神谷敏

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神谷 敏(かみや さとし、1949年8月20日 - )は、滋賀県出身の日本のトロンボーン奏者

経歴[編集]

生い立ち、留学以前[編集]

1949年滋賀県大津市に生まれる。滋賀県立膳所高等学校卒業後、桐朋学園大学オーケストラ研究生として学び、福田日出彦に師事。1971年より東京交響楽団の2番奏者、1974年より新日本フィルハーモニー交響楽団の首席奏者をつとめるが、1976年に渡独。

ドイツ時代[編集]

デトモルト音楽院に入学し、ヴィリ・ヴァルター教授と、当時ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席トロンボーン奏者であったカール・ハインツ・ドゥーゼ・ウテッシュに師事する。1978年より、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の契約団員を3年間務める。当時ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮下にあったベルリンフィルにおいて、団員として加わった日本人奏者は数名いたが、管楽器奏者として籍をおいていたのは神谷敏のみである。1981年より、カッセル市立歌劇場管弦楽団首席奏者をつとめる。1984年NHK交響楽団の要請を受け帰国。

帰国、N響入団[編集]

帰国後はNHK交響楽団に入団し、首席奏者をつとめる。サイトウ・キネン・オーケストラにも設立時よりたびたび参加。室内楽の分野では、東京トロンボーン四重奏団に参加。この団体は、NHK交響楽団首席栗田雅勝、同団バス・トロンボーン秋山鴻市東京都交響楽団首席小田桐寛之弘前大学教授和田美亀雄により結成された(結成当時は、全員フリー奏者だった)、日本におけるトロンボーン四重奏の草分けとも言えるグループであり、和田の脱退後に神谷が加入、その後、自主制作盤を含め4枚のCDをリリースし、また、十数回の定期演奏会や海外公演などを行った。また、トランペット田宮堅二山城宏樹、ホルン山岸博、テューバ安元弘行とともに、「田宮堅二ブラスアンサンブル」(ジャパン・ブラス・ソロイスツ名義でも活動)を結成し、演奏活動を行った。教育の分野では、現在までに武蔵野音楽大学、東京コンセルヴァトワール尚美(現:東京ミュージック&メディアアーツ尚美)、東京芸術大学桐朋学園大学の各講師を歴任。

N響退団後、現在[編集]

2002年より体調を崩し、N響を退団。それ以降は演奏活動を休止している。現在は桐朋学園大学教授。