相澤病院

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Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 相澤病院
相澤病院外観
相澤病院外観
情報
正式名称 社会医療法人財団慈泉会 相澤病院
英語名称 Aizawa Hospital
前身 相澤医院
標榜診療科 内科、呼吸器内科、消化器内科、循環器内科、小児科、リウマチ科、眼科、外科、整形外科、形成外科、脳神経外科、泌尿器科、産婦人科、耳鼻いんこう科、リハビリテーション科、麻酔科、歯科口腔外科、腫瘍精神科、心臓血管外科、小児外科、精神科、神経内科、皮膚科、糖尿病内科、腎臓内科、内視鏡内科、人工透析内科、疼痛緩和内科、呼吸器外科、消化器外科、乳腺外科、気管食道外科、放射線診断科、放射線治療科、病理診断科、臨床検査科、救急科
許可病床数

460床


一般病床:460床
機能評価 一般病院2(500床以上)(主たる機能):3rdG:Ver.1.0〜
付加機能評価(救急医療機能)
開設者 社会医療法人財団慈泉会
管理者 田内克典(院長)
開設年月日 1908年1月10日
所在地
390-8510
長野県松本市本庄二丁目5番1号
位置 北緯36度13分36秒
東経137度58分24秒
二次医療圏 松本
PJ 医療機関
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相澤病院陽子線治療センター

社会医療法人財団慈泉会 相澤病院(しゃかいいりょうほうじんざいだんじせんかい あいざわびょういん)は、長野県松本市本庄にある医療機関社会医療法人財団慈泉会が運営する病院である。長野県初の地域医療支援病院中信地方救急指定病院である。

沿革と特徴[編集]

起源は1908年の相澤医院創設に遡る。2001年地域医療支援病院として県内初めての承認を受けた。民間病院としては全国で3番目の認定。財団法人日本医療機能評価機構認定病院で、中信地方の民間病院としては最大規模の医療機関である。理事長は相澤孝夫、院長は田内克典。

小説「神様のカルテ」のモデルとなった病院と言われている。[1]

2012年9月、がんの先進医療である陽子線によるがん治療を行う新施設「陽子線治療センター」を、甲信地区の医療機関として初めて導入した。東京都に本社を持つ住友重機械工業が装置を小型化、世界初となる上下配置方式を採用した。装置の小型化により総事業費は従来よりコストを抑えた約50億円。現在は診療を開始に向けた準備を進めている。長野県内全域のほか山梨県、などからもがん患者の受け入れを充実させるといい、[2]2014年5月1日より一部診療が開始され、同年9月より1日10名を上限として自由診療が開始される(下記公式サイトより)

2015年12月、JCI(国際病院評価機構)の認証を更新[3]

年表[編集]

所属スタッフ[編集]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 著者の夏川 草介氏は相澤病院に勤務していた経歴があり、小説の随所に実際の病院の描写(小説の「本庄病院」は本病院の地名が由来)が描かれている。[1]
  2. ^ 先進がん治療の拠点 松本の相沢病院「陽子線治療センター」完成[リンク切れ]長野日報2012年9月28日付)
  3. ^ 相澤病院がJCIの認証を更新

関連項目[編集]

外部リンク[編集]