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石坂洋次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
石坂 洋次郎
(いしざか ようじろう)
1956年
生誕 1900年1月25日
青森県弘前市
死没 (1986-10-07) 1986年10月7日(86歳没)
日本の旗 日本 静岡県伊東市吉田風越
墓地 多磨霊園
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 慶応義塾大学国文科
代表作若い人』(1933年 - 1937年)
『麦死なず』(1936年)
青い山脈』(1947年)
陽のあたる坂道』(1956年 - 1957年)
あいつと私』(1961年)
『光る海』(1963年)
主な受賞歴 三田文学賞(1935年)
菊池寛賞(1966年)
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石坂 洋次郎(いしざか ようじろう、1900年明治33年〉1月15日[注釈 1] - 1986年昭和61年〉10月7日)は、日本小説家[1]青森県弘前市代官町生まれ。慶應義塾大学国文科卒。『若い人』で文壇に登場。戦後は新聞小説に活躍。『青い山脈』をはじめとする青春物で、国民的な人気を博した。数多くの作品が映像化されている[2]

来歴・人物

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弘前市立朝陽小学校、青森県立弘前中学校(現在の青森県立弘前高等学校)に学び、慶應義塾大学文学部を卒業。大学時代、心酔していた郷里の作家葛西善蔵を鎌倉建長寺の境内の寓居に訪ねるも、酒に酔った葛西から故郷の踊りを強要され、さらに相撲で捻じ伏せられた上、長刀を頭の上で振り回されて幻滅と困惑を感じる。

1925年に青森県立弘前高等女学校(現在の青森県立弘前中央高等学校)に勤務。翌1926年から秋田県立横手高等女学校(現在の秋田県立横手城南高等学校)に勤務。1929年から1938年まで秋田県立横手中学校(現在の秋田県立横手高等学校)に勤務し[注釈 2]教職員生活を終える。

葛西文学への反撥から健全な文学を志し、1927年第一作となる『海を見に行く』で注目され[3]、『三田文学』に掲載した『若い人』で三田文学賞を受賞。しかし、右翼団体から圧力をうけ、教員を辞職。戦時中は陸軍報道班員として、フィリピンに派遣された。

戦後は『青い山脈』を『朝日新聞』に連載。映画化され大ブームとなり、「百万人の作家」といわれるほどの流行作家となり、多くの作品が映画・ドラマ化された。 一方で『小説新潮』1948年10月号に掲載された『石中先生行状記』は、わいせつ文書に当たるとして一旦は書類送検されるも、同年10月28日、検事と編集部が談合して書類送検が取り消される出来事もあった[4]

戦前からよく訪れていた軽井沢別荘を建て[5]、以後毎夏数ヶ月滞在し、川口松太郎井上靖水上勉吉川英治柴田錬三郎などの文壇仲間とゴルフにも興じた。1966年、「健全な常識に立ち明快な作品を書きつづけた功績」が評価されて第14回菊池寛賞を受ける。しかし石坂自身は「健全な作家」というレッテルに反撥し、受賞パーティの席上で「私は私の作品が健全で常識的であるという理由で、今回の受賞に与ったのであるが、見た目に美しいバラの花も暗いじめじめした地中に根を匍わせているように、私の作品の地盤も案外陰湿なところにありそうだ、ということである。きれいな乾いたサラサラした砂地ではどんな花も育たない」と語った。

還暦を超えてなお人気作を量産していたが、1971年にうら夫人が亡くなったことがきっかけで執筆意欲を失いだし、当時連載していた作品を最後に執筆活動から遠ざかり、以後は自身の旧作の改訂や回顧録、随筆などを時折記す悠々自適の生活に入る。1976年に朝日新聞へ隔週連載された「老いらくの記」は往年の読者を中心に反響を呼び、健在ぶりを示す。翌1977年には戦時中に執筆しながら連載途中で中絶していたフィリピン従軍記「マヨンの煙」に未発表原稿を加え、綿密な校訂を経て出版。30余年ぶりに陽の目を浴びせた。

