登山家一覧

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登山家一覧(とざんかいちらん)は、著名な登山家の一覧。ロッククライマーも含む。

日本以外[編集]

1700年までの生まれ[編集]

1701-1880年生まれ[編集]

1881-1910年生まれ[編集]

1911-1930年生まれ[編集]

1931-1950年生まれ[編集]

1951-1960年生まれ[編集]

1961-1970年生まれ[編集]

1971年以降生まれ[編集]

日本[編集]

1800年までの生まれ[編集]

  • 役小角 (634-701) 修験道の開祖。富士山御嶽山を開山した伝説が残る。
  • 佐伯有頼 (676-759) 701年に立山を開山したと伝えられる。
  • 泰澄 (682-767) 717年に白山を開山したと伝えられる。
  • 勝道 (735-817) 男体山登頂(開山)。
  • 都良香 (834-879) 富士山頂についての初めての記録を残す。良香本人が登頂、または登頂した者に取材したとみられる。
  • 末代 (1103-?) 富士山に数多く登頂したとされる。
  • 佐々成政 (1536-1588) 「さらさら越え」と呼ばれる史上初の冬の黒部横断。標高2350メートルのザラ峠を通り、冬の立山連峰を越える(異説もあり)。
  • 角行 (1541-1646) 富士講の開祖。富士山に登頂。
  • 播隆 (1786-1840) 槍ヶ岳初登頂(開山)。

1801-1900年生まれ[編集]

幕末から大正にかけて日本の山を登ったことで知られる外国人も含める。

1901-1920年生まれ[編集]

1921-1940年生まれ[編集]

1941-1950年生まれ[編集]

1951-1960年生まれ[編集]

  • 尾崎隆 (1952-2011) 日本山岳会。エベレスト北壁ダイレクトルート初登。カカボラジ初登頂。エベレスト南東稜で遭難死。
  • 笠松美和子 (1952-1993) グランドジョラス北壁ウォーカー稜を、山野井妙子(旧姓・長尾)と冬季登攀(女性初)。宝剣岳で遭難死。
  • 矢野利明 京都洛中勤労者山岳会、エベレスト登頂。K2に2度登頂に失敗するが、3度目で登頂成功。富士山の冬山登山で墜死。
  • 長岡健一 (1954-) General Mountain Guide Academy代表 UIAGM国際山岳ガイド,映画「ホワイトアウト」「クライマーズハイ」など撮影協力
  • 松田宏也 (1955-) 市川山岳会。ミニヤコンカで遭難するも、19日後に生還。著書「ミニヤコンカ奇跡の生還」「足よ手よ、僕はまた登る」。
  • 木本哲 (1956-) エンゼルフォール未踏ルート初登攀。
  • 名塚秀二 (1956-2004) 8000m峰9座登頂。エベレスト南西壁登頂、K2北西壁登頂。アンナプルナで雪崩に巻き込まれ死亡。
  • 三谷統一郎 (1956-) カトマンズ・クラブ、高松勤労者山の会。8000m峰6座登頂。ナムチャバルワ初登頂、カンチェンジュンガ三山縦走。
  • 村口徳行 (1956-) 山岳カメラマン。エベレスト登頂7回の日本記録保持者。著書「エベレスト登頂請負い業」ほか。
  • 山野井妙子 (1956-) グランドジョラス北壁ウォーカー稜を、笠松美和子と冬季登攀(女性初)。夫とともにギャチュン・カンから奇跡的に生還。
  • 三枝照雄 (1958-1989) 山田昇とともに冬のデナリ(マッキンリー)で遭難。

1961-1970年生まれ[編集]

