石山敬貴

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日本の旗 日本の政治家
石山 敬貴
いしやま けいき
生年月日 (1969-12-18) 1969年12月18日(47歳)
出生地 宮城県加美郡加美町
出身校 東北大学農学部
東北大学大学院博士課程修了
前職 理化学研究所研究員
農業
所属政党 民主党
称号 農学博士

選挙区 宮城4区
当選回数 1回
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石山 敬貴(いしやま けいき、1969年昭和44年〉12月18日 - )は、日本政治家科学者民主党所属の元衆議院議員(1期)。

人物[編集]

宮城県加美郡加美町(旧小野田町)出身。宮城県古川高等学校東北大学農学部卒。東北大学大学院博士課程修了。ワシントン州立大学博士研究員を経て、理化学研究所研究員として勤務し、の研究に取り組む。2004年度日本植物細胞分子生物学会論文賞を受賞[1]

民主党の誘いを受け、理化学研究所を退職して2005年平成17年)の第44回衆議院議員総選挙に民主党公認で宮城4区へ立候補。しかし、小泉劇場による民主党への逆風や、公示直前の出馬表明による知名度不足もあり、自民党伊藤信太郎に約35000票差で敗退。

落選後、民主党宮城県第4区総支部長に就任。故郷の加美町に戻り、家業の農業を勉強しながら政治活動を続け、次のチャンスを待った。農業へ熱心すぎることを心配した民主党本部は候補者の差し替えまで検討したが、石山は農作業に汗を流したことで、農業に必要な政策を体で再認識し、地元への浸透にもつながった。

2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙は民主党公認に加え、国民新党の推薦も得て宮城4区に再び立候補。4年間の地道な活動で知名度もアップし、政権交代を訴える民主党への追い風もあって支持を広げ、伊藤信太郎を約27000票差で破り初当選した。

宮城4区は自民党の伊藤宗一郎・信太郎親子が長年議席を独占し、なおかつ相手候補の比例復活当選さえ1度も許したことがない県内屈指の保守王国だったが、石山がその牙城を崩し、政権交代を象徴する選挙区のひとつとなった。当選後、民主党宮城県総支部連合会副代表に就任。

環太平洋戦略的経済連携協定交渉については、石山は「党内でも全議員が賛成しているわけでない。党内の反対の旗頭となる」と反対を表明している[2]

2012年、野田佳彦内閣総理大臣消費税増税などを含む社会保障・税一体改革関連法案の提出を表明した際には、法案の内容を批判した[注釈 1]。2012年6月の消費税増税法案採決で、「復興のめどが立たない時に増税で負担が大きくなると、頑張ろうという(東日本大震災被災者の)心が砕けてしまいかねない」と造反し、反対票を投じた[3]。7月、党員資格停止2カ月の処分を受けた[4]

2012年(平成24年)の第46回衆議院議員総選挙では民主党公認で宮城4区から出馬。前回下した伊藤信太郎に敗れ、比例復活もならず落選した。

2013年3月より東北大学大学院農学研究科の研究員として勤務。東北放送ラジオのおはようワイド Goodモーニングに金曜コメンテーターの一人として出演している。[1]

主な所属していた団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 野田は「消費税の引き上げを現在の衆議院議員の任期終了後となる14年4月を予定しているため、公約違反ではありません」と述べている。j-cast2012年1月27日

外部リンク[編集]