石原昌家

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石原 昌家(いしはら まさいえ、1941年 - )は、日本の社会学者。沖縄国際大学名誉教授[1]台湾出身。

経歴[編集]

台湾宜蘭市生まれ。戦後、沖縄県首里に戻る。大阪外国語大学大阪市立大学大学院を経て、沖縄国際大学で教鞭をとる。そのかたわら、沖縄返還後は戦跡のガイドも務める。

著書[編集]

  • 『虐殺の島―皇軍と臣民の末路』(晩声社、1978年)
  • 『うまんちゅぬすくぢから―アメリカのカイザー資本・琉球セメントと闘った民衆の記録』(晩声社、1979年)
  • 『大密貿易の時代―占領初期沖縄の民衆生活』(晩声社、1982年)
  • 『証言・沖縄戦―戦場の光景』(青木書店、1984年)
  • 『沖縄県知事の代理署名拒否裁判―共に考え・行動した記録』(編纂、沖縄から平和を創る市民大学人の会、1999年)
  • 『空白の沖縄社会史―戦果と密貿易の時代』(晩聲社、2000年)
  • 『沖縄の旅・アブチラガマと轟の壕―国内が戦場になったとき』(集英社、2000年)
  • 『争点・沖縄戦の記憶』(共著、社会評論社、2002年)
  • 『オキナワを平和学する!』(共著、法律文化社、2005年)

エピソード[編集]

次女が洗足学園音楽大学在学中の恩師が音楽家の寺島尚彦で、その縁で「さとうきび畑」が沖縄でも知られるようになった。

脚注[編集]

  1. ^ 名誉教授称号記授与が行われました。”. 2014年9月6日閲覧。