石毛郁治

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石毛 郁治(いしげ いくじ、1895年5月18日 - 1981年9月1日[1])は、日本化学技術者実業家。東洋高圧工業(現三井化学)社長や、三井化学工業社長を務めた。

人物・経歴[編集]

千葉県海上郡飯岡町(現旭市)生まれ。1912年飯岡小学校代用教員[2]。1917年東京高等工業学校(現東京工業大学応用化学科卒業[3]三井鉱山入社[2]肥料尿素の大量生産法の開発に成功し[2]、1947年から東洋高圧工業社長を務め、1963年には会長に就任[4]。1964年蔵前工業会理事長[3]。1965年飯岡町名誉町民第1号[2]。1966年からは三井化学工業社長を務め[5]、1968年には東洋高圧工業と三井化学工業の合併にあたった[6]紺綬褒章藍綬褒章勲二等旭日重光章受章[2]

脚注[編集]

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  1. ^ 石毛 郁治』 - コトバンク
  2. ^ a b c d e あさひ 輝いた人々旭市
  3. ^ a b 蔵前工業会創立100周年記念特集 (PDF)”. 社団法人蔵前工業会. p. 59 (2006年). 2019年11月23日閲覧。
  4. ^ 「三井東圧化学(株)『三井東圧化学社史』(1994.03)」渋沢社史データベース
  5. ^ 「東洋エンジニアリング(株)『30年のあゆみ』(1991.11)」渋沢社史データベース
  6. ^ 「クロード式窒素工業の歴史⑦」鈴木商店記念館
先代
柴田勝太郎
東洋高圧工業社長
1947年 - 1963年
次代
野村末一
先代
大谷元夫
蔵前工業会理事長
1964年 - 1967年
次代
土光敏夫