白石 (東秩父村)

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白石
定峰峠。写真奥が白石。
定峰峠。写真奥が白石。
白石の位置(埼玉県内)
白石
白石
白石の位置
北緯36度1分4.37秒 東経139度10分19.93秒 / 北緯36.0178806度 東経139.1722028度 / 36.0178806; 139.1722028
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Saitama Prefecture.svg 埼玉県
秩父郡
市町村 東秩父村
標高
344m (1,129ft)
人口
2015年(平成27年)10月1日現在)[1]
 • 合計 112人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
030-0914[2]
市外局番 0493[3]
ナンバープレート 熊谷
※座標・標高は白石農村センター付近のもの

白石(しろいし)は、埼玉県秩父郡東秩父村大字[4]郵便番号は355-0377(小川郵便局管区)[2]

地理[編集]

東秩父村南部に位置する[4]。北で皆谷、北東で御堂、東で比企郡小川町腰越、南東で比企郡ときがわ町大野、西で秩父市定峰皆野町三沢と隣接する。小字として元槻川・本皆戸・白石・細山が挙げられる。槻川最上流域にあたる山村であり、谷あいに民家が点在する[4]。白石南部の皆野町と東秩父村の村界にあたる定峰峠には2000本の並木が植えられ、観光地化が進んでいる[4]

河川[編集]

山岳[編集]

歴史[編集]

縄文時代の住居跡及び平安時代の寺院跡である堂平遺跡、平安時代の寺院跡・シャクデン寺跡が残る[4]。平安時代に成立した[5]玉川領武光荘に属したと言われる[4]。『新編武州文書』によれば戦国時代には鉢形城秩父曲輪の掃除・営繕を命じられたことが天正14年3月13日北条氏邦書に「拾間 白石」とあり、この「白石」が白石村の在地領主であるとみられている[4]徳川家康江戸入城後は、江戸期を通じて江戸幕府の直轄領である天領だった[4]。『武蔵田園簿』によりば村高は22石余、ほかに紙舟役125[4]。「元禄郷帳」では95石余とされる[4]。『旧高旧領取調帳』では秩父郡代・木村飛騨守支配として95石余が計上されている。 白石村は分水嶺の東側にあるが秩父郡の郡管に属する外秩父十五ヶ村のひとつに数えられている[6]明治時代に入って1884年明治17年)には連合戸長役場制により、白石村は皆谷村坂本村大内沢村と共に秩父郡坂本村連合戸長役場区域に属した[7]。後の1889年明治22年)4月1日町村制施行に伴いこの秩父郡坂本村連合戸長役場区域の4ヶ村は合併して槻川村となり白石村は槻川村の大字白石となった[4]。戦後の1956年昭和31年)には槻川村が大河原村と合併し東秩父村を新設、東秩父村の大字となった[4]1947年(昭和22年)のキャサリン台風では大きな被害を受け、またしばしば凍霜害雹害を受けた[4]

地名の由来[編集]

白色の石が多くみられることに由来する[4]

沿革[編集]

世帯数と人口[編集]

2015年(平成27年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
白石 32世帯 112人

交通[編集]

鉄道[編集]

地内に鉄道は引かれていない。バス路線を使って小川町駅が利用できる。

バス[編集]

道路[編集]

施設[編集]

  • 東秩父村立西小学校白石分校
  • 白石農村センター
  • 長慶寺 - 曹洞宗の寺院[4]
  • 馬頭観世音
  • 薬師堂
  • 東秩父村西簡易水道浄水場(白石浄水場)
  • 白石観光農園村キャンプ場

祭事[編集]

毎年五月初丑の日に神送りと呼ばれる厄除けの行事が行われる[4][8]。各集落の年番3人、神主子供10人余が参加して村に災いをもたらす邪霊を村外に追い払う[8]。竹製の神輿と「鳴神を送るぞ、厄病神を送るぞ』と書かれた小旗を押し立てて村境で川に捨てる[8]。この際に村境に長さ40センチほどの大わらじを提げる[8]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat)”. 総務省統計局 (2017年5月30日). 2017年9月10日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月27日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1987年7月再版、,P483、PP1320-1323。
  5. ^ 西村敏也『秩父武甲山に関する一考察─狼信仰とヤマトタケルの由緒─』、武蔵大学総合研究所「武蔵大学総合研究所紀要 (19)」所収、PP207-224、2009年 {{{1}}} (PDF) 、2011-08-05閲覧。
  6. ^ 吉田東伍『増補大日本地名辞書 第六巻 坂東』冨山房、1970年6月増補(1903年10月初版)PP470-472。
  7. ^ 『埼玉大百科事典 第3巻』、埼玉新聞社、1974年11月、P398。
  8. ^ a b c d 『埼玉大百科事典 第3巻』、埼玉新聞社、1974年11月、P96。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]