石岡諒太

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石岡 諒太
中日ドラゴンズ #36
20170920 Ryota Ishioka.jpg
ナゴヤ球場にて(2017年9月19日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県神戸市北区
生年月日 (1992-05-25) 1992年5月25日(25歳)
身長
体重
187 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 2015年 ドラフト6位
年俸 750万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

石岡 諒太(いしおか りょうた、1992年5月25日 - )は、兵庫県神戸市北区出身のプロ野球選手内野手外野手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

神戸市立広陵小学校2年の時に広陵少年野球部で軟式野球を始める。神戸市立広陵中学校進学後は神戸skyドラゴンズに所属し硬式野球に転向した。

神戸国際大学附属高等学校への進学後は、2年秋から1番一塁手に定着。3年春に選抜高等学校野球大会へ出場したが、2三振を喫したばかりか、チームも初戦で敗退した。在学中の2学年上に山本徹矢、同期生に岡本健、2学年下に宗接唯人がいた。

高校卒業後はJR東日本へ入社する。同期入社には阿知羅拓馬戸田亮がいる。入社1年目の2011年から公式戦に出場。同年の第82回都市対抗野球大会では、チームの優勝に貢献するとともに、若獅子賞を受賞した[2]。都市対抗では、翌2012年第83回大会でも、3番打者として準優勝に貢献。2014年には、第17回アジア競技大会の日本代表に選ばれた。

2015年のドラフト会議で、中日ドラゴンズから6巡目で指名。契約金5,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件[3]で入団した。背番号は前年まで小笠原道大が着用していた36川端崇義縞田拓弥十亀剣は2011年の1年間、阿知羅拓馬は2011年から3年間、戸田亮は2011年から2年間、田中広輔吉田一将は2012年から2年間、飯田哲矢西野真弘坂寄晴一は2013年から2年間、関谷亮太東條大樹は2014年から2年間、進藤拓也は2015年の1年間共に在籍している。なお阿知羅は2016年より再び同じチームに在籍している。

プロ入り後[編集]

2016年には、春季キャンプ前の新人合同自主トレーニング中に腰痛を発症。後の診断で椎間板ヘルニアが判明したため、1月28日に患部の手術を受けた[4]。その影響で一軍公式戦への出場機会はなく、ウエスタン・リーグ公式戦でも、26試合の出場で打率.289(76打数22安打)、打点2という成績にとどまった[5]。シーズン終了後には、台湾アジアウインターベースボールリーグに派遣された。

2017年には、入団後初めて、春季キャンプを一軍で迎えた[6]。キャンプ中には、本来のポジションである一塁に加えて、外野の守備も練習[7]。キャンプ終了後も一軍へ帯同すると、オープン戦本塁打を放った[8]。開幕一軍は逃したが、7月8日に一軍初登録されると、同日の横浜DeNAベイスターズ戦でスタメンで一軍初出場を果たしたが、ノーヒットのまま7月18日に登録抹消された。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2017 中日 2 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
通算:1年 2 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



一塁












2017 中日 1 9 0 0 2 1.000
通算 1 9 0 0 2 1.000
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 36 (2016年 - )

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]