砂防会館

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砂防会館
Sabo Kaikan (2006.05.06).jpg
情報
用途 事務所、会議室、店舗、図書館
建築主 全国治水砂防協会
階数 地上5階、地下2階(本館)
地上7階、地下1階(別館A)
地上6階、地下1階(別館B)
着工 1955年(本館)
1982年(別館A)
1991年(別館B)
竣工 1957年8月28日(本館)
1984年3月(別館A)
1993年3月(別館B)
所在地 102-0093
東京都千代田区平河町二丁目7番5号
座標 北緯35度40分46.9秒 東経139度44分24.6秒 / 北緯35.679694度 東経139.740167度 / 35.679694; 139.740167
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砂防会館(さぼうかいかん)は、一般社団法人全国治水砂防協会が本部を置き、管理運営する会館である。全国治水砂防協会の関連施設の他、テナントビルとしても用いられている。2015年2月、本館が老朽化により改築されることになり、下記各施設を別館に移転し2016年3月に閉鎖された[1]

概要[編集]

本館
  • 完成:1957年8月28日
  • 建物:地上5階、地下2階建て
  • 主な施設
    • 全国治水砂防協会(事務局、会議室、会員談話室)
    • 砂防図書館
    • 赤木正雄資料室
別館A
  • 完成:1984年3月
  • 建物 地上7階、地下1階建て
  • 主な施設
    • 全国治水砂防協会(役員室、会議室)
    • 多目的会議室「シェーンバッハ・サボー」(最大1200人収容)

砂防会館と政治[編集]

砂防会館が完成すると同時に自民党本部が2階と3階にテナントとして入居し、1966年の自由民主会館(現本部)竣工まで居を構え続けた[2]

かつて砂防会館には自民党最大派閥木曜クラブ(田中派)の派閥事務所や田中角栄の個人事務所があり、「砂防会館」「平河町」(砂防会館の所在地)の名は当時の田中や彼の派閥の代名詞であった。なお、ロッキード事件では、主な現金授受の場所と認定されている。1976年には、田中角栄を題材とした清水一行の小説『砂防会館3F』が発表されている。

現在では、志帥会事務局や古賀誠青木幹雄森喜朗の個人事務所が入居している。かつては中曽根康弘の個人事務所(2009年限りで退去)、保守新党国民新党の本部、亀井静香の事務所、減税日本東京事務所(2012年年末に退去)も砂防会館内にあった。2016年3月17日、砂防会館解体前に志帥会(二階派)の派閥総会が開催された。二階派の顧問で衆議院議長を務めた伊吹文明は挨拶の中で「いくつかの政治のドラマがここで繰り広げられてきた。」と述べた[3]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 自民「牙城」60年の歴史に幕=砂防会館、老朽化で建て替え”. 時事ドットコム (2015年4月26日). 2015年5月6日閲覧。
  2. ^ 東京・平河町 砂防会館=御厨貴”. 毎日新聞(東京朝刊) (2009年10月21日). 2009年12月10日閲覧。
  3. ^ 戦後政治の舞台 砂防会館 建て替えで最後の派閥総会”. NHKニュース (2016年3月17日). 2016年3月17日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]