砂防会館
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| 砂防会館 | |
|---|---|
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| 情報 | |
| 用途 | 事務所、会議室、店舗、図書館 |
| 建築主 | 全国治水砂防協会 |
| 階数 |
地上5階、地下2階(本館) 地上7階、地下1階(別館A) 地上6階、地下1階(別館B) |
| 着工 |
1955年(本館) 1982年(別館A) 1991年(別館B) |
| 竣工 |
1957年8月28日(本館) 1984年3月(別館A) 1993年3月(別館B) |
| 所在地 |
〒102-0093 東京都千代田区平河町二丁目7番5号 |
| 座標 | 北緯35度40分46.9秒 東経139度44分24.6秒 / 北緯35.679694度 東経139.740167度座標: 北緯35度40分46.9秒 東経139度44分24.6秒 / 北緯35.679694度 東経139.740167度 |
砂防会館(さぼうかいかん)は、一般社団法人全国治水砂防協会が本部を置き、管理運営する会館である。全国治水砂防協会の関連施設の他、テナントビルとしても用いられている。2015年2月、本館が老朽化により改築されることになり、下記各施設を別館に移転し2016年3月に閉鎖された[1]。
概要[編集]
- 本館
- 別館A
砂防会館と政治[編集]
砂防会館が完成すると同時に自民党本部が2階と3階にテナントとして入居し、1966年の自由民主会館(現本部)竣工まで居を構え続けた[2]。
かつて砂防会館には自民党最大派閥木曜クラブ(田中派)の派閥事務所や田中角栄の個人事務所があり、「砂防会館」「平河町」(砂防会館の所在地)の名は当時の田中や彼の派閥の代名詞であった。なお、ロッキード事件では、主な現金授受の場所と認定されている。1976年には、田中角栄を題材とした清水一行の小説『砂防会館3F』が発表されている。
現在では、志帥会事務局や古賀誠・青木幹雄・森喜朗の個人事務所が入居している。かつては中曽根康弘の個人事務所(2009年限りで退去)、保守新党と国民新党の本部、亀井静香の事務所、減税日本東京事務所(2012年年末に退去)も砂防会館内にあった。2016年3月17日、砂防会館解体前に志帥会(二階派)の派閥総会が開催された。二階派の顧問で衆議院議長を務めた伊吹文明は挨拶の中で「いくつかの政治のドラマがここで繰り広げられてきた。」と述べた[3]。
ギャラリー[編集]
脚注[編集]
- ^ “自民「牙城」60年の歴史に幕=砂防会館、老朽化で建て替え”. 時事ドットコム (2015年4月26日). 2015年5月6日閲覧。
- ^ “東京・平河町 砂防会館=御厨貴”. 毎日新聞(東京朝刊) (2009年10月21日). 2009年12月10日閲覧。
- ^ “戦後政治の舞台 砂防会館 建て替えで最後の派閥総会”. NHKニュース (2016年3月17日). 2016年3月17日閲覧。