1978年頃から認知症の症状が徐々に出始め、1980年ごろには徘徊や親族の顔の認識すら出来ない状態になっていたという。さらには肥満が原因による心臓肥大高血圧の症状など体調は悪化の一途を辿り、1982年には医師から余命半年の宣告が下る。それを受けて、せめて僅かな月日を穏やかに過ごさせたいという家族の想いから、長年住み慣れた田園調布の地を離れ、伊東市へ転居する。移転費用や生活費は自宅の売却や印税収入で賄い、家族に金銭的な面倒は掛けたくないとする健康だった頃の本人の意思に沿う形となった。転居後は体調も安定し、時折詩を書くなど、家族の想いをまさに汲んだように穏やかな月日を送ったという。1986年に老衰硬膜下出血)のため伊東市の自宅で死去。死の直前には「これでよし」と呟いた、自他共に納得の大往生だった。戒名は一乗院隆誉洋潤居士[6]。墓所は多磨霊園(21区1種1側1番)。

石坂の老衰については、出版関係者内では密かに囁かれていたが、公にはなっていなかった。1982年にゴルフ仲間であった作家丹羽文雄が随筆に具体的なエピソードを交えて綴ったことで一般へも知られることとなった。

横手城址の文学碑には、横手中学(現横手高)の国語教師をしながら書き続けた『若い人』の一節、【小さな完成よりもあなたの孕んでいる未完成の方がはるかに大きなものがあることを忘れてはならないと思う】が刻まれている。戦後、むのたけじが横手町(当時)で創刊した「たいまつ」第一号(1948年2月2日)に、石坂は「東北の人々へ」を寄稿した。冒頭では「私がいつも地方の人達に希みたいと思ってることは民主主義といふものを自分達の日常生活の営みの中で把握してもらひたいといふことだ」と書かれている。

代表作

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妻・うらとともに(1954年)

ほか[7] [8]

受賞歴

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著書

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翻訳

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作品集

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アンソロジー

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  • 『比島戦記』文芸春秋社 1943年 000000666369 「一月十三日」収録
  • 『比島風土記』小山書店 1943年 000000669136 「比島土産話」収録
  • 『ゴルフ随筆』中央公論社 1956年 000000946845 エッセイ「わが肉體史」収録
  • 『青春記』修道社 1956年 000000957299 エッセイ「プラスとマイナス」収録
  • 『一年のどうわ』実業之日本社 1960年 000000810364 「でんわ」収録

メディアミックス

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テレビドラマ

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  • 山のかなたに(1966年、日本テレビ)[9]
  • 雨の中に消えて(1966年、日本テレビ)[10]
  • ある日わたしは(1967年、日本テレビ)[11]
  • 颱風とざくろ(1968年、日本テレビ)[12]
  • 若い川の流れ(1968年、日本テレビ)[13]
  • あいつの季節(1969年、TBS)[14]

