神山竜一

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神山 竜一 Football pictogram.svg
名前
愛称 カミ
カタカナ カミヤマ リュウイチ
ラテン文字 KAMIYAMA Ryuichi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-11-10) 1984年11月10日(32歳)
出身地 大阪府堺市
身長 188cm
体重 96kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 アビスパ福岡
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003- アビスパ福岡 242 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月3日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

神山 竜一(かみやま りゅういち、1984年11月10日 - )は、大阪府堺市出身のプロサッカー選手Jリーグアビスパ福岡所属。ポジションゴールキーパー

来歴[編集]

4歳の時に地元・堺市の青英学園サッカークラブでサッカーを始めてからGK一筋。なお、青英学園SCにはガンバ大阪下部組織の先輩に当たる稲本潤一が所属しており、1年後輩の辻尾真二とは共にプレーしていた。中学時代はガンバ大阪堺ジュニアユースに所属し、高校は島根立正大学淞南高等学校にサッカー留学。3年連続で全国高校サッカー選手権大会に出場し、3年次には主将も務めた。

高校卒業後の2003年アビスパ福岡に入団。2004年には高校の後輩である柳楽智和も福岡に入団した。入団当初は水谷雄一の控えだったが、水谷が柏レイソルに移籍した2007年より徐々に出場機会を掴み、同年は48試合に出場した。しかし、2008年セレッソ大阪から加入した吉田宗弘に定位置を脅かされ、さらに2009年は故障で長期離脱し出場ゼロに終わった。吉田がFC町田ゼルビアに移籍した2010年は故障中に台頭した六反勇治とポジション争いを繰り広げ、28試合に出場しJ1昇格に貢献した。しかし、2011年は開幕のアルビレックス新潟戦から9連敗を喫し、その後も負けが込んでいき後半戦は六反にポジションを奪われた。チームも10月23日に開幕戦と同じ新潟に敗れJ2降格が決まった。

六反が横浜FMへ移籍した2012年は序盤からレギュラーとして出場していたが、毎試合のように失点を重ねてチームの低迷を招き、9月2日ジェフ千葉戦以降はガンバ大阪から加入した河田晃兵に定位置を譲った。河田がヴァンフォーレ甲府へ移籍した2013年京都サンガF.C.から7年振りに復帰した水谷とのポジション争いとなった。当初は水谷の控えだったが、水谷がアキレス腱断裂でシーズンを棒に振る大怪我をしてからはポジションを得ている。2014年もポジションを守ったが、2015年の後半戦より柏レイソルから期限付きで加入した中村航輔にポジションを奪われた。

人物[編集]

  • U-19日本代表に選出された経験もある。
  • ピッチ上のプレーは迫力満点だが、普段は温厚で優しい性格の持ち主。特に後輩の面倒見が良い。
  • ボンバーマンが得意で、手先がかなり器用。

所属クラブ[編集]

ユース経歴

プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2003 福岡 30 J2 0 0 - 0 0 0 0
2004 16 0 0 - 0 0 0 0
2005 0 0 - 1 0 1 0
2006 J1 1 0 6 0 2 0 9 0
2007 1 J2 48 0 - 2 0 50 0
2008 22 0 - 0 0 22 0
2009 0 0 - 0 0 0 0
2010 28 0 - 2 0 30 0
2011 J1 17 0 2 0 1 0 20 0
2012 J2 32 0 - 0 0 32 0
2013 28 0 - 0 0 28 0
2014 37 0 - 0 0 37 0
2015 21 0 - 2 0 23 0
2016 J1 8 0 4 0 1 0 13 0
2017 J2 -
通算 日本 J1 26 0 12 0 4 0 42 0
日本 J2 216 0 - 7 0 223 0
総通算 242 0 12 0 11 0 265 0

代表歴[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]