白村明弘
| 北海道日本ハムファイターズ #43 | |
|---|---|
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投手時代の2017年6月17日、明治神宮野球場にて | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 岐阜県美濃加茂市 |
| 生年月日 | 1991年12月11日(27歳) |
| 身長 体重 |
187 cm 87 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2013年 ドラフト6位 |
| 初出場 | 2014年6月27日 |
| 年俸 | 1,850万円(2019年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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白村 明弘(はくむら あきひろ、1991年12月11日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属する岐阜県美濃加茂市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。
日本ハムには2014年に投手として入団したが、2019年の春季キャンプ中に外野手に転向した[2]。愛称は「はくむー」。
目次
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
実父の信幸は日本体育大学硬式野球部のOBで、美濃加茂中学校の軟式野球部監督[3]。明弘自身は美濃加茂市立東中学校へ進学すると、岐阜ビクトリーズに所属した。同チームでは、中学3年時の夏まで外野手や遊撃手としてプレー。後に投手へ転向したが、ストレートは当時から139km/hを計測していた[4]。
中学校からの卒業後に、神奈川県の慶應義塾高等学校へ進学。進学の直後から対外試合でベンチ入りを果たすと、1年生ながらストレートで最速142km/hを記録した。2年時の春からは、3季連続で阪神甲子園球場の全国大会へ出場。ただし、2年春(第80回選抜高等学校野球大会)と2年夏(第90回全国高等学校野球選手権記念大会)では、同球場のマウンドに立てなかった。3年春の第81回選抜高等学校野球大会でようやく甲子園のマウンドを踏んだが、開星高等学校との1回戦で敗退。6月に腰を痛めたものの、翌月の選手権神奈川大会では、桐蔭学園高等学校との3回戦をNPB・MLB合わせて13球団のスカウトが視察するほど注目された。この試合ではストレートで148km/hを計測したが、完投しながら1 - 3というスコアで敗戦[5]。チームが初めて出場した秋の明治神宮野球大会では投打で高校の部での優勝に貢献した[6]ものの、高校から直接のプロ入りまでには至らず、系列校の慶應義塾大学へ進んだ。
大学時代には、入学の直後に右肩を痛めながらも、1年時の秋から東京六大学野球のリーグ戦に登板。クローザーとして、ストレートで最速153km/hを記録した。2年時にはセットアッパーとして活躍。春季リーグ戦での優勝によって出場した全日本大学野球選手権大会では、先発登板も経験している。しかし、「(当時生活していた硬式野球部の合宿所で)チームの規律を乱す行動があった」[7]という理由で、2年時の秋季リーグ戦期間中にNPB経験者の江藤省三監督から自主休部を勧告される。3年時の7月末まで、10ヶ月もの謹慎を余儀なくされた[8]。謹慎が明けた3年時の秋季リーグ戦では、通算投球イニング47回2/3で、4勝2敗、防御率2.45、リーグ最多の51奪三振をマーク。4年時に調子を落としたものの、在学中にはリーグ戦39試合の登板で、12勝11敗、防御率2.92を記録した。
2013年のNPBドラフト会議で、投手として北海道日本ハムファイターズから6巡目で指名。契約金3,000万円、年俸750万円(金額は推定)という条件で入団した。
日本ハム時代[編集]
2014年には、公式戦を二軍でスタート。イースタン・リーグ公式戦では、開幕から6月中旬まで15試合に登板すると、15イニングで防御率2.40、奪三振15という成績を残した。6月27日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦の8回表に、救援登板で一軍公式戦にデビュー。9月30日の対埼玉西武ライオンズ戦で一軍公式戦での初セーブ、稲葉篤紀の引退試合であった10月5日の対楽天戦(いずれも札幌ドーム)で初勝利[9]を記録した。一軍公式戦では、通算で10試合に登板。1勝1セーブ、防御率3.27という成績を残した。
