真田信治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

真田 信治(さなだ しんじ、1946年2月24日 - )は、日本日本語学者大阪大学名誉教授文学博士(大阪大学、1990年[1]。専門は社会言語学・方言学・接触言語学。

経歴[編集]

1946年(昭和21年)、富山県上平村(現・南砺市)に生まれる。1964年(昭和39年)、富山県立砺波高等学校卒業。1968年(昭和43年)、金沢大学教育学部卒業。1970年(昭和45年)、東北大学大学院文学研究科国語学専攻修士課程修了1972年(昭和47年)、同博士課程退学。

椙山女学園大学専任講師国立国語研究所研究員などを経て、1993年平成5年)、大阪大学文学部教授1999年(平成11年)、大阪大学大学院文学研究科教授(日本語学担当)。2005年(平成17年)、東呉大学台湾)客員教授。2009年(平成21年)、大阪大学名誉教授、奈良大学文学部教授。

この間、日本語学会理事、博報財団日本語海外研究者招聘事業審査委員会委員長、新村出記念財団監事、奈良大学文学部長・大学院文学研究科長なども務める。

研究[編集]

1982年(昭和57年)、柴田武とともに『日本における社会言語学の動向』を著し、日本における社会言語学の研究分野は「方法論言語変種言語生活言語行動言語接触言語変化言語意識言語習得言語計画」の9領域に分類できるとし、日本における社会言語学研究の基礎を築いた。

日本語の様々な言語変異(地理的バリエーション、社会的バリエーション、機能的バリエーション)を研究テーマとしている。大学院時代から言語地理学に取り組み、北陸をはじめ日本各地の伝統方言の存在のあり方を研究してきた。一方で、方言の変化を鋭く捉えて「ネオ方言」という新たな方言概念を提唱した。「ネオ方言」とは地域の新しい方言スタイルで、地域回帰への象徴であると指摘した。早くから接触言語学の事例研究に取り組んできたと言える。また近年の日本社会での多言語化現象をめぐる研究に関心を寄せ、在日韓国・朝鮮人についての研究に力を注いだ。さらに、ミクロネシア台湾韓国・中国東北部・サハリンなどを歩き、戦前・戦中に越境した日本語に関する研究に従事した。台湾東部の宜蘭県に住むタイヤル族が用いるタイヤル語と日本語の接触によって生まれた言語変種の存在を台湾国立東華大学の簡月真とともに学界に初めて発表し、「宜蘭クレオール(Yilan Creole)」と名づけてその研究調査を続けている。

受賞歴[編集]

  • 金田一京助博士記念賞 - 第18回、1990年(『地域言語の社会言語学的研究』に対して)
  • とやま賞受賞 - 1991年度、学術研究部門(社会言語学)(方言の社会言語学的研究に対して)

主要著書[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]