された馬との関係については、ナポレオン三世の馬#伊勢神宮の神馬参照。

神馬に関する歌

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  • 吾妻鑑』の建久6年(1195年)4月27日条に、将軍家の使いとして神馬を引いて来た梶原景時が住吉社に馬を奉じると共に、和歌を一種殿柱にしるしつく。
    • 「我が君の 手向(たむけ)の駒を 引きつれて 行末遠き しるしあらわせ」

神馬の写真

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脚注

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  1. 皇室奉納の例として、豊受大神宮#神馬参照。
  2. 一例として、『続日本紀』や『延喜式』といった律令時代の記述では、雨乞いに黒馬を奉納する記述が見られるが、後代のの演目の一つである「絵馬」では、神が黒い絵馬を掛ければ雨が降り、白い絵馬を掛ければ晴れになるとする内容になっており、実物の馬から絵馬に変化している。
  3. 一例として、『延喜式』以前の『続日本紀宝亀3年(772年)2月24日条、「日照りのため、黒毛の馬を丹生川上神(大和国)に奉納した」という記述が見られる。
  4. 権藤芳一『能楽手帳』駸々堂、1979年 pp.58-59.
  5. 例として、賀茂別雷神社では京都競馬場に神馬の提供を依頼し、1974年に引退した競走馬が奉献されて以降、神体山である「神山」(こうやま)にちなみ、白馬を「神山号」と名付け、養っており、2024年2月以降、10代目に至る。『朝日新聞』2025年12月4日金曜付け、埼玉版地域総合(13版)。
  6. 1 2 朝日新聞2024年2月15日付「伊勢神宮内宮に新たな神馬本勇号 皇室が奉納」
  7. 1 2 伊勢志摩経済新聞2024年2月14日付「伊勢神宮で御馬牽進式」、2018年6月27日付「皇室から伊勢神宮へ馬の贈り物」、2011年9月27日付「神様に仕える馬になる儀式」

関連項目

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