映画

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  • 若い人(1937年、東宝映画)[15]
    • 若い人(1952年、東宝)[16]
    • 若い人(1962年、日活)[17]
    • 若い人(1977年、東宝)[18]
  • まごころ(1939年、東宝映画)[19]
  • 暁の合唱(1941年、松竹)[20]
    • 暁の合唱(1955年、大映東京)[21]
    • 暁の合唱(1963年、東宝)[22]
  • 獨眼龍政宗(1942年、大映)[23]
  • 馬車物語(1948年、新東宝)[24]
  • 青い山脈(1949年、東宝)[25]
    • 青い山脈(1957年、東宝)[26]
    • 青い山脈(1963年、日活)[27]
    • 青い山脈(1975年、東宝)[28]
    • 青い山脈'88(1988年、松竹)[29]
  • 續青い山脈(1949年、東宝)[30]
    • 続青い山脈(1957年、東宝)[31]
  • 女の顔(1949年、太泉スタジオ)[32]
  • 石中先生行状記(1950年、新東宝)[33]
    • 石中先生行状記(1966年、東宝)[34]
  • 山の彼方に(1950年、新東宝)[35]
    • 山のかなたに(1960年、東宝)[36]
  • 美しい暦(1951年、松竹)[37]
  • 戦後派お化け大会(1951年、新東宝)[38]
  • 若い娘たち(1951年、東宝)[39]
    • 若い娘たち(1958年、東宝)[40]
  • 青春会議(1952年、東宝)[41]
  • 丘は花ざかり(1952年、東宝)[42]
    • 丘は花ざかり(1963年、日活)[43]
  • 思春の泉(1953年、新東宝)[44]
  • 石中先生行状記 青春無銭旅行(1954年、新東宝)[45]
  • 真実の愛情を求めて 何処へ(1954年、松竹大船)[46]
    • 何処へ(1964年、日活)[47]
    • 何処へ(1966年、東宝)[48]
  • くちづけ(1955年、東宝)[49]
    • 青いくちづけ(1965年、大映)[50]
  • 白い橋(1956年、松竹大船)[51]
  • 乳母車(1956年、日活)[52]
  • 青い芽(1956年、東宝)[53]
  • 愛情(1956年、日活)[54]
  • チエミの婦人靴(1956年、東宝)[55]
  • 憎いもの(1957年、東宝)[56]
  • 青春の抗議(1957年、日活)[57]
  • 山と川のある町(1957年、東宝)[58]
  • 危険な年齢(1957年、日活)[59]
  • 陽のあたる坂道(1958年、日活)[60]
    • 陽のあたる坂道(1967年、日活)[61]
    • 陽のあたる坂道(1975年、東宝)[62]
  • 若い素顔(1959年、松竹大船)[63]
  • 若い川の流れ(1959年、日活)[64]
  • すずかけの散歩道(1959年、東宝)[65]
  • ある日わたしは(1959年、東宝)[66]
  • あじさいの歌(1960年、日活)[67]
  • 草を刈る娘(1961年、日活)[68]
  • 少女(1961年、日活)[69]
  • 花と娘と白い道(1961年、日活)[70]
  • この若さある限り(1961年、日活)[71]
  • あいつと私(1961年、日活)[72]
    • あいつと私(1976年、東宝)[73]
  • 赤い蕾と白い花(1962年、日活)[74]
  • 河のほとりで(1962年、東宝)[75]
  • 美しい暦(1963年、日活)[76]
  • 光る海(1963年、日活)[77]
  • 雨の中に消えて(1963年、日活)[78]
  • 風と樹と空と(1964年、日活)[79]
  • 青い性(1964年、大映)[80]
  • 十七才は一度だけ(1964年、大映)[81]
  • こんにちわ20才(1964年、日活)[82]
  • 悲しき別れの歌(1965年、日活)[83]
  • 水で書かれた物語(1965年、日活)[84]
  • 若い娘がいっぱい(1966年、東宝)[85]
  • 颱風とざくろ(1967年、東宝)[86]
  • 北国の旅情(1967年、日活)[87]
  • 続・何処へ(1967年、東宝)[88]
  • 青春の海(1967年、日活)[89]
  • 花と果実(1967年、日活)[90]
  • だれの椅子?(1968年、日活)[91]
  • 花ひらく娘たち(1969年、日活)[92]

脚注

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注釈

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  1. 戸籍のうえでは7月25日生まれになっているが、実際は1月15日生まれ。
  2. 横手中学でのあだ名は、か細かったことから「夜蚊(ヨカ)」。3〜5年生時に石坂から国語と作文を教わったむのたけじは、石坂が醸し出す雰囲気について「教室で人を解放させるようなあたたかなムードを持ち、空気のように包まれる感じであった」と回想している。例えば、前から成績の悪い順に着席していた当時の教室で、授業中教師と目を合わせないようにうつむいていた前列の者たちが、石坂の授業においては「あててくれ」といわんばかりに顔を上げるようになり、教室の風通しがよくなったと感じたとのこと。また、英語の試験官をしていた石坂が、答のわからない生徒たちに聞かせるかのように窓の外に向かって解答をつぶやくのを数度目撃したそうである。(読売新聞秋田版、2008年9月10日、『あの日 X年前 - 82年前、1926年』)。