  • 江塚進介 (1961-) エベレスト南西壁登頂。8000メートル峰5座登頂。
  • 倉岡裕之 (1961-) エベレスト6回登頂。エンゼルフォール未踏ルート初登攀。
  • 田辺治 (1961-2010) 8000m峰9座登頂。エベレスト南西壁冬季初登頂、ローツェ南壁冬季初登攀。ダウラギリで遭難死。
  • 戸高雅史 (1961-) 8000m峰のうち5峰を無酸素登頂。K2登頂(個人隊)。ブロードピーク三山縦走。
  • 北村俊之 (1962-) ブロードピーク三山縦走。8000メートル峰6座登頂。
  • 小西浩文 (1962-) 8000m峰のうち6峰を無酸素登頂。
  • 近藤謙司 (1962-) 国際山岳ガイド連盟公認ガイド。チョ・オユーで女性最高齢記録となる登頂者を導く。
  • 山本篤 (1962-) 8000m峰7座に延べ8度登頂。7000m峰未踏峰2座に初登頂。K2登山隊隊長として史上初の二桁人数登頂成功に導く。
  • 角谷道弘 (1963-) UIAGM国際山岳ガイド。リャンカンカンリ初登頂、日本テレビ系『ウッチャンナンチャンのウリナリ!! マッターホルン登頂部』、『世界の果てまでイッテQ!』コーチ等。
  • 篠崎純一 山崎彰人と共に雪蓮南峰に初登頂。環太平洋一周環境登山。
  • 後藤文明 (1965-) エベレスト南西壁登頂。8000メートル峰6座登頂。
  • 志水哲也 (1965-) 山岳ガイド。写真家。
  • 山野井泰史 (1965-) チョ・オユー南西壁単独初登など、多数のソロクライミング記録をもつ。ギャチュン・カンで遭難するも奇跡的に生還。著書「垂直の記憶」。
  • 遠藤由加 (1966-) 日本人女性として初めて8,000m峰無酸素登頂。チョ・オユー南西壁登頂。
  • 谷川太郎 (1967-) 東京農業大学山岳部、8000m峰8座登頂。マカルー東稜初登頂。
  • 星野龍史 (1967-2001) エベレスト南西壁登頂。ウルタルII峰第二登。8000メートル峰5座登頂。ダウラギリで遭難死。
  • 山崎彰人 (1967-1996) 数々の7000m級未踏峰に初登頂、ウルタル2峰初登頂直後に死亡。
  • 服部文祥 (1969-) サバイバル登山家。旧姓、村田文祥。
  • 馬目弘仁 (1969-) CMC、鱶鰭同人。キャシャール峰南リッジ初登攀でピオレドール賞受賞。
  • 平山ユージ (1969-) フリー・クライマー。
  • 赤羽隆次 (1969-) 東京都出身の日本の登山家、山岳ガイド。中学生の頃から登山、特に雪山登山を始め、登山キャリアは30年以上に及ぶ。第5回、第6回東北ボルダリング大会を2年連続優勝。北アルプス厳冬期単独全山縦走を4度成功、及び南アルプス厳冬期単独全山縦走を4度成功させた。モンブランブレンバ氷壁から単独登頂、マッキンリーを冬季登頂。特集記事「自然と動物について」を撮影した。

1971年以降生まれ[編集]

  • 竹内洋岳 (1971-) 日本人初となる8000m峰全14座へ登頂し、そのうち11座が無酸素登頂。名塚秀二と山田昇の記録を更新した。
  • 栗秋正寿 (1972-) マッキンリーの冬季単独登頂および帰還に、日本人で初めて成功。
  • 谷口けい (1972-2015) カメット南東壁登攀で日本人女性としてピオレドール初受賞。黒岳で遭難死。
  • 松岡清司 (1972-1997) 山崎彰人と共にスーパーアルパインスタイルでウルタル2峰を登頂。レディースフィンガーで落石を受け死去。
  • 岡田康 (1973-) アルパインクライミングの第一人者。ローガン南東壁初登攀でピオレドール賞受賞。カンテンポチェ新ルートなど。
  • 野口健 (1973-) 七大陸最高峰の最年少登頂記録を更新(当時)。清掃登山を励行。
  • 高橋和弘 (1974-) リャンカンカンリ初登頂。8000メートル峰6座登頂。
  • 江本悠滋 (1976-) 日本人として久しぶりにフランス国家山岳ガイド資格を得る。
  • 加藤慶信 (1976-2008) 8000m峰8座に延べ11回登頂。エベレスト山頂に無酸素で到達(帰路酸素使用)。クーラカンリで遭難死。
  • 小山田大 (1976-) フリー・クライマー。
  • 花谷泰広 (1976-) 「キャシャール峰初登攀」でピオレドール賞受賞。
  • 山岸慎英 (1976-) 日本を代表する若手山岳ガイド。
  • 天野和明 (1977-) GIRI GIRI BOYS。インドヒマラヤ「カランカ北壁初登攀」でピオレドール受賞。
  • 一村文隆 (1977-) GIRI GIRI BOYS。インドヒマラヤ「カランカ北壁初登攀」でピオレドール受賞。
  • 佐藤裕介 (1979-) GIRI GIRI BOYS。「カランカ北壁初登攀」でピオレドール受賞。城ヶ崎・マーズ第2登。
  • 平出和也 (1979-) カメット南東壁登攀でピオレドール受賞。
  • 横山勝丘 (1979-) アルパインクライミングの第一人者。通称ジャンボ。GIRI GIRI BOYS。ローガン南東壁初登攀でピオレドール受賞。体臭のカーニバルなど。
  • 小松由佳 (1982-) 日本人女性として初のK2登頂。
  • 青木達哉 (1984-) K2世界最年少登頂。インドヒマラヤ「キャシャール峰初登攀」でピオレドール受賞。

生年不明[編集]