白川方明

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白川 方明
(しらかわ まさあき)
Shirakawa Masaaki 1-1.jpg
生年月日 1949年9月27日(64歳)
出生地 福岡県北九州市
出身校 東京大学
シカゴ大学

任期 2008年4月9日 - 2013年3月19日
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白川 方明(しらかわ まさあき、1949年9月27日 - )は、日本中央銀行家経済学者金融政策・決済システム)。第30代日本銀行総裁を経て、青山学院大学国際政治経済学部特任教授学位経済学修士シカゴ大学)。

日本銀行審議役、日本銀行理事京都大学大学院公共政策教育部教授東京大学金融教育研究センター客員研究員等を歴任した。2013年9月1日付で、青山学院大学国際政治経済学部特任教授に就任[1]

日銀総裁時代の業務に関しては、デフレ脱却政策に消極的であったため日本経済が弱体化し、為替政策では前例のない超円高の状態を引き起こし、総合的な結果として日本国民を苦しめたという論評[2]など批判的な評価が多く見受けられる(後述)。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

福岡県北九州市出身。小倉市立中島小学校福岡県立小倉高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。

東大時代、旧民社党系シンクタンクである民主社会主義研究会議(民社研)に所属し、活動。経済学部では小宮隆太郎ゼミに属した。

日本銀行[編集]

1972年4月日本銀行入行。シカゴ大学大学院経済学修士。シカゴではミルトン・フリードマンの授業を受けた[3]。その後、大分支店長ニューヨーク駐在参事などを歴任。2002年7月 日本銀行理事(金融政策担当)に就任。2006年まで4年間務める。

京都大学[編集]

2006年7月、京都大学大学院公共政策教育部(いわゆる公共政策大学院)にて教授に就任し、2008年3月まで務めた。また、東京大学の金融教育研究センターにて客員研究員も兼任した。

日本銀行副総裁(総裁代行)[編集]

2008年3月13日、日本銀行副総裁として国会の同意が得られたため、3月19日持ち回り閣議を以て日本政府より日本銀行副総裁に正式に任命された。

かつて日本銀行総裁は大蔵省OBと日銀OBが交代で務めるたすき掛け人事が続いていたが、28代の速水優、29代の福井俊彦と2代続けて日銀OBが就任していた[4]。福井の任期満了に伴う次期総裁人事において日銀の独立性が確保されるかが争点となる中、政府が国会に提示した武藤敏郎(日銀副総裁)及び田波耕治国際協力銀行総裁)の総裁人事案は野党が多数を占める参議院で否決され[4]3月19日で総裁を退任した福井が3月20日付で副総裁に就任する白川を「次期日銀総裁が就任するまでの間、総裁の職務を代行する者」に指名した。これにより、白川は副総裁就任と同時に日本銀行総裁職務代行者となった。

日本銀行総裁[編集]

白川方明は副総裁就任後直ちに総裁職の代行を務めたが、日銀総裁の空席による総裁代行の立場が長期間続くと、総裁代行という立場では内外の経済問題への対処が難しくなる恐れが指摘された。この間、モルガン・スタンレー証券ロバート・フェルドマン経済研究主席は、日銀総裁人事などの重要案件には「特定の基準に照らして開かれた議論」が望ましいと主張し、中央銀行マン・官僚・財界人ら19人を「マクロ経済学と独立性」「政策決定機関のトップをつとめた経験」「国内外のネットワーク」の3指標で採点した結果を「次期日銀総裁 -- 候補者を比較する」と題する調査報告書として発表した[5]。最も評価が高かったのは、小泉純一郎内閣で経済財政担当相や金融相などを歴任した竹中平蔵と日銀出身で金融研究所所長や経済協力開発機構(OECD)の副事務総長を務めた重原久美春で、武藤は「マクロ経済学と独立性」で17位、ほかの二つの基準で18位にとどまり、田波はいずれの基準でも最下位であった[6]。こうして特に海外では重原の日銀総裁就任を待望する声が高まったが、結局、既に総裁職務代行者であった白川が国会の同意を得て2008年4月9日に第30代日銀総裁に就任した。日銀総裁空白期間は20日間であった。

2013年2月5日、同年4月8日の総裁任期の5年満了を待たずして、3月19日付で日本銀行総裁を辞職することを表明した[7]

経歴[編集]

人物[編集]

経済学者の浜田宏一は学生時代の白川を「数学やグラフを使って経済学を考えることが得意な人物であった」と語っている[8]

