石原信市郎

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石原 信市郎(いしはら しんいちろう、1967年1月19日 - )は日本政治家

福島県議会議員(2期)、福島市議会議員を務めた。

曽祖父は元衆議院議員の井上孝哉、祖父は元福島県知事である石原幹市郎、父は元衆議院議員・参議院議員の石原健太郎、弟は元衆議院議員の石原洋三郎

 略歴 [編集]

  • 昭和42年 福島県福島市に生まれる
  • 昭和60年 学校法人電気学園福島高等学校(現松韻学園福島高等学校)卒業
  • 平成 2年 東洋大学社会学部卒業
  • 平成 7年 福島市議会議員(自由民主党→無所属)
  • 平成11年 福島市議会議員(無所属→自由党)
  • 平成15年 自由党福島県第1総支部長
  • 平成15年 民主党福島県第1区総支部長
  • 平成19年 福島県議会議員

東洋大学卒業後、民間企業に入社、その後議員秘書を経て、福島市議会議員。自由党入りした父である石原健太郎に従い自由党に入党。福島市議会議員時代、小沢一郎が主宰する小沢一郎政治塾の塾生となる。2002年、石原健太郎が引退を表明したため、次期衆議院議員選挙で自由党公認で福島県第1区から出馬を表明。翌年、民由合併が行われたが民主党の公認が内定していた金子恵美との候補者調整を世論調査で行い、民主党からの公認を得る。しかし、旧民主党との足並みがそろわず落選。2005年のいわゆる小泉旋風が席捲した第44回衆議院議員総選挙でも落選。落選後、内規により公認を失うが、実弟の石原洋三郎が引き続き総支部長として衆議院議員総選挙に挑戦し、第45回衆議院議員総選挙で初当選を果たす。福島県第一区は自由党、民主党を通じ、4回連続で石原一族を公認したことになる。

2007年、福島県議会議員選挙に出馬し、当選を果たす。2015年の福島県議会選挙には出馬せず引退。

衆議院議員選挙[編集]

2003年総選挙[編集]

自民党現職の佐藤剛男無所属の会新人の亀岡偉民、民主党新人の石原信市郎、共産党新人の山田裕の4人の争いとなる。選挙前の評価では無所属の会所属の亀岡偉民有利との声もあったが、現職の佐藤剛男が98,896票を獲得し当選。石原信市郎は72,076票の得票にとどまり次次点であった。

2005年総選挙[編集]

いわゆる郵政選挙だが、福島1区においては自民党現職の佐藤剛男と無所属の会所属の新人亀岡偉民の間でコスタリカが成立、亀岡偉民は自民党から小選挙、佐藤剛男は比例単独候補としてそれぞれ出馬が決定する。全国的な流れに連動し、またコスタリカが成功したため亀岡偉民が171,507票という大量得票で当選。民主党新人の石原信市郎は109,795票で次点となる。共産党新人の山田裕は20,412票と逆風の中票をのばした。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]