2015年には、一軍公式戦の開幕に出遅れたものの、4月中旬に昇格してからは救援要員として50試合に登板。6月27日の対西武戦から8月13日の同カード(いずれも西武プリンスドーム)までの登板16試合をすべて無失点で凌いだほか、1勝1敗13ホールド、防御率2.03という好成績を残した。しかし、2年目ながら新人王の権利を有していたものの、パ・リーグ新人王は同チームの有原航平(110票)に獲得されるどころか、投票結果を見ると「該当者なし」(57票)を下回る得票数(33票)に終わっている[10]。
2016年には、故障やコンディション不良が相次いだ影響で、レギュラーシーズンの途中から一軍へ昇格。一軍公式戦では22試合の登板で1ホールドにとどまりながらも、3勝1敗、防御率2.63を記録した。
2017年には、春季キャンプ中の紅白戦からオープン戦まで好調だった[11]にもかかわらず、6月のセ・パ交流戦終盤から一軍に合流。合流当初の一軍公式戦にはもっぱら救援で登板していたが、7月22日の対西武戦(メットライフドーム)から先発投手に転向した。プロ入り後に登板した一軍公式戦90試合目での先発デビューであった[12]が、転向後2試合でいずれも敗戦投手になったため、8月中盤から救援に復帰。結局、前年を上回る24試合に登板しながら、1勝3敗1セーブ1ホールド、防御率4.62を記録するなど精彩を欠いた。
2018年には、右肩に違和感を抱えていた影響で、一軍公式戦への登板機会が3試合にまで減少。シーズン終了後の秋季キャンプにも参加できなかった[13]。
2019年には、投手として二軍の春季キャンプに参加。キャンプ中の2月16日に催された紅白戦に登板すると、1イニングを無失点に抑えていた。しかし、キャンプ終盤の2月18日に、二軍キャンプを視察した一軍監督の栗山英樹とゼネラルマネジャーの吉村浩から打者への転向を突然打診。栗山と吉村がかねてから検討を重ねたうえでの打診で、本人もすぐに受諾したため、2月19日には野手に転向することが決まった[14][2]。3月12日付でNPBから外野手として正式に公示されると、9月下旬までに、イースタン・リーグ公式戦68試合の出場で打率.233、3本塁打をマーク。9月26日の対オリックス・バファローズ戦(札幌ドーム)で、野手転向後初めての一軍公式戦出場を、「9番・左翼手」としてスタメンで果たした[15]。しかし、一軍公式戦にはこの試合に出場しただけで、第1打席から3打席連続三振を喫した。
選手としての特徴[編集]
投手としては、身長187cmの長身からオーバースローで投げ下ろすストレートとフォークボールが持ち味[16]。ストレートの平均球速は140km/h台後半[17](最速154km/h)[16]だったが、日本ハムの入団2年目(2015年)に一軍公式戦で自己最多の50試合登板を果たしてからは、投球フォームが安定せずに低迷していた[13]。
その一方で、中学生時代に2試合連続でランニング本塁打を放ったほどの走力と、高校・大学生時代に投手ながら打線の中軸(五~七番)を任されていたほどの打力の持ち主。大学4年時の東京六大学春季リーグ戦では、打率.278(18打数5安打)を記録していた。栗山や吉村をはじめ、日本ハムの球団関係者は、大学への在学中からこのような身体能力を高く評価。白村の獲得を決めた頃から打者として育てる可能性があることを示唆していたほか、入団3年目の2016年には、当時のチームメイトだった大谷翔平に続いて「二刀流」に挑戦させることも検討されていた。白村自身も、入団後に臨んだ(指名打者を採用しない試合で投手が打席へ入る可能性がある)セ・パ交流戦期間中の打撃練習で、フェンスを越える打球を連発。栗山から打者への転向を告げられた直後には、日本ハム在籍中に投手から外野手へ転向した糸井嘉男(自身と同じ右投左打)を、野手としての目標に挙げた[18]。
遠投120メートル、50メートル走6秒1[19]。
人物・エピソード[編集]
中学生時代に2試合連続で放ったランニング本塁打では、いずれもダイヤモンドを一周中に前の走者を追い抜いたため、審判員からアウトを宣告された。そのため実際には本塁打ではなくなっている[20]。
大学時代には、トレーニングメニューに逆立ちを入れていた。重心のバランスを感じることと、背中の筋肉を鍛えることが目的で、日本ハム入団後の2018年末から自主トレーニングで再び取り組んでいる[13]。
大学4年生として臨んだ2013年のNPBドラフト会議では、一部の球団が3巡目までに指名することが予想されていた。実際には3巡目を過ぎても指名する球団がなかったため、実弟から電子メールで「プロ(NPB)をあきらめろ」というメッセージが送られる有様[21]だったが、6巡目でようやく日本ハムから指名された。東京六大学のリーグ戦にエースとして活躍した投手では異例の下位指名だったが、指名の直後には、「今後は外部と連絡を取らずに、野球に集中したい」と決意。それまで利用していたtwitterのアカウントを閉鎖する[7]など、入団に前向きな姿勢を示した[22]。
同じくプロ野球選手の大瀬良大地、九里亜蓮、岩貞祐太、杉浦稔大とはプロ入り前から交友がある[23]。