学者肌の人物であり、過去の日銀総裁と比較して、政官界や財界とのパイプや交渉力などは未知数であるとの評もあったが、大学教授時代も現場復帰を熱望していたという。金融政策を担当する企画局勤務が長く、急な就任にも日銀トップとして違和感がないとされる。

金融政策を語り出すと止まらなかったり、「日銀の仕事は面白い」と語ることなどから、周囲から「趣味は金融政策」などと言われる[9]が、後輩の翁邦雄によれば、「趣味は金融政策というより中央銀行そのもの」であり、狭義の金融政策を超えて、日銀機能の強化といった課題にも意欲を燃やしているという[10]ミルトン・フリードマンの『A Monetary History of the United States』を愛読書の1つだと述べている[11]。他に趣味としてバードウォッチングを楽しむ[3]

白川は日銀総裁退任の会見で、生まれ変わったらもう一度総裁に就くかと問われ「そうは思わない」と明確に否定し「とりあえずあすから自由の身になるので、バードウオッチングをしたい」と述べている[12]

金融政策[編集]

日本銀行総裁就任後の4年間、リーマン・ショック東日本大震災欧州債務危機に立て続けに見舞われ、5年の在任期間で15回の金融緩和に踏み切り、資産買い入れ額を101兆円まで増額した(2013年末までの残高目標)[13][14]。白川は中銀としては異例の上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J-REIT)にまで買い入れ資産を拡大している[15]。東日本大震災直後の2011年3月14日の定例会見で、「前代未聞の震災が起こった割には基金増額の規模や内訳がしょぼいのではないか」との声が出たのに対し「決してしょぼくない」と反論している[3]

ゼロ金利政策量的緩和政策に対しては、効果が「限定的」であるとしてきわめて批判的であった[16]。量的金融緩について京大教授時代に執筆した著書『現代の金融政策』で、「景気・物価に対する刺激という点で中心的な効果は時間軸効果であり、量の拡大はほとんど効果を発揮しなかった」としている[17]

日銀のマネタリーベースの増やし方は先進国で最大で、これだけ金融緩和をしても経済が成長していかないことの方が問題と指摘し、人口減少と高齢化の中で成長力をどう高めるかが課題との持論を持っている[18]

2013年3月7日、金融政策決定会合後に記者会見で、金融緩和が効果を出すには「中長期的な財政規律が重要だ」と強調し、政府に財政再建の取り組みを促している[19]

物価[編集]

デフレーション脱却には「生産性の向上」が必要であり、それには「民間企業と政策当局双方の努力が必要だ」と強調し、政府は「企業が熾烈なグローバルな競争環境に置かれていることを踏まえて、さまざまな制度や仕組みを見直すことが重要だ」と述べている[20]

2009年11月20日、金融政策決定会合後の記者会で、「持続的な物価下落は、マクロ的需給バランスが緩和していること、言い換えると需要の弱さの結果として生じる現象」と指摘し、「需要自体が不足している時には、流動性を供給するだけでは物価は上がってこない」との考えを示した[21]

2012年4月21日、米ワシントンで講演し「中央銀行の膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えにしたがえば制御不能なインフレになる」と述べた[22]

白川は中央銀行の総裁という立場から、日本でハイパーインフレが起きる起きないということ自体に言及することは不適切との考えを示している[23]

2013年2月28日、日銀総裁の任期中最後の講演で「多くの国民は単に物価だけが上がることを望んでいる訳ではない」とし、金融緩和による物価上昇による実質所得の低下などの副作用を懸念した[24]

2013年3月19日、退任記者会見で、日銀が市場の期待に働きかけて物価上昇を目指す手法(リフレーション)について「期待に働きかけるという言葉が、中央銀行が言葉によって市場を思い通りに動かすということであれば、そうした市場観や政策観に私は危うさを感じる」と述べた[25][26][27]。白川は「マネタリーベースを増やせば物価が上昇するという相関関係は断ち切られている」と指摘し、デフレの原因については「すべての経済現象を貨幣現象だけで説明できるわけではない」「金融緩和と供給面、構造面での努力が相まってデフレの根本的な問題に対処できる」と金融政策だけでデフレは克服できないとの考えを重ねて強調した[25][26][28]

物価安定の目途[編集]

