石場駅

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石場駅
石山寺方面行ホーム側の改札口(2007年12月19日撮影)
石山寺方面行ホーム側の改札口
(2007年12月19日撮影)
いしば
ISHIBA
(びわ湖ホール前)
OT09 京阪膳所 (0.8km)
(0.5km) 島ノ関 OT11
所在地 滋賀県大津市松本二丁目15
駅番号 OT  10
所属事業者 Keihan railway logo.svg京阪電気鉄道
所属路線 石山坂本線
キロ程 5.5km(石山寺起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,515人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1913年大正2年)3月1日
前身として東海道本線(→大津線)の石場駅が1880年 - 1913年の間存在
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石場駅(いしばえき)は、滋賀県大津市松本二丁目15-6にある京阪電気鉄道石山坂本線駅番号OT10

びわ湖ホール前」の副名称がある。

歴史[編集]

  • 1913年大正2年)3月1日 - 大津電車軌道大津(現・浜大津) - 膳所(現・膳所本町)間開通と同時に開業。
  • 1927年昭和2年)1月21日 - 会社合併により琵琶湖鉄道汽船の駅となる。
  • 1929年(昭和4年)4月11日 - 会社合併により京阪電気鉄道石山坂本線の駅となる。
  • 1929年(昭和4年)5月20日 - 貨物列車の通過の震動で駅舎が倒壊し、老婆が瀕死の重傷、孫が軽傷を負う[1]
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)の駅となる。
  • 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により、改めて京阪電気鉄道の駅となる。
  • 1965年(昭和40年)9月26日 - 移設工事竣工[2]

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。ホーム有効長は2両分。互いのホームは構内踏切で連絡している。

駅舎は坂本方面行ホーム側にあり、ICカードにだけ対応している自動改札機も坂本方面行ホーム側だけに設置させているが、駅舎・自動改札機のない石山寺方面行ホーム側からも構内に入ることができ、実質的に入場時の改札は行われない。駅員は石山寺方面行ホームの横の詰所で待機しており、列車到着毎にホームに赴き集札を行う。石山寺方面行ホームにおけるPiTaPaICOCA)利用時には専用のカードリーダーにかざして出入りする。

なお、早朝と夜間は無人となり、土休日は平日よりも駅員配置時間が短い[3]

のりば[編集]

(駅舎側) 石山坂本線(下り) 浜大津坂本京都大阪方面
(反対側) 石山坂本線(上り) 京阪膳所石山寺方面

※なお、のりば番号は設定されていない。

利用状況[編集]

乗降客数
1日:3424人(2009年11月10日調べ)[4]

駅周辺[編集]

路線バス[編集]

乗り場 系統 主要経由地 行先 運行会社 備考
商工会議所前   25,湖岸線 木の下町・膳所公園 石山駅 京阪バス
近江鉄道
近江大橋線 木の下町・イオンモール草津近江大橋 草津駅西口 近江鉄道
木の下町・近江大橋口 草津駅西口 平日朝1本
  25,湖岸線,近江大橋線 県庁前・大津駅 浜大津 京阪バス
近江鉄道

その他[編集]

1880年7月15日に、東海道本線の馬場駅(現・膳所駅) - 大津駅(初代・現浜大津駅に相当)が開通した際に石場駅が存在した。その後、同区間の旅客営業の廃止(1889年)に伴い休止し、1898年に旅客営業が復活し、1913年に大津電車に引き継がれている(この区間は1909年から旅客営業全廃となる1913年までは「大津線」を名乗っていた)。石場駅は現存する私鉄駅の中では最古の歴史を持ち、5度もその所属が変わった数奇な駅である。

大津線の項も参照のこと。

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
石山坂本線
京阪膳所駅 (OT09) - 石場駅(びわ湖ホール前) (OT10) - 島ノ関駅 (OT11)

かつて存在した路線[編集]

内閣鉄道院
大津線(旅客営業廃止後は東海道本線貨物支線)
馬場駅 - 石場駅 - 紺屋関駅

脚注[編集]

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  1. ^ 大阪毎日新聞 昭和4年5月21日朝刊7面「列車の震動で停車場倒る」
  2. ^ 出典・京阪電気鉄道百周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編149頁『各駅紹介』より
  3. ^ keihan-o2.com 駅係員配置時間
  4. ^ 京阪電気鉄道百周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編104頁『駅別乗降客数の推移』より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]