神戸大学レイバンズ

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神戸大学レイバンズ(こうべだいがく-:KOBE UNIVERSITY RAVENS)は神戸大学体育会に所属するアメリカンフットボールチームである。1975年創部。関西学生アメリカンフットボール連盟所属。チームカラーは赤。

歴史[編集]

1975年 同好会として創部した神戸大学レイバンズは、翌1976年関西アメリカンフットボール連盟に準加盟。リーグに設けられた準加盟リーグでいきなり優勝を果たす。体育会に昇格した1977年からリーグ戦に参加しブロック優勝をする等躍進が続き、1980年には創部5年目という早さで1部昇格を果たす。1部では中位・下位に位置することが多かったが、入替が激しかった関西学生リーグでリクルート面で不利な国立大学でありながら、7シーズン1部を堅持する。

1987年 2部に降格するが翌1988年に1部復帰。京都大学に勝利する等リーグ優勝争いに絡む活躍を見せる。

1990年 主将小武を中心としたオプションプレーとQB河田を中心としたパッシングオフェンスが機能し、関西学院大学立命館大学等を撃破し、最終戦の京都大学戦で勝った方が甲子園ボウル出場という状況となった。当時国立大決戦と謂われたその一戦は、試合会場が西宮球技場から急遽長居球技場に変更されるほど世間の注目、期待も高まっていた。しかし、結果は0対45と完敗。甲子園ボウルへの道はあと一歩のところで閉ざされてしまい、5勝2敗同率3位でシーズンを終えた。

1991年 初戦の近畿大学戦は終始リードしながらも試合終了間際にまさかの逆転負け。続く関西学院大学にも敗れ、その後の試合ではチームの持っている実力を発揮できたように思えたものの、上位には接戦で負ける等、初戦敗退を最後まで引きずったシーズンとなった。

1992年 川野主将を中心とした強力守備を擁し、躍進が期待されたシーズンであった。初戦は、オフェンス、ディフェンスともに同志社大学を圧倒し、幸先の良いスタートを切った。しかし、第2戦の立命館大学戦は第4Qの途中までリードしていたものの、自陣で痛恨のファンブルとなり、ディフェンスも踏ん張りきれず、14対24で惜敗。シーズンの命運を分けた試合となった。その後、背水の陣で望んだ京都大学戦は、オフェンス・ディフェンスともに動きが冴え、21対7で2年前の「国立大決戦」の雪辱を果たした。第4戦の関西学院大学戦では惨敗。結局、優勝は逃すものの、その年に日本一に輝いた京都大学に唯一の黒星を付けるなど躍進して関学・立命と同率で2位(5勝2敗)となる。

1993年 田中彰主将(現監督)の下、2年次にリーディングラッシャーにも輝いた大型RB井場をはじめ、QB中島、RB城島、WR国子、WR西田らが4年生となり、オフェンス陣にタレントを揃え躍進が期待された。シーズン序盤、関西大学、同志社大学に大勝し、開幕2連勝。前半戦の山場である立命館大学戦は、優勝を意識しての大一番。しかし、オフェンス・ディフェンスの歯車が噛み合わず、大敗。優勝戦線から大きく後退した。その後、もう後がないと臨んだ近畿大学戦では立命館大学戦での大敗を払拭する内容で大勝。そして、優勝するためには必ず超えなければならない壁である関西学院大学戦を迎えた。神戸大学史上最強RB#40井場と関西学院大学エースRB前島との戦いが話題となったが、結果は7対45の大敗。その後、京都大学にも完敗。結局、上位チームに勝利することができず、単独4位(4勝3敗)となる。下位校には圧勝したが、上位校には完敗という悔しい結果でシーズンを終えた。

1994年 1部リーグ7位に転落し、入替戦も敗退し2部リーグに転落。その後、2シーズンを2部リーグで過ごすことになる。

1997年 1部リーグ復帰。復帰初年(1997年)は2戦目で3強の一角京都大学に快勝するが後が続かず結局5位に終わる。以降上位4校の壁を打ち破れずにいる。2003年2005年には入替戦も経験したが、いずれも入替戦は勝利してDIV.1を堅持している。

2005年 創部30周年を記念してユニフォームを一新。2006年からAO入試を導入し、チーム体制の強化を図っている。2006年にはリーディングレシーバーとなった新人WR大園の活躍もあり、3勝4敗で5位に浮上した。