2012年2月14日に日本銀行が設立した中長期的な物価安定の目途1%について、「プラス2%で政策を運営すると、過去に経験のない事態が起きるので大変不確実性が高く、経済活動に悪影響を与える」「海外が2%だからといって日本も2%を目指すというのは間違い」と述べた[29]

インフレターゲットについて[編集]

2012年11月12日、都内の講演でインフレ目標について「物価も賃金も上がらない状況が長く続いた日本経済では現実的でない」と述べ、否定的な見解を示した。また、日本の消費者や企業では「物価は上がらないのが普通だという感覚」が定着していると述べた[30]

為替[編集]

「為替は金融政策によって変わる」というマネタリーアプローチは白川がシカゴから持ってきた理論である[31]。経済学者のハリー・G・ジョンソンジェフリー・フランケルの論文の「国際収支の不均衡は貨幣市場の不均衡によってもたらされ、調整は金融政策が有効である」という説を引用し[32][33]、マネタリーアプローチに基づく為替レートの実証分析についての論文を、留学して戻ってきた1970年代に発表している[34](白川方明「マネタリー・アプローチについて」『金融研究資料』第3号、1979年8月[32])。論文には「為替変動などの経済現象に対しては日本銀行の金融政策が有効である」と書き記している[33]

2012年5月24日の衆院特別委員会で、2001年3月から2006年3月まで実施した量的緩和政策の経験を踏まえ、「マネタリーベースが増えている時に円高になり、量的緩和解除後にむしろ円安になっている」と指摘し、量と為替に明確な相関を見出せないとの認識を示した[35]

2013年2月28日、日銀総裁の任期中最後の講演で「(過去15年間にたびたび訪れた)円安局面でも潜在成長率は上昇しなかった」と指摘している[24]

財政ファイナンス[編集]

中央銀行が国債を引き受けないのは「国の形」だと表現し、引き受けた場合の副作用を厳しく警戒している[18]

2013年1月9日経済財政諮問会議で「日銀が財政ファイナンス(赤字の穴埋め)をしているという懸念をもたれないように、財政再建に取り組むことが重要だ」と述べている[36]

安倍首相の意向による日銀体制の改革[編集]

自民党の安倍総裁は2012年11月にインフレ目標2%を達成するまで無制限な金融緩和をすべきと選挙公約し、政権を取ると直ちに、これまでの白川日銀とは大きく路線の違う量的金融緩和を日銀に実行させた[37]。これらにより、急速に円高が是正され、野田佳彦が衆議院解散を表明してから、5ヶ月で20円円安が進んだ[38]

評価[編集]

2012年、金融経済部門の優れたリーダーとして、日本人で初めて米国の「外交評議会(FPA)メダル」を受賞した[14]

2012年12月3日、フランスの貴重な理解者であるとされフランス銀行クリスチャン・ノワイエ総裁により、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエに叙された[39]

世界のメディアの評価[編集]

  • 2011年9月24日、アメリカのワシントン・ポスト紙は「新たな経済危機を回避するために努力する世界の指導者」の一人として、白川を全身写真付きで紹介し「世界三位の経済大国で一貫した政策を唱えている」と評価し、急激な円高是正のための為替介入を担った中心人物とした[40][41]
  • 2012年8月、アメリカのグローバル・ファイナンス誌が毎年公開している世界の中央銀行総裁の評価によると、白川は「C-」であった[42]
  • 2012年12月、ウォール・ストリート・ジャーナルがアメリカなどの経済評論家に、世界の5大中央銀行総裁の格付けを依頼したところ、白川は圧倒的に最下位の評価であった[43]
  • 2013年3月8日、台湾の中央社商情網は、白川を指して「無能」と評価、白川が任期を待たずに辞任したことは、白川の能力の無さが原因であるとした[44]
  • ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌は「日銀の資産(バランスシート)を50%拡大、インフレ目標を導入し、ショックから国の銀行システムを守った」と評し「少なくとも1982年以来、最も積極的な総裁」「日銀の130年の歴史の中で最も大胆だったかもしれない」と指摘する一方で、同じ期間にバランスシートを250%拡大した米連邦準備委員会(FRB)や、倍増させた欧州中央銀行(ECB)に比べると「遅れをとり」相対的に円高を招いたと指摘している[45]

学者・エコノミストの見解[編集]

  • ノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマンはデフレ脱却政策に関して「中央銀行の独立性への介入に関しては、もはやあれこれ躊躇すべきではない。日本のGDPデフレーター(名目GDPを実質GDPで割った値。経済全体の物価動向を示す)は、ここ13年間、下がりっ放しである。それなのに今、日銀が重い腰をあげないというなら、(その責任者たる総裁は)銃殺に処すべきである」と述べている[46]
  • 浜田宏一は「学生の頃の彼の聡明ぶり、分析力の鋭さには感銘を受けた。今は世界から首を傾げられる『日銀流理論』を言わなくてはいけない状況に追い込まれている」と指摘している[47]。浜田は「日本銀行は、金融政策というこれらの課題に十分立ち向かうことのできる政策手段を持っている。日本銀行はそれを認めようとせず、使える薬を国民に与えないで、日本銀行が国民と産業界を苦しめていることを自覚していただきたい[33]」「聡明な総裁のことだから、デフレと不況に苦しむ国民の立場から、その原因となっている緊縮金融政策を改めてくださることを願っている」と指摘した[48]。また、浜田は「白川さんの頭の中は、金融業界さえ安定していれば、一般国民がどんなに失業してもかまわないと思っているかのように見える。教えていたころは、人の苦しみもわかる学生と思っていたが、失業、倒産の苦しみより日本銀行の組織防衛のほうが重要になってしまったのだろうか」と述べている[49]。また、白川の実績について、デフレ脱却を実現できなかったとしてA-Cの評価で最低のCとした[50]。浜田は、白川の人間性は評価しながらも日銀総裁としては「その信念は日銀や日本のジャーナリズムだけに通用する真理にすぎず、デフレと円高で国民を苦しめたという事実は、歴史として残る」と評価した[51]
  • 経済学者の岩田規久男は「白川総裁の発言から、政府の成長戦略で生産性を高める必要性や、過度な流動性供給の副作用への言及など副作用を恐れてデフレを甘受するという日銀理論が垣間見える」と指摘している[52]
  • 経済学者の若田部昌澄は「講演を聞くかぎり、デフレの原因には金融政策はまったく関係しないと考えている」と指摘している[53]
  • 経済学者の高橋洋一は白川日銀は数か月後、早いと翌月には金融引き締めを行うのでほんの短期間でしか総量を増やさず、むしろインフレ率がプラスに転じるのを徹底拒否するデフレターゲットを設定してるとしか思えない政策を繰り返してきたと指摘している[54]
  • 元日銀審議委員の中原伸之は「『失われた20年』生んだ」「白川総裁はデフレに有効な政策を打てなかったにもかかわらず、海外では『(日銀は)孤独な先駆者』と自画自賛した」「自らの理論に拘り異なる意見に耳を傾ける謙虚さに欠けていた」「円高やデフレで人々の暮らしは苦しくなったのに傍観者的立場に終始していた」と指摘している[55]
  • 経済学者の小幡績は「長期的に日本経済にベストの案に一番近い中で、政治からの要求を最低限満たす政策を目指していた」と指摘している[56]
  • 元日銀政策委員の水野温は「ショックに対し金融システムを確保する上で素晴らしい仕事をした」と評価する一方で「コミュニケーション面で緩和のインパクトを低減させてしまった。弱気な表情で副作用の説明をやり過ぎた」と指摘している[45]
  • エコノミストの村嶋帰一は「白川の任期は2008年4月に始まっており、世界金融危機以降ときれいに重なっている。誰が総裁でも難しいかじ取りを迫られる局面だった可能性が高い」と評価する一方で「金融政策の効果の限界をしばしば率直に指摘したことも、金融緩和のアナウンスメント効果を弱め、円高を招いてしまった」と指摘している[57]

財界の見解[編集]

  • 日本経済団体連合会米倉弘昌会長は「組織を良く動かし、機動的な金融政策に取り組み、財政に対する国際的な信認を守るよう必死の努力をされた」「常に正論を吐かれ、国際会議の場で日本に対する信頼を維持した。最後までベストを尽くされた」と評価した[58]

日本国内のメディアの評価[編集]

