真福寺 (秩父市)

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真福寺
Chichibu 02 Shinpuku-ji 201903.jpg
観音堂
所在地 埼玉県秩父市山田3095番地
位置 北緯36度0分52.2秒 東経139度7分52.4秒 / 北緯36.014500度 東経139.131222度 / 36.014500; 139.131222 (真福寺)座標: 北緯36度0分52.2秒 東経139度7分52.4秒 / 北緯36.014500度 東経139.131222度 / 36.014500; 139.131222 (真福寺)
山号 大棚山
宗派 曹洞宗
本尊 聖観世音菩薩
開山 大棚禅師
札所等 秩父三十四箇所 第二番
真福寺の位置(埼玉県内)
真福寺
真福寺
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真福寺(しんぷくじ)は埼玉県秩父市にある曹洞宗の寺、山号は大棚山と号する[1]秩父三十四箇所の第二番札所であり、また、秩父市の史跡に指定されている[2]。なお、1860年万延元年)の火事で大伽藍を焼失したため現在は高台に観音堂が建つだけの無住の寺で、納経や御朱印などは麓の光明寺で行っている[3][4]

歴史[編集]

『観音霊験記』によると、大棚禅師が一人の老婆の供養のために建立したものである。老婆は岩屋に籠って参禅している禅師の前にひざまずき、過去の罪業を懺悔し朝夕香華を供え仏道に帰依したが、ある日、一本の竹の杖を残して忽然と姿を消していた。これを哀れんだ禅師が供養のために堂を建てたのが始まりである。[4][3]

長享年間(1487年~1489年)の水害で秩父三十三箇所から外されたが、信者からの復活要望で室町時代後期に34ヶ所目の札所となった。また、これにより、西国三十三箇所坂東三十三箇所に秩父三十四箇所を合わせて百観音霊場となっている[1][3]。当初は現在「古堂」と呼ぱれるところに奉祀されており、その後、江戸時代の初期に高篠山の中腹の現在地に移って諸堂のある大伽藍を構えていたが1860年万延元年)の火災により焼失した[1][3]。現在の観音堂は1908年(明治41年)に再建されたもので、入母屋造銅葺屋根、三間四面の構造である[1][4]

文化財[編集]

聖観音立像
当時の本尊。一木造り(高さ64cm)で室町時代の作。1860年の火災の際も無事救い出されている。[1][3]

交通[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]