2015年 創部40周年でユニフォーム一新。2月にエレコム株式会社(東証一部上場 パソコン周辺機器メーカー)より、神戸大学レイバンズ、神戸大学女子タッチボール部looksの拠点とする神戸大学鶴甲第一キャンパスグラウンド(寄付への感謝の意を示し「神戸大学エレコムグラウンド」に改名)に世界最高品質の人工芝化のための寄付をいただき、練習状況が大幅に改善された。また、エレコムがメインスポンサーを務める社会人アメリカンフットボールチーム「エレコム神戸ファイニーズ」との合同練習開始によりチームの相互強化も期待されている。2015年シーズンはチームにとって大きな転機となったシーズンであったが、3勝4敗の5位に終わっている。同時に19年連続1部リーグ残留を果たした。

2016年 秋季リーグ戦を1勝6敗で終え入替戦に出場し、桃山学院大学に3-14で敗れ、21年ぶりに二部に降格した。

チーム名(レイバンズ)の由来[編集]

レイバンズの名の由来はヤタガラス日本サッカー協会のロゴマークである三本足のカラス)である。ヤタガラスの意味をしめす英語が存在しなかったため、ワタリガラスの意味をしめす「レイバンズ」という名称になった。アメリカのNFLには同じ由来に基づくボルチモア・レイブンズがある。ちなみに、神戸大学のタッチ・フットボール部はミヤマガラスの意味をしめす「ルークス」という名称である。

メンバー[編集]

選手(プレイヤー)[編集]

オフェンス・ディフェンスともにバランスよく揃っている。

スタッフ[編集]

他大学は元選手といった男性スタッフが多い印象だが、神戸大学レイバンズは女性スタッフが主であることが特徴的である。

マネージャー(MGR)[編集]

15人程度在籍しており、チームの運営を主としている。その他HPやfacebookなどのSNS、小学校へのタッチフットボールの普及、神戸大学を目指す高校生への支援も意欲的に行っている。マネージャーのリーダーがチームの主務となることが多い。

トレーナー(TR)[編集]

15人程度在籍しており、選手の筋トレ、トレーニング、リハビリの管理を主としている。トレーナーのリーダーがチーフトレーナーとなる。

アナライジングスタッフ(AS)[編集]

5~10人程度在籍しており、練習、試合の自チーム、他チームの分析、また分析に伴い自チームの戦略を決める役割を果たしている。

チアリーダー[編集]

2016年度神戸大学応援部が部員減少のため消滅したことにより新設された。神戸大学レイバンズの専属チアリーディング部である。

チーム強化への取組み[編集]

国立大学であることから大学のチーム強化への取組みには私立大学と比べて制約があるものの、強力なOB会組織を軸に積極的な強化活動に取り組んでいる。2003年王子スタジアムがリーグ戦の主要会場となってから、地域連携にも積極的に取り組んでいる。

リクルート戦略[編集]

神戸大学レイバンズでプレーする選手のほとんどが未経験者だが、最近は経験者の割合が増えている。経験者の出身校は六甲学院高校豊中高校清風高校などである。2006年度入試からAO入試を導入し、スポーツに秀でた選手にとっては一般入試以外での入学のチャンスが広がった。

神戸大学フットボールデー&新歓フェスティバル[編集]

2005年から、レイバンズ主催のボウルゲームを2つ開催している。毎年6月に行われる神戸大学フットボールデーは神戸大学タッチフットボール部ルークスと合同で行う。2005年度は神戸市王子スタジアム関西学院大学と対戦し、16-56の惨敗を喫した。2006年度は今年から関西学生連盟1部に復帰した大阪産業大学と対戦し、快勝した。甲南大学と合同で行われる新歓フェスティバルは、4月に甲南、神戸の男女ラクロス部と合同で開催される交流戦で、2006年度は甲南大学と対戦し、20-14で勝利した。

ワシントン大学との提携[編集]

2003年からNCAAPAC-10所属のワシントン大学ハスキーズ(en:Washington Huskies football)と提携しており、春季にコーチの短期派遣等を行っている。

その他[編集]

神戸大学附属住吉小学校にタッチフットボールチームを結成し、若年層への競技普及活動を行っている。また、地元水道筋商店街のイベントに参加するなど地域連携活動にも取り組んでいる。

神戸市王子スタジアムに看板広告の掲示[編集]

2005年10月1日から、王子スタジアムに神戸大学の看板広告が掲示された。王子スタジアムには他に関西大学関西学院大学甲南大学の3校も広告看板を出しているが、国立大学が看板広告を出すのは初めてである。その日は関学との対戦を行ったが、11-35の惨敗を喫し、記念すべき日に勝利をおさめることができなかった。

定期戦[編集]

  • 横浜国立大学(1986年開始) 対戦成績 神戸18勝 横浜国立2勝 1引分

外部リンク・公式SNS[編集]

出典[編集]