  • 毎日新聞は、「主流の経済学者は日銀犯人説(貨幣数量説)をとらない」「白川は正統派経済学の教義に忠実な理論派」「リーマン・ショックや欧州通貨危機から日本を隔離したのは大きな手柄」「政府・日銀の2%合意は日銀の独立性を首の皮一枚残したアートの極み」「政治に注文をつけ続けたから、政治家の不興をかった」と論じている[59][60]
  • 日本経済新聞は、リーマン・ショックや東日本大震災、欧州債務危機などに直面しながら、金融システムの安定を守り抜いたと評価し「日本の金融機関が、欧米勢が撤退したアジア市場に乗り込み、成長戦略の先陣を担う環境を維持したのは白川の功績だ」と指摘している[55]
  • 白川の「膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えにしたがえば制御不能なインフレになる」「人々は将来の財政状況への不安から支出を抑制し、そのことが低成長と緩やかなデフレの一因になっている」といった意見について、産経新聞特別記者田村秀男は「FRBは2008年9月以降、現在までに3倍以上もドル札を刷ったが、インフレ率は穏当、株価は回復著しく、個人消費や民間設備投資は上向きになっている。歴史上の通貨大量発行による制御不能なインフレは、モノの供給能に乏しい敗戦直後の日本やドイツなどに限られる」「政府債務が増え続けるから消費が減り、デフレが起きるというのは根拠に乏しい俗説である。1997年の橋本龍太郎政権による消費増税・緊縮財政以降、日本は慢性デフレにはまりこんだ。勤労者世帯の2011年のひと月当たり可処分所得は1997年に比べ15%、76000円減った。この間の消費者物価下落幅は3.3%で家計消費は3%減にとどまっている。家計の実質消費は下がらず、所得だけが落ち込んだ。消費減がデフレの原因ではない」と主張した[61]。田村は白川はインフレ率ゼロ%以下を追求した金融政策を実施し、金融緩和には消極的で、外部から金融緩和圧力が高まると、小出しに金融緩和を行った[62]。このことは早期に大胆な金融緩和に踏み切り景気の回復に成功したFRBと対照的とし、「15年デフレ」の立役者と指摘している[62]

退任会見後の株価の動きに関する報道[編集]

2013年2月に行われた辞任の発表を市場は歓迎し、日経平均株価は3%上昇したと一部では報道された。中央銀行総裁の辞任のニュースだけで株価が3%も上がるというのは世界でも例がないことである[63]。しかし任期満了はあらかじめわかっていたことであり、株価変動との関連は不明である。

白川退任後の日銀体制[編集]

2013年1月、白川総裁まで長く続いてきた日銀の体制は安倍晋三首相のデフレ脱却の強い意向により大きく刷新され始めた。2013年3月、安倍首相は白川退任後においては量的金融緩和に積極的な黒田東彦岩田規久男を総裁や副総裁に採用した。黒田は所信表明でデフレ脱却へ日銀の金融政策を刷新する考えを示した。長年、日本銀行を批判してきた黒田は、15年にわたる日本のデフレーションの責任の所在を問われると「責務は日銀にある」と明言している[64]

日銀は黒田主導で新たな金融緩和策を打ち出し、「連邦準備制度理事会(FRB)が金融危機後に採用した金融政策への転換だ」とウォールストリート・ジャーナルに評された[65]

2014年1月31日に発表された12月消費者物価指数(除く生鮮、コアCPI)は前年比プラス1.3%と、黒田日銀の2014年度見通しに一致するところまで上昇し、白川の主張したような「制御不能なインフレの発生」(上述)、「マネタリーベースを増やせば物価が上昇するという相関関係は断ち切られている」(上述)ことを示す現象は起こっていない[66]。また、株価も急速に改善し、2013年5月15日には5年4ヶ月ぶりに日経平均株価が15,000円台を回復した[67]

著書[編集]

動画配信[編集]

NIKKEI CHANNNEL[編集]

配信日 タイトル
2012年5月23日 日銀総裁会見~欧州混乱の認識に注目
2012年6月15日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2012年7月12日 日銀総裁会見~直前の情勢分析し判断か~
2012年8月9日 日銀総裁会見~追加緩和の芽は~
2012年9月19日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2012年10月5日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2012年10月30日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2012年11月20日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2012年12月20日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2013年1月22日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2013年1月25日 白川日銀総裁講演 中央銀行の使命と役割とは?
2013年2月5日 白川日銀総裁会見「前倒し辞任」の背景は?
2013年2月14日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信
2013年3月7日 白川方明 日銀総裁会見まるごと配信