日本ハム投手時代の2018年2月25日には、東京ヤクルトスワローズとのオープン戦(浦添市民球場)に登板。同点で迎えた9回裏二死二塁の局面で打席に大村孟を迎えたところ、監督の栗山が球審の青木昴に故意四球を申告した(申告敬遠)。この年からNPBに導入された申告敬遠制度を、NPB球団の監督としては初めて栗山が活用したことから、白村は試合後に「『(自分の意思に関係なく敬遠を申告されるほど栗山から)信用されていない』と思ったので、逆に『(次打者の山崎晃大朗を)抑えてやろう』という気になった。貴重な経験ができた」と述懐している[24]。もっとも、1年後の2019年に栗山から打者転向を告げられた際には、「突然の話で驚いたが、『お前のポテンシャルを凄く評価している』『お前の将来を考えている』とまで言われたので、『その熱意に応えよう』と思ってすぐに(転向を)決めた。ずっと野手だったチームメイトに比べれば、(打者としての)スタートはかなり遅いけれど、投手に未練はない」と語っている[14]。
詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | 日本ハム | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1.000 | 49 | 11.0 | 9 | 1 | 6 | 0 | 1 | 10 | 0 | 0 | 4 | 4 | 3.27 | 1.36 |
| 2015 | 50 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 13 | .500 | 233 | 57.2 | 42 | 6 | 19 | 0 | 3 | 66 | 3 | 0 | 16 | 13 | 2.03 | 1.06 | |
| 2016 | 22 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 1 | .750 | 101 | 24.0 | 20 | 3 | 14 | 0 | 1 | 19 | 1 | 0 | 7 | 7 | 2.63 | 1.42 | |
| 2017 | 24 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 1 | 1 | .250 | 137 | 33.1 | 24 | 4 | 14 | 0 | 1 | 29 | 3 | 1 | 17 | 16 | 4.32 | 1.14 | |
| 2018 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 23 | 4.2 | 8 | 1 | 1 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 6 | 5 | 9.64 | 1.93 | |
| 通算:5年 | 109 | 2 | 0 | 0 | 0 | 6 | 5 | 2 | 15 | .545 | 543 | 130.2 | 103 | 15 | 54 | 0 | 6 | 128 | 8 | 1 | 50 | 45 | 3.10 | 1.20 | |
- 2019年度シーズン終了時
年度別打撃成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | 日本ハム | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | .--- | .--- | .--- |
| 2015 | 50 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | .--- | .--- | .--- | |
| 2016 | 22 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | .--- | .--- | .--- | |
| 2017 | 24 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | .--- | .--- | .--- | |
| 2018 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | .--- | .--- | .--- | |
| 2019 | 1 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 通算:5年 | 109 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
- 2019年度シーズン終了時
記録[編集]
- 投手記録
- 初登板:2014年6月27日、対東北楽天ゴールデンイーグルス7回戦(札幌ドーム)、8回表に3番手で救援登板、1回1失点
- 初奪三振:2014年7月5日、対千葉ロッテマリーンズ10回戦(QVCマリンフィールド)、9回裏に角中勝也から空振り三振