出典

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  1. 森英一石坂洋次郎」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館コトバンク。2022年5月11日閲覧。
  2. 「青い山脈」「陽のあたる坂道」など小説家・石坂洋次郎の原作映画23本を上映”. ナタリー. ナターシャ (2018年7月5日). 2026年7月6日閲覧。
  3. 上田正昭ほか監修 著、三省堂編修所 編『コンサイス日本人名事典 第5版』三省堂、2009年、99頁。
  4. 世相風俗観察会『増補新版 現代世相風俗史年表 昭和20年(1945)-平成20年(2008)』河出書房新社、2003年11月7日、26頁。ISBN 9784309225043
  5. 石坂洋次郎 著、学習研究社 編『石坂洋次郎』三省堂、1973年、235頁。
  6. 岩井寛『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)29頁
  7. Amazon.co/jp(石坂洋次郎)
  8. 横手市観光ガイド(石坂洋次郎記念文学館)[リンク切れ]
  9. 山のかなたに”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年7月6日閲覧。
  10. 雨の中に消えて”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年7月6日閲覧。
  11. ある日わたしは”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年7月6日閲覧。
  12. 颱風とざくろ”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年7月6日閲覧。
  13. 若い川の流れ”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年7月6日閲覧。
  14. あいつの季節”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年7月6日閲覧。
  15. 若い人(1937)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  16. 若い人(1952)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  17. 若い人(1962)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  18. 若い人(1977)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  19. まごころ(1939)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  20. 暁の合唱(1941)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  21. 暁の合唱(1955)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  22. 暁の合唱(1963)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  23. 獨眼龍政宗(1942)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  24. 馬車物語”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  25. 青い山脈(1949)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  26. 青い山脈(1957)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  27. 青い山脈(1963)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  28. 青い山脈(1975)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  29. 青い山脈'88”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  30. 續 青い山脈(1949)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  31. 続 青い山脈(1957)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  32. 女の顔(1949)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  33. 石中先生行状記(1950)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  34. 石中先生行状記(1966)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  35. 山の彼方に(1950)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  36. 山のかなたに 第一部林檎の頬 第二部魚の接吻”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  37. 美しい暦(1951)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  38. 戦後派お化け大会”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  39. 若い娘たち(1951)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  40. 若い娘たち(1958)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  41. 青春会議”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  42. 丘は花ざかり(1952)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  43. 丘は花ざかり(1963)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  44. 思春の泉”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  45. 石中先生行状記 青春無銭旅行”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  46. 真実の愛情を求めて 何処へ”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  47. 何処へ(1964)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  48. 何処へ(1966)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  49. くちづけ(1955)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  50. 青いくちづけ”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  51. 白い橋”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  52. 乳母車”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  53. 青い芽”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  54. 愛情”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
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  56. 憎いもの”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  57. 青春の抗議(1957)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  58. 山と川のある町”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  59. 危険な年齢”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  60. 陽のあたる坂道(1958)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  61. 陽のあたる坂道(1967)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  62. 陽のあたる坂道(1975)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  63. 若い素顔”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  64. 若い川の流れ”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  65. すずかけの散歩道”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  66. ある日わたしは”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  67. あじさいの歌”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  68. 草を刈る娘”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  69. 少女(1961)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  70. 花と娘と白い道”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  71. この若さある限り”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  72. あいつと私(1961)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  73. あいつと私(1976)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  74. 赤い蕾と白い花”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  75. 河のほとりで”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  76. 美しい暦(1963)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  77. 光る海”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  78. 雨の中に消えて”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  79. 風と樹と空と”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  80. 青い性(1964)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  81. 十七才は一度だけ”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  82. こんにちわ20才”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  83. 悲しき別れの歌”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  84. 水で書かれた物語”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  85. 若い娘がいっぱい”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  86. 颱風とざくろ”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  87. 北国の旅情”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  88. 続・何処へ”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  89. 青春の海(1967)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  90. 花と果実”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  91. だれの椅子?”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。
  92. 花ひらく娘たち”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年7月6日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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