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 白川前日銀総裁、青学大特任教授に9月就任ロイター 2013年7月24日
  2. ^ 山田徹也; 井下健悟 (2013年2月8日). “「白川総裁は誠実だったが、国民を苦しめた」”. 東洋経済オンライン. http://toyokeizai.net/articles/-/12839 2013年2月8日閲覧。 
  3. ^ a b c 最重要ポストにある白川日銀総裁、視線は緩和策に潜むバブルにBloomberg 2011年5月13日
  4. ^ a b 全図解ニュース解説”. NIKKEI4946.com. 2011年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月28日閲覧。
  5. ^ 英文は3月25日、和文は翌26日に公表、英国フィナンシャル・タイムズ紙2008年4月3日号に紹介記事。
  6. ^ 日銀総裁空席、FRBに救われた日本株-人事で争う「幼稚」な政治(2)Bloomberg 2008年4月9日
  7. ^ 白川日銀総裁、3月19日で辞任 副総裁任期に合わせ前倒し 日本経済新聞 2013年2月5日閲覧
  8. ^ 経済の死角 日本の新聞が日銀批判を語らない理由現代ビジネス 2011年03月18日
  9. ^ “日銀次期副総裁でスポットライト!白川さんってどんな人”. MSN産経ニュース (産経新聞). (2008年3月13日). オリジナル2009年12月3日時点によるアーカイブ。. http://wayback.archive.org/web/20091203191554/http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/080313/fnc0803131918017-n1.htm 2013年1月28日閲覧。 
  10. ^ 日銀新体制への期待ロイター 2008.4.24
  11. ^ Japan Real Time 白川日銀総裁の知られざる素顔 – あだ名は「Qちゃん」WSJ 2011年3月1日
  12. ^ 日銀総裁はこりごり?=生まれ変わったら別人生-白川総裁時事ドットコム 2013年3月19日
  13. ^ 狭まる政府の日銀包囲網 日銀の"のび太"クン・白川総裁の後任はだれ?ビジネスジャーナル 2012年4月29日
  14. ^ a b 白川総裁、国内外で割れる評価 デフレと格闘の5年間 (1/4ページ)SankeiBiz(サンケイビズ) 2013年3月8日
  15. ^ 焦点:就任1年黒田日銀に手応え、追加緩和なら「真の異次元」の声もReuters 2014年3月19日
  16. ^ 白川日銀総裁の「出来ない集」PHPビジネスオンライン 衆知 2008年6月8日
  17. ^ 緩和効果は「量」で測れないと日銀総裁が強調、「金利」が大事ロイター 2012年5月24日
  18. ^ a b 日銀総裁、中銀が国債引き受けないのは「国の形」と副作用を警戒Reuters 2011年9月1日
  19. ^ 景気「良い方向に」=財政規律の重要性強調-白川日銀総裁時事ドットコム 2013年3月7日
  20. ^ 日銀総裁が政府に異例の注文-市場安定に「中銀の尊重」を(Update1)Bloomberg 2010年2月19日
  21. ^ 需要不足時、流動性供給だけでは物価は上がらず=日銀総裁ロイター 2009年11月20日
  22. ^ 「膨大な通貨供給、インフレになる」 日銀・白川総裁朝日新聞 2012年4月22日(2012年4月22日時点のインターネット・アーカイブ)
  23. ^ 中銀総裁がハイパーインフレの可能性に言及は不適切=日銀総裁ロイター 2011年4月12日
  24. ^ a b 円安でも潜在成長率高まらず、国民は単なる物価上昇望んでいない=最後の講演で白川日銀総裁Reuters 2013年3月16日
  25. ^ a b 日銀:白川総裁が退任会見 リフレ政策に懸念の発言毎日jp(毎日新聞) 2013年3月19日(2012年4月30日時点のインターネット・アーカイブ)
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  28. ^ 日銀総裁「資金供給量と物価のリンク、断ち切られている」日本経済新聞 2013年3月19日
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  31. ^ 経済の死角 日本の新聞が日銀批判を語らない理由現代ビジネス 2011年03月18日
  32. ^ a b 日本の購買力平価は高くないSYNODOS -シノドス- 2013年3月12日
  33. ^ a b c 浜田宏一「教え子だった白川方明日銀総裁はどこで道を誤ったのか」 『アメリカは日本経済の復活を知っている』より第1回現代ビジネス 2013年1月18日
  34. ^ 【片岡剛士氏インタビュー】円高・デフレは自然現象ではない! 無謬性の罠にはまらないための経済知識 『円のゆくえを問いなおす』著者 片岡剛士氏インタビューソフトバンク ビジネス+IT 2012年7月4日
  35. ^ 緩和効果は「量」で測れないと日銀総裁が強調、「金利」が大事ロイター 2012年5月24日
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]