- 初セーブ:2014年9月30日、対埼玉西武ライオンズ23回戦(札幌ドーム)、9回表に4番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初勝利:2014年10月5日、対東北楽天ゴールデンイーグルス24回戦(札幌ドーム)、6回表に3番手で救援登板、1回無失点
- 初先発登板:2017年7月22日、対埼玉西武ライオンズ15回戦(メットライフドーム)、4回3被安打3失点で敗戦投手
- 打撃記録
- 初先発出場:2019年9月26日、対オリックス・バファローズ24回戦(札幌ドーム)、9番・左翼手で先発出場
- 初打席:同上、3回裏にK-鈴木から空振り三振
背番号[編集]
- 43(2014年 - )
登場曲[編集]
- 「HOME」B'z (2014年 - )
- 「C.h.a.o.s.m.y.t.h.」ONE OK ROCK(2015年 - 2016年)
- 「ありがとう」SMAP (2016年)
- 「Take what you want」ONE OK ROCK (2017年)
脚注[編集]
- ^ 日本ハム - 契約更改 - プロ野球. 日刊スポーツ. 2018年12月22日閲覧。
- ^ a b “「おれ“ヤシュテン”します」日本ハム・白村明弘投手が激白! 可能性に賭け外野手に転向(1)”. ZAKZAK. 2019年2月20日閲覧。
- ^ 美濃加茂中学校軟式野球部
- ^ sportsnavi 慶大・白村明弘 153キロ右腕プロへの確信 広島、中日がマークするドラフト1位候補 2013年10月18日 (2014年6月21日【観覧】)
- ^ “日米13球団注目も…慶応・白村の夏終わる”. スポーツニッポン. 2019年2月20日閲覧。
- ^ “慶応高が初優勝、大学は東洋大連覇 明治神宮野球大会”. 朝日新聞. 2019年2月20日閲覧。
- ^ a b “スマホやめます!日本ハム・ドラフト6位白村、野球一筋宣言”. 参詣する. 2019年2月20日閲覧。
- ^ “大谷に劣らぬ大器!?栗山監督が期待する2年目右腕・白村”. スポーツニッポン. 2015年8月11日閲覧。
- ^ “日本ハム白村、稲葉引退試合でプロ初勝利”. 日刊スポーツ (2014年10月6日). 2019年2月19日閲覧。
- ^ “難航した2015年のパ新人王レース…最後の「該当者なし」だった2000年ってどんな年?”. BASEBALL KING. フロムワン (2015年11月26日). 2019年7月19日閲覧。
- ^ “日本ハム白村「自信になる」11試合連続無失点継続”. 日刊スポーツ (2017年3月23日). 2019年2月19日閲覧。
- ^ “日本ハム・栗山監督、白村の先発転向は「反対されていたけど…」”. BASEBALL KING. 2019年2月20日閲覧。
- ^ a b c “日本ハム白村 逆立ちトレ復活「見た目より本当にきつい」”. スポーツニッポン. 2019年2月20日閲覧。
- ^ a b “6年目の日本ハム・白村 野手転向が決定「突然の話」も「監督の熱意に負けた」”. スポーツニッポン. 2019年2月20日閲覧。
- ^ “日ハム、野手転向の白村「チャンスをもらえた、しっかり生かしたい」 「9番・左翼」で先発”. Full-Count (2019年9月26日). 2019年9月27日閲覧。
- ^ a b “大谷に劣らぬ大器!?栗山監督が期待する2年目右腕・白村”. スポニチ Sponichi Annex. (2015年8月10日)
- ^ nikkansports.com ハム栗山監督「見たい」新人白村を昇格へ 2014年6月16日 (2014年6月21日 観覧)
- ^ “日本ハム 白村が野手転向 紅白戦登板3日後“糸井さんのように””. スポーツニッポン. 2019年2月20日閲覧。
- ^ https://full-count.jp/2015/10/23/post20783/2/
- ^ “野手転向の日本ハム白村に監督「ポテンシャル評価」”. 日刊スポーツ (2019年2月19日). 2019年2月19日閲覧。
- ^ sponichi 白村まさか指名に涙「3位までに呼ばれず諦めていた」 2013年10月25日 (2014年6月21日【観覧】)
- ^ 北海道日本ハム6位指名、慶大・白村明弘投手は入団に前向き
- ^ sportsnavi 慶大・白村明弘 153キロ右腕プロへの確信 広島、中日がマークするドラフト1位候補 2013年10月18日 (2014年6月21日【観覧】)
- ^ “日本ハム12球団初の申告敬遠「リズム違う」栗山監督”. 日刊スポーツ. 2019年2月20日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 個人年度別成績 白村明弘 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube
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