皇達也

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すめらぎ たつや
皇 達也
生年月日 1941年5月4日
没年月日 (2021-03-20) 2021年3月20日(79歳没)
出身地 広島県
国籍 日本の旗 日本
学歴 慶應義塾大学文学部
職業 テレビプロデューサー
実業家
所属 ジャパン・コンテンツ・コンサルティング
活動期間 1964年 - 2021年
皇至道

皇 達也(すめらぎ たつや、1941年5月4日 - 2021年3月20日[1])は、日本テレビプロデューサー。ジャパン・コンテンツ・コンサルティング代表取締役社長[1][2]

テレビ朝日にて事業局長、取締役制作局長[1]を歴任後、テレビ朝日サービス代表取締役社長を務めた。テレ朝の天皇の異名で知られた[2]

父は元広島大学学長で教育学者の皇至道。叔父も東北大学名誉教授で、玉川大学文学部長を務めた教育学者の皇晃之[3]

来歴・人物[編集]

広島県出身。広島大学附属中学校・高等学校慶應義塾大学文学部卒業[3]。慶應在学中からNETテレビ(日本教育テレビ。後のテレビ朝日)でアルバイトをしており、卒業後正式に入社。

ドラマスタッフを経てバラエティ番組担当となり、人気番組を手がける看板プロデューサーとして活躍。映画、演劇、新聞といったあらゆるジャンルから集まって、テレビという怪物に立ち向かった先輩たちを"テレビ第一世代"と名付け、自らを純粋テレビ育ちの"テレビ第二世代"を自認していた[3]

「外部との交際が上手くない」と言われたテレビ朝日の社風を破り、プロダクションレコード会社、他局の同業者と交際を広げた[3]。その積極姿勢が実り、萩本欽一タモリ武田鉄矢ビートたけしなど、当代のテレビスターの中でも最もテレビ的なタレントを掌中に収め[3]、同時期に報道番組のプロデューサーとして活躍していた小田久栄門とともに「テレ朝の天皇」の異名を奉られた。

1999年に取締役に昇進。その後、子会社・テレビ朝日サービスの社長[2]、顧問を経て、ジャパン・コンテンツ・コンサルティング社長を歴任[2]。一般社団法人日本美術アカデミー理事。Friends of the United Nations One Woman Campaign委員会特別顧問。株式会社北斎プロジェクト代表取締役会長。東京ガールズコレクション実行委員会特別顧問。東京メトロポリタンテレビジョン株式会社コンテンツアドバイザー。リブ・フォー・ライフ美奈子基金の理事長を務めていた。

2021年3月20日午前、入院先の東京都内の病院で誤嚥性肺炎のため死去。79歳没[1]

略歴[編集]

  • 1964年昭和39年)4月、日本教育テレビ入社[4]
  • 1993年平成5年)10月、スポーツ局長就任。
  • 1996年(平成8年)2月、事業局長就任。
  • 1997年(平成9年)6月、制作局長就任。
  • 1998年(平成10年)9月、編成・制作副本部長、制作局長就任。
  • 1999年(平成11年)6月、取締役編成・制作本部制作局長就任[1]
  • 2000年(平成12年)2月、編成本部副本部長就任。
  • 2001年(平成13年)6月、顧問、テレビ朝日サービス代表取締役社長就任[2]
  • 2003年(平成15年)6月、東映社外監査役就任。
  • 2006年(平成18年)6月、テレビ朝日サービス特別顧問就任。
  • 2006年(平成18年)8月、株式会社ジャパン・コンテンツ・コンサルティング代表取締役社長就任[2]
  • 2010年(平成22年)6月29日、東映株式会社監査役退任[5]
  • 2021年(令和3年)3月20日、死去[1]

担当した番組[編集]

レギュラー番組[編集]

スペシャル番組[編集]

映画[編集]

その他[編集]

皇の元で育ったスタッフ[編集]

()内は現在の肩書

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g “皇達也さん死去 79歳、テレ朝「欽どこ」などのヒット番組手掛ける”. Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. (2021年3月22日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/03/22/kiji/20210322s00041000005000c.html 2021年3月22日閲覧。 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l “「欽どこ」などプロデュース皇達也さん死去 79歳”. nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. (2021年3月19日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202103210000260.html 2021年3月21日閲覧。 
  3. ^ a b c d e 伊東弘祐『ブラウン管の仕掛人たち―テレビ最前線・現代プロデューサー事情』日之出出版、1983年、53-60頁
  4. ^ 東映株式会社 第86期 有価証券報告書
  5. ^ 東映株式会社 第88期定期株主総会招集ご通知
  6. ^ 石塚千明が語る 怪物ランド・サーガ・エピソード4

参考文献[編集]

  • 伊東弘祐『ブラウン管の仕掛人たち―テレビ最前線・現代プロデューサー事情』日之出出版、1983年、53-60頁