矢橋浩吉

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矢橋 浩吉(やばし こうきち 1919年 - 2016年10月6日[1])は、昭和期の実業家。元揖斐川電気工業(現・イビデン社長愛知県名古屋市出身。旧制名古屋高等商業学校卒。

旧姓は亀山[2]。時期は不明だが、矢橋家(大垣市赤坂町の旧家[3])に婿入りしている。

在任中はプリント配線板セラミックスといった事業を育て、今日のイビデンの主力事業の礎を築いた。その一方、オイルショック等の影響で業績が悪化したため、1976年に緊急合理化対策を発表し、大量の人員整理等を行った。さらに事業の分社化を行い、イビデン電子工業、イビデングラファイト、イビデン計算センター(現・タック)、イビデン興産)などを設立した。

経歴[編集]

  • 1946年 - 揖斐川電気工業(現・イビデン)入社。
  • 1951年 - 取締役就任。
  • 1969年 - 常務取締役就任。
  • 1973年 - 社長の須崎潔が在任中の8月15日に死去したことにより、9月12日に代表取締役社長に就任。
  • 1981年6月 - 常務取締役会長に就任。
  • 1991年6月 - 相談役就任。
  • 2016年10月6日 - 心不全により死去。97歳没。

脚注[編集]

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  1. ^ イビデン株式会社 PRESS RELEASE
  2. ^ 『人事興信録』第37版、1993年2月発行
  3. ^ 岐阜財界人列伝 矢橋家の人々 岐阜新聞、2013年8月20日

参考文献[編集]

  • 『イビデン70年史』 イビデン株式会社社史編集室編、イビデン、1982年