石橋停留場

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石橋停留場
路線終端部からホームを望む
路線終端部からホームを望む
いしばし
Ishibashi
大浦天主堂 (0.3km)
所在地 長崎県長崎市大浦町9番23号先
駅番号 51
所属事業者 長崎電気軌道
所属路線 大浦支線(5号系統
キロ程 1.1km(新地中華街起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面1線
乗降人員
-統計年度-
2,000人/日
-2015年-
開業年月日 1917年(大正6年)6月4日*
備考 * 1916年12月に仮終点として設置。
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石橋停留場(いしばしていりゅうじょう、石橋電停)は、長崎県長崎市大浦町にある長崎電気軌道大浦支線の路面電車停留場。大浦支線の終点で、5号系統が停車する。

2008年の島原鉄道線の一部廃止に伴い、当停留場は長崎県における県内最南端の鉄道駅となった。[要出典]

歴史[編集]

1916年(大正5年)の第2期線開通に合わせてまず起点寄りに仮の終点(出雲町仮終点)が設置され[1]、翌17年に移設のうえ出雲町停留場(いずもまちていりゅうじょう)として開業した[2][3][4]。開業より支線の終点である[5][6]。停留場名は1930年(昭和5年)に大浦石橋停留場(おおうらいしばしていりゅうじょう)に改称され、石橋停留場と称するようになったのは1983年(昭和58年)[2]。ただし、それ以前より方向幕では「石橋」と案内されていた[6]

年表[編集]

構造[編集]

単線の軌道を挟んで2面のホームが向かい合わせに設けられる(相対式ホーム[9][10]。軌道は大浦川と並走する道路との間に敷かれていて[10][11]併用軌道ではあるが道路から独立した専用軌道のような状態で伸びている[12]。軌道より道路側にあるのが降車ホーム、河川側にあるのが乗車ホーム。ホーム長はスロープを含めて30メートルほど[6][13]

停留場付近の道幅は狭く[6]、道路側にホームが設置されたのは2002年(平成14年)のことであった[14]。このホーム設置により、前中扉の車両(360形500形など[12])が当停留場を使用できるようになった[6][14][15]。またこのとき停留場も改築され、上屋がトタン屋根から景観に配慮したシェルター式に改められている[14]

利用状況[編集]

長崎電軌の調査によると1日の乗降客数は以下の通り。

  • 1998年 - 3,059人[4]
  • 2015年 - 2,000人[13]

周辺[編集]

グラバー園に通じる斜行エレベーター、グラバースカイロードが近い[6]。周りには住宅も多い[5]

路線の終端部より先には山があり急坂になっているため、路線をこれ以上延ばすことはできない[5][6]

隣の停留場[編集]

長崎電気軌道
大浦支線(5号系統)
大浦天主堂停留場 - 石橋停留場

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 100年史, pp. 128–129.
  2. ^ a b c d e f 今尾 2009, p. 57.
  3. ^ 100年史, p. 126.
  4. ^ a b 田栗 & 宮川 2000, p. 66.
  5. ^ a b c 田栗 & 宮川 2000, p. 67.
  6. ^ a b c d e f g 田栗 2005, p. 96.
  7. ^ 100年史, p. 198.
  8. ^ 田栗 2005, p. 156.
  9. ^ 100年史, p. 130.
  10. ^ a b 川島 2013, p. 49.
  11. ^ 川島 2007, p. 123.
  12. ^ a b 田栗 2005, p. 95.
  13. ^ a b 100年史, p. 125.
  14. ^ a b c 100年史, p. 123.
  15. ^ 前中扉の車両は運転席の左側にしか降車扉がなく、新地中華街寄りから見て左側にあたる道路側にホームがなければ当停留場では降車を扱えなかった。

参考文献[編集]

関連項目[編集]