神威岬

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神威岬。先端は神威岬灯台と神威岩。
神威岬の位置
神威岬の位置
神威岬
神威岬の位置
地図

神威岬(かむいみさき)は、北海道積丹郡積丹町大字神岬町にある積丹半島北西部から日本海に突き出している。ニセコ積丹小樽海岸国定公園に属している。

概要[編集]

積丹半島にある岬。岬の付け根にある駐車場から先端部までは尾根沿いに整備された「チャレンカの道」と名付けられた遊歩道(770m、強風時は立入禁止)が整備され徒歩20分から30分ほど。遊歩道の高台からは左手の行く手方向に起伏に富みダイナミックな景観を造る神威岬の景観が、右手には「水無しの立岩」が望める[1]。先端部は岩山がそのまま海へ落ち込んでいく断崖絶壁になっており、400メートル沖には神威岩という高さ41メートルの岩礁[2]がある。遊歩道最先端付近からは周囲300度が見渡せ、水平線が丸みを帯びて見える[3]。積丹半島は、北海道で唯一の海中公園に指定されているが、その海の青さは「シャコタンブルー」と表現されることもある[4]。貴重な動植物の宝庫ともなっており、夏にはエゾカンゾウが咲き乱れ、冬期にはオオワシオジロワシも見られる。

語源[編集]

神威(カムイ)とはアイヌ語で「」を意味する。古くは御冠岬オカムイ岬(ともに「おかむいみさき」と読む)とも呼ばれた。

歴史[編集]

神威岬沖は海難事故につながる暗礁が多く、「魔の海」とも呼ばれる海上交通の難所として知られていた。『積丹町史』によると、和人女性が神威岬を通れば海神の怒りを招き船が遭難し、漁業も不振となるという伝承され、江戸時代蝦夷地(北海道)を支配する松前藩1691年元禄4年)から、神威岬より奥への和人女性の立ち入りを禁止(女人禁制)していた[2]

日高地方アイヌ首長の娘チャレンカが源義経を慕ってこの岬まで義経一行の後を追ってきたが、既に海の彼方へ去ったことを知って身を投げ、神威岩になったという言い伝えがある。チャレンカが今際に「婦女を載せた船がここを過ぐれば覆没せん」と叫んだ[2]ことから、岬一帯が女人禁制の地になったとされる。「源義経#不死伝説」も参照。

もっとも現実は、和人が岬から奥地へ定住することで、ニシン漁を始めとした権益を損なうことを恐れた松前藩による規制と考えられている[5]。現地の民衆が信じていたタブーを松前藩が利用したとも推測されている。神威岬以北へニシン漁出稼ぎ(ヤン衆)に赴いた夫や恋人の男と会えない辛さを呼んだとされる唄が江差追分にあるほか、オタモイ地蔵尊(小樽市)は北前船密航した女性が海が荒れたことに責任を感じて飛び込み、漂着した水死体を供養するため建てられたと伝えられる[2]

江戸幕府幕末に蝦夷地を直轄地化し、1855年安政2年)に女人禁制を解いた。箱館奉行所役人の梨本弥五郎は蝦夷地北端の宗谷へ赴任するため妻を帯同して神威岬沖を通過した。その際、征夷大将軍徳川家定の家来として君命で通るのに、どうして神罰を受けねばならぬのかと叫び、岬へ向けて鉄砲一発を放った。これが迷信打破のきっかけとなって以後、岬の北側への移住が進み、集落が形成された[2]

また、日露戦争時にはロシア艦隊の来襲に備えて監視所が設けられていた。

地震[編集]

1940年8月2日、沖合で積丹半島沖地震または神威岬沖地震と呼ばれる M7.5 の地震が発生した。

関連施設[編集]

「女人禁制の地・神威岬」門
遊歩道の入り口にある。積丹町が1995年に設置したが、歴史を伝えるためのもので[2]、女性でも通ることができる。
神威岬灯台
1888年明治21年)8月25日、北海道で5番目の灯台として初点灯[6]。2度の建て替えを経て、現在は無人化されている。
電磁台(電波探知塔)
1942年(昭和17年)、太平洋戦争中に設置されたレーダーの跡。
念仏トンネル
神威岬近くのワクシリ岬にある全長60メートルのトンネル1918年大正7年)11月8日開通。現在は立入禁止となっているが、以前は神威岬に行くにはこのトンネルを通る必要があった。
1912年(大正元年)、灯台守の家族がワクシリ岬付近で荒波にさらわれ死亡するという事故が起きたのを契機に、1914年(大正3年)に着工した。両側から手掘りで掘り進むうちに食い違いが生じ、工事が中断したが、村人たちが念仏を唱えて鐘を打ち鳴らしたところ、その音で掘り進む方向が分かり工事が再開できたと言われている。このため、途中で2度折れ曲がっており、内部は真っ暗である。念仏を唱えながら通ると安全であると言い伝えられている。

ギャラリー[編集]

アクセス[編集]

岬近くの駐車場へ至る道路は、国道229号から分岐している[2]。バスによるアクセスは、4月下旬から10月下旬のみ可能。以下「バス」参照。

脚注[編集]

  1. ^ Shakotan Guide
  2. ^ a b c d e f g 【時を訪ねて 1855】女人禁制の解除 神威岬(積丹)迷信砕いた銃声一発『北海道新聞』日曜朝刊別刷り2019年11月10日1-2面
  3. ^ 神威岬周辺マップ(株式会社ペニンシュラ)
  4. ^ 積丹観光案内
  5. ^ 『吟醸百選2007-2008』(佐藤水産パンフレット)p.34
  6. ^ 明治21年逓信省告示第157号(『官報』第1517号、明治21年7月20日、p.193.

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

座標: 北緯43度19分48.3秒 東経140度21分12.5秒 / 北緯43.330083度 東経140.353472度 / 43.330083; 140.353472