石田町
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| いしだちょう 石田町 | |
|---|---|
| 廃止日 | 2004年3月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併・市制施行 郷ノ浦町、勝本町、芦辺町、石田町 → 壱岐市 |
| 現在の自治体 | 壱岐市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 九州地方 |
| 都道府県 | 長崎県 |
| 郡 | 壱岐郡 |
| 団体コード | 42424-2 |
| 面積 | 16.51km2 |
| 総人口 |
4,692人 (推計人口、2004年2月1日) |
| 隣接自治体 | 郷ノ浦町、芦辺町 |
| 町の木 | マツ |
| 町の花 | コスモス |
| 町の鳥 | メジロ |
| 石田町役場 | |
| 所在地 |
〒811-5215 長崎県壱岐郡石田町石田西触1290番地 |
| 外部リンク | 石田町(アーカイブ版) |
| 座標 |
北緯33度44分51.6秒 東経129度45分14.7秒 |
| ウィキプロジェクト | |
石田町(いしだちょう)は、長崎県壱岐郡にあった町。2004年3月1日に郷ノ浦町、勝本町、芦辺町と合併し市制施行、壱岐市となり自治体としては消滅した。
目次
地理[編集]
壱岐島の南東部に位置する。
歴史[編集]
平安時代中期に編纂された『和名類聚抄』によれば、壱岐島石田郡五郷の1つとして石田町東部の一帯を「石田郷」と称したとされる[1][2]。1889年に石田村、池田村および筒城(つつき)村が合併し地方公共団体として発足した際に採用された「石田」の名称は、上記の郷名より名付けられた[2]。石田の地名由来については、田の中に石田石という石があったためと伝わる[3]。奈良時代から平安時代初期にかけては「伊波多」「石田野」「伊之太」とも表記された[4]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、石田村・池田村・筒城村が合併し石田郡石田村が成立する。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 郡制施行により、壱岐郡と石田郡が合併し改めて壱岐郡が発足[5]。同日より石田村は壱岐郡の管轄となる。
- 1958年(昭和33年)4月1日 - 郷ノ浦町のうち久喜触を編入[6]。
- 1961年(昭和36年) - 芦辺町のうち湯岳射手吉触の全域、及び湯岳興触の一部を編入[7]。
- 1966年(昭和41年)7月10日 - 筒城東触の東岸に建設された壱岐空港の供用開始。
- 1970年(昭和45年)8月1日 - 町制施行し石田町となる。
- 2004年(平成16年)3月1日 - 壱岐郡郷ノ浦町、勝本町、芦辺町と合併し市制施行。壱岐市が発足し、石田町は自治体として消滅。
地域[編集]
地名[編集]
触・浦および島を行政区域とする。石田村時代は触・浦・島の各名称に大字(石田・池田・筒城)を冠称していたが、1970年の町制施行時に大字を廃止した。その際に一部の触が改称している。
なお、石田町では土地改良事業の換地処分などに伴い、芦辺町や郷ノ浦町との間で境界変更が行われた。
- 大字石田
- 印通寺浦(いんどうじ・いんどおじ)
西触→ 石田西触東触→ 石田東触- 本村触
- 南触
- 妻ヶ島[8]
- 大字池田
仲触→ 池田仲触西触→ 池田西触東触→ 池田東触
- 大字筒城
仲触→ 筒城仲触西触→ 筒城西触東触→ 筒城東触- 山崎触
- (大字なしの区域)
教育[編集]
- 中学校
- 小学校
交通[編集]
空港[編集]
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]
- 原の辻遺跡
- 松永記念館
- 遺新羅使雪連宅満墳墓
- 万葉公園
石田町出身の著名人[編集]
- 松永安左エ門(実業家)- 「電力の鬼」と称された。印通寺浦に記念館がある。
参考文献[編集]
脚注[編集]
- ^ 角川日本地名大辞典 42 長崎県「石田郷(古代)」
- ^ a b 角川日本地名大辞典 42 長崎県「石田村(近代)」
- ^ 角川日本地名大辞典 42 長崎県「石田」
- ^ 石田町のあゆみ - ウェイバックマシン(2004年3月5日アーカイブ分)
- ^ 法律第二十號 「長崎縣下郡廢置」 官報. 1896年3月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ a b 総理府告示第148号「町村の境界変更」官報.昭和33年4月1日
- ^ a b c 自治省告示第100号「町村の境界変更」官報.昭和36年4月1日
- ^ 印通寺港の南方海域に位置する妻ヶ島の全域。江戸時代に島の守役として設置された事に由来する民家1軒と神社1社が所在する。石田町内の行政区画単位としての小字のひとつであるが、当地においては個別の郵便番号が割り振られていない。
関連項目[編集]
- 長崎県の廃止市町村一覧
- 石田